星空の世界・Ⅰ



 黒い無数の槍がエンエちゃんへと向かう。

 狭地をしても幻影を作っても、その槍はまるでエンエちゃん自体を追うように空を駆ける。

 加手竜鼻くわえてりゅうび、 これは黒い槍自体に竜人さんの徴術の機能を載せてるってこと!?

 エンエちゃんも察したのか、逃げつつも槍を一本一本切り払い、対処していく。


「加手は持っていないのねー。ということは理術補正も考えて、短剣術は五雫かなー?」


 エンエちゃんは顔を一瞬しかめる。


「あたりー。じゃあ、これは処理しきれない、と。『二投』」



 一瞬で先ほどと同じに近い数の黒い槍が顕れ、再びエンエちゃんを襲う。

 なるほど、数えで始動する術は複数回連続使用できるのね。

 って納得してる場合じゃないよ!

 まだ一投目も処理し切れてないのに、二投目は一投目の逆側からエンエちゃんを攻めてるし!


「くっ! 百刃演舞重手陰刃かさねてかげは! 砕けて落せ!」


 それに対してエンエちゃんは黒紙を大量に投げ、全てを短剣に変える。しかし、数は槍に対して桁のレベルで足りない。

 それじゃ防げないよ! と叫びかけた時、短剣が砕けた。

 そして、砕けた短剣の黒い欠片が三日月の形に変化する。短剣一つに対して十の刃形が黒い槍を迎撃していく。

 黒いモノ同士がぶつかり合い、空気中に黒い粉塵が舞う。


「重手をそんな風に使うなんてねー。お姉さんちょっとびっくり。だけど『三投』」


 その黒い粉塵の向こうから、まさかの三投目。

 必死で防いだエンエちゃんをあざ笑うかのような、圧倒的な実力差という絶望。

 その槍は、次々とエンエちゃんを撃ち抜いていった。



  *・*・*



 エンエちゃんのくぐもった声が聞こえる。

 黒い槍は命中する直前に針治療の針のような鋭い穂先となり、急所を全て外して、彼女を地上に縫い付けていた。

 足も腕も無事だけど、動けない。まるで漫画忍術の影縫いによって金縛りに遭ったような姿だった。


「捕縛完了~」


 鼻歌混じりに赤い竜人が地上に降り立って、エンエちゃんに近づく。

 このまま近づかれて、彼女が昏倒されてしまったら、全てはおしまいだ。


『いかせない!』


 私は渾身のエレメンタルハンドで赤い角の人を掴む。

 しかし、力が弱すぎて、全く通用しない。


「? 何かに掴まれたような……気のせいかぁ」


 私の全力が蚊に刺されたレベル? ってそりゃないよ!


 ここに来てまた、私は自分の無力さを痛感した。


 霊素を操れる力、古き樹の民の力、刻紋の力。

 救うと言ったのは私なのに、エンエちゃんを救えない。

 力が足りない。知識が足りない、心も足りない。

 前の世界ではいらなかったモノ。前の世界では簡単に手が入ったモノ。前の世界で死んだ原因。

 この世界で、私は、無力だ。

 この世界では、ただの、子供だ。

 それが、現実。

 そんな子供が覚悟を決めても、ただの独りよがりで自分勝手な妄想だ。


『諦める?』


 ささやく、無意識。


『諦めても、別にいいよ?』


 私の、もう一つの本心。


『研究なんて、彼女がいなくてもできるでしょ?』


 私の欲望をよく知る、私の囁き。


 納得してしまう、彼女がいなくても研究ライフに問題は無いと、考えてしまう。


 でも、彼女の心を知ってしまった。

 その心を無視して、無かったことにして研究をするだなんて、私は私を許せない。

 私の大好きな研究に、心優しい子を救えなかったという泥を塗りたくない。

 研究に対する欲望とこだわりで、私は私を騙したくない。


 だから、今、ここで、彼女を助ける。


『さすが、私だね』


 むーちゃんは少し笑いながら言った。



  *・*・*



 再び、私はエレメンタルハンドを竜人さんに向ける。

 いろいろ考えてみたものの、彼女を止める術はこれしかなかった。


 とまって。


 何度もエレメンタルハンドで赤い竜を掴む。身じろぎ一つで霧散する。


 止まってよ。


 それでも諦めず、エレメンタルハンドを出す。掴む。


 止まれってば。


 今出せる限界のエレメンタルハンドを越えても、私は手を宙にかざし、目標を掴む。


 とまれ。


 細くなるエレメンタルハンド。すでに手の様相を呈していない。


 止まれ。


 線にまで細くなる私の手。しかし、反比例して私が乗せる想いは鋭く、純粋になっていく。


 止まれ。


 留まれ。


 停まれ。


 止。


 留。


 停。


 止止止止留留留留停停停停――


 極彩色の線まで凝縮した私の願いが、赤い竜人に届いたその瞬間、


「……え?」


 彼女の身体が静止し、倒れた。


 赤い竜が倒れ、黒い針から解放されたエンエちゃんが、私の方へ走ってくる。


 それを閉じる視界で見届けながら、私の意識は、暗い底へと落ちていった。



  *・*・*



 星空の世界。私は深く深く沈んでいく。


 瞬く星があるあそこは海面で、私は海の中。


 私は光を失いすぎた。だから、しずんでいる。


 そのとき。


 私の真上、揺れてきらめく光の一つ。


 そこから落ちるイトが、私を掴んだ。


 ひめさま、ひめさま、と、叫びながら。


 ほら、よんでる。


 わたしをよぶ声、そとから、なかから。


 よばれてるなら、いかないとダメ。


 私はわたしに言った。


 そうだ、いかなきゃ。


 わたしは、私は、足で液状化した世界を蹴って、上を目指す。


 星を目指して。


 私を呼ぶ、星を目指して。



  *・*・*



 額の神霊石に温かいものを感じた。


『おかあさん……?』


 私はなぜか、前世で死に別れた母の懐かしさを感じて、眼を開けた。


「起きたようね。霊素供給が間に合ったみたい」

「よかった……姫様」


 目の前には、灰色のローブを着た女性とエンエちゃんが、私をのぞき込んでいた。


 エンエちゃんは泣きはらしたのか、目元が赤い。

 三つ目の眼なんか、周りが赤くなって腫れぼったい。


 ローブを着た女性は目を覆う銀色の仮面でどんな顔か分からないけど、温和な雰囲気を持つ小柄な女性だった。

 だけど、その額には私と同じ『神霊石』があった。


「ごきげんよう。シャドラの姫君」


 灰真珠のような神霊石を持った彼女が、口角を上げながら、私に微笑みかける。


「ようこそ、斜光の世界『枝の外』へ。『組織』はあなたを歓迎するわ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る