研究魔と竜


「はあ、やっと受肉できたかと思えば、まだ赤ん坊じゃねぇか」


 目の前の不思議犬は、口を器用に開け閉めしながら流暢にしゃべり出す。

 ちょっとハスキーな青年の声色がもふもふな柴犬から聞こえて、かなりシュール。

 なんというか、ディズ○ーのCG映画に出てくる動物キャラみたいだ。


「せめて十輪になるまで我慢できなかったのか?」


 困惑顔をしつつ、ジト目で私をにらみつける犬、うーん、表情が豊かだなぁ。


「まあいいけどよ。ともかく、今の状況を説明してくれ」


 そう言ってお座りの態勢でふんぞり返る黒柴(角あり翼あり)。

 しかし、この犬、まるで知り合いに話しかけているような口調だなぁ。

 とりあえず、そこは否定しておこう。


「たぶん、ひとちがいでしゅ」


「……あ?」


 犬の呆けた顔って、あんなにまぬけなんだね。

 目は少し見開いて、口は半開きになってゴムパッキンのような黒い部分がぷるぷる震えてる。


「何言ってんだお前……ん? 無色の神霊石?」


 じっと私の額を見る黒柴。私も気になって額を触る。


 おお、神霊石が大分大きくなってるよ!

 前の神霊石を十割とすると五割くらいに。

 さすが霊樹の中、圧倒的な霊素量だね!

 ここで数日過ごせば、無事に神霊石は復活しそう。


 はっ、感動してる場合じゃ無かった。


 無色の神霊石って何? この乳白色の神霊石が無色ってどういうこと?


「むしょくてぇにゃに?」


「あいつの神霊石じゃない、だと」


 あ、質問には答えないんですね。というか、あいつって誰だろう。


「……お前、誰だ?」


「リンカでしゅ」


 下の名前は発音が面倒だから略。


「そうじゃなく、中身だ」


 中身? この犬も転生について知っているのかな。


「輪花でしゅけど」


 うん、間違ってない。詳しく話すつもりも無いけど。


「……まじかよ。何やってるんだあいつ」


 とても長い溜め息を吐く柴犬。

 鼻頭が地面に付きそうなほど頭を垂れて、これまた感情を身体一杯に表現してて面白い。

 これはあれかな、待ち合わせしてたのに、私が間違って扉を叩いちゃったってオチかな?


「にゃんかごめんなしゃい」


 とりあえず謝っとく中身が日本人な私。


「いや、お前のせいじゃない」


 お? 許された?

 口調の割りに意外と優しいよ、この犬。


「しかし、情報が足りねぇ。一体ここば何処なんだ?」


 それは私も知りたい。


「それに、無色の神霊石ってことは、俺も無色の竜になったってことか」


「りゅう?」


 相変わらず、この犬は自分を竜だと疑ってないらしい。


「あ? どう見たって竜だろ? この角と翼。ちょっと毛深い気もするが」


「いにゅじゃにゃく?」


 どう見ても犬、黒い柴犬。喋らなきゃ抱きついて二度寝したいくらいの犬なのに。


「いにゅじゃにゃく……犬じゃなく? なんで犬なんだ?」


「かがみ」


「ん? どれ……」


 私が指した大きな姿見の前にベッドから、とん、と下りる犬。

 映し出されるのは、やっぱりまごうこと無き黒柴犬。


「犬じゃねぇかあああああああああ!?」


 だから言ったじゃん。犬だって。



  *・*・*



「なんでだ……これじゃあただの角と翼が生えてる犬じゃねえか」


 伏せの体制でうなだれる犬。尻尾も翼も地面に伏せてぺったんこだ。


「えー……かわいいでしゅよ?」

「赤ん坊に励まされても余計傷つくんだが?」

「ひどぉ」

「それに絶対心の中で笑ってるだろお前」


 あ、バレてる。笑ってるどころか爆笑してました。

 だって、黒柴犬が白柴犬になるくらいにショックを受けてるんだもの、笑っても仕方ないと思います。

 私はそれを顔に出さないようにポーカーフェイスに徹する。


「……それで笑いを隠してるつもりかよ? 頬がひくついてるぞ」


 ……ポーカーフェイス苦手なの忘れてました。


 仕方ないので、まじまじと自称竜な犬を見る。

 樹の獣かあ、よく考えたら初めて見る存在だ。

 ヴィーヴ先生から教えてもらった知識としては、たしか——


 樹の獣は神霊樹から生まれ落ちた存在。

 膨大な霊素量を内包し、強大な術を行使できる、エスラトウス最強クラスの存在。

 基本的に不死の存在で、死んでも神霊樹に還ってまた復活する。


 ——だったはず。


 復活が転生と一緒なのかな。古き樹の民も転生してたって先生も言ってたし。

 そうなると、この犬もどきは誰かと再会の約束したまま死んで、復活した?

 そして、起きたら知らない赤ん坊の私がいたと。

 ……いやほんと、ごめんなさい。


 そういえば、高位の樹の獣は姿形を変えられるという伝承がある。

 その力を使って、姫子と結ばれ、七英雄となる子を授かったらしいね。

 犬の姿にショックを受けていたようだし、出来るかどうか聞いてみよう。


「すがちゃ、かえられにゃいの?」

「……はっ!」


 あっ、これは忘れてたっぽいね。


「そうか、受肉する姿を変えればいいのか。頭良いなお前」


 犬に褒められる経験は前世にもなかったなぁ。とりあえずどや顔しておく。


「どや顔すんな。よし、再受肉するぞ」


 思い立ったが吉日、みたいな思い切りの良さで犬もどきが発光しはじめる。

 霊素の流れが濃くなる。つまり、空気中の霊素が一気に増えたのだ。

 発生源は言わずもがな、あの犬。

 犬の輪郭がぼやけて、実在する感覚が薄まると同時に、霊素の流れがさらに強くなる。


 なるほど、霊素を集めて肉体を作ってるのね。原理は分からないけどすごいなー。

 ん? 霊素を集めて肉体を作る?

 脳内に何か引っかかる。しかし、再受肉は止まらないので一旦放置。


 いよいよ形がなくなり、犬の存在感だけが残る。

 いないのに、いる。CGの幽霊みたいに、薄ーい存在だけを霊素眼で認識出来る。

 これはまさか、魂というやつでは?


 ちょっと興奮してきた私は、犬に近づく。

 アストラルフィールドでは魂っぽいのを見たけど、現実世界で見るのは初めてだ。

 魂の形が、犬から、前世でよく見た竜の形へと変化する。

 魂の形に合わせて霊素を集めて、肉体にするのかな。


 すごいすごい、私はその形を触ろうとエレメンタルハンドをのばず。

 予想通り、霊素の手で魂に触ることが出来た。

 犬の魂が嫌がっていたので、エレメンタルハンドを引っ込める。


 ん?

 何だろうこの違和感。私はエレメンタルハンドで腕組みをする。


 あれ、このエレメンタルハンド……どこから出したの?

 しらーっとエレメンタルハンドの出所を横目で追う。

 そして、両手で両耳を押さえつけ、確認する。


 耳の神霊石が、復活していた。


 つまり、これはエレメンタルスキルⅠのエレメンタルハンド。

 エレメンタルスキルⅠは神霊石をブースターにして発動する。

 そのためには。神霊石が霊素で満杯になっている必要がある、と私は仮説を立てていた。

 その仮説は、うねうね動く霊素の手が、正しいと証明していた。


——果たして、さっきまで無かった耳の神霊石が、いきなり復活したのか。


 それは、大量の霊素が空気中に放出されたから。

 その霊素の供給源は?


 魂の形に霊素が収束されていく。

 しかし、竜を形成するには、霊素が『足りない』。

 慌てる犬の魂、察する私。


 霊素が収束した結果、その場に現れたのは、さきほどよりもさらにミニサイズになった黒柴の仔犬だった。

 もふもふがもこもこになってしまったのだ。


「……俺の霊素、吸ったな?」

「ふ、ふかこうりょくでしゅ」


 生理現象は仕方ないと思います。


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