研究魔と黒い手
「とりあえず、これ以上近づくなよ、これ以上吸われたらたまったもんじゃねぇ」
「も、もうしゅわにゃいし!」
「どうだか」
「だっちぇ、もうれいそはいんにゃい」
私は慌てて額と耳の神霊石を指す。
欠けた部分もない、綺麗な曲面を描いたそれらを見て、犬は溜め息を吐く。
「確かに、もうお腹いっぱいらしいな……くそ、霊素が足りない古き樹の民の赤ん坊に構成霊素、奪われるとか、冗談じゃねぇぞ」
「ごめんにゃしゃい」
「それはもういい。お前じゃどうしようもないし、ここで再び受肉しようとした俺も悪い」
おお、なかなか良識のある犬だね。ふわふわもこもこなのに精神はかなり大人のようで。
「責める相手はもう決まっているし、な。ふふふふ、あいつめ……会ったらとことんいじってやる……」
前言撤回、大人げない犬だった!
「それにしても、お前のそれ、便利そうだな」
「そりぇ?」
「その『手』だ。なるほど。霊素自体を作用実体として構成しているのか」
犬は何もない場所を見つめる。
空中に浮かんだ、私のエレメンタルハンドⅠを見るように。
エレメンタルハンドを左右に動かすと、犬はそれを追うように顔を左右に振る。
あれ、確実にエレメンタルハンドを見てますよ、この犬。
「みえりゅの?」
「ん? ああ、その霊素の手か。
さすがに樹の民ほどいい眼はないが、五感情報から仮想共感覚を秘術で作成して総合的に……ちょちょいとな」
「ひじゅちゅ!」
わお、「竜」の徴の特徴である秘術を使うなんて、犬じゃないみたい!
自称と思ったけど、やっぱり竜なのかな、この子。
でも犬の姿なのに竜とは呼びたくないので、犬のままでいこう。そうしよう。
この子に竜の種族名は早い。
「ふむ、こうか?」
秘術や犬か竜かについて考えていた時、犬が呟く。
私が犬の方に見やると、それは起こった。
「……くろいて?」
黒柴犬の側面から、黒いエレメンタルハンドが生えていた。
半透明な黒い手はぐぐぐ、と延びていき、私の頭をぽんぽんと触れる。
「うーむ、霊素のみで構成するのは無理か。お前、その手はどうやって作ってるんだ?」
「えっ、なんで、てを」
自由自在に伸びて、物理接触できる黒い手。
エレメンタルハンドを再現出来るなんて、一体どうやって。
「ああ、代わりのやり方でなんとか出来そうだったからな」
「かわりの、やりかた」
この短時間でエレメンタルハンドを代替手段で再現するほどの洞察力……この犬、ただ者ではないね。
「さすがに犬の姿のままで手を使えないのは不便だしなぁ」
「それはわかりゅ……」
「それで、その霊素のみで構成するなんて離れ業は、どうやってるんだ?」
エレメンタルハンドⅠを黒い手の指でツンツンと触ろうとする犬。
説明してもいいけど、『意図の糸』とかをこの口で説明するのは苦痛だ。
「ん——。あたまつにゃげちぇいい?」
なので、エレメンタル糸電話での会話を提案することにした。
「頭を繋げる? ああ、魂のか? いいぞ」
「では、しちゅれいしましゅ」
エレメンタルスキルⅡで作った無線式糸電話をぽち、と犬の頭に付ける。深層意識まで接続しないように調整して、と。
『これで普通に話せる!』
「うお、なんだ!」
了承したのに驚く犬、どうやら想定してた方法と違ったみたい。
『あ、これは霊素で作った無線式糸電話です』
「精神疎通とは違うのか……こりゃまた奇っ怪な……」
『精神疎通……大霊樹様が使ってたアレかな?』
私は徴術を教えて貰った大霊樹様の精神空間を思い出す。
むーちゃんが出てこなくなってから行けなくなったあの空間でもある。
「あいつを知っているのか?」
犬が訝しげに訊く。大霊樹様をあいつ呼びとは親しい間柄なのかな? 私は自慢するように胸に手を当て、その問いに答える。
『これでもシャドラ王族なので』
どやっ。しかし、犬は私の顔を見て溜め息を吐く。
「初耳だぞ。まあ予想はしていたが」
『あれ、驚かないんですね』
「神霊石持ちなんてシャドラさんの血を引く者しかいないからな。しかし、そうか……あいつはまだあそこに居るのか」
シャドラさん? ああ、ご先祖で樹の王のシャドラ様のことかな?
言い方からするに、シャドラ様とも知り合いなのかも。
そうだとすると、大霊樹様と知り合いなのも納得というか……あれ、この犬、思ったよりも大物?
『シャドラ様や大霊樹様とも知り合いなんですか?』
「ああ、そうだが? そうか、あいつも様が付くくらいに立派になったか。
いや、そんなことより、その霊素の手について教えてくれ」
むむ、無理矢理話を変えられた気がする。
大霊樹様との関係がちょっと気になるけど……そうだね、今は情報共有が優先だよね。
他の人から意見を貰うのって、研究では結構大切なことだし。
特に頭の中でこんがらがったり、視野狭窄みたく周りが見えてない時に効果的なんだよね。
思い出すなぁ、同僚と一緒にコーヒー飲んで閃くことが多かった前世のこと。
ともかく、エレメンタルハンドを真似ることができた犬にエレメンタルスキルのことを話せば、私の徴術のことが分かるかも知れない。
『この手……エレメンタルハンドって言うんですけど、私の徴術で作ったものなんです』
「やっぱ徴術か。しかし、そんな徴術はみたことがないな」
『あ、見たことがないのはそうだと思いますよ。私の徴術、『名にも無し』ですから』
「は? 『名にも無し』? あいつがそう言ったのか?」
『はい、大霊樹様に言われました、『名にも無し』です』
「……そうか。名前はまだ付いていないのか?」
『名前、付くんでしょうかね、コレ』
「付いてないのか……付いてないのにこれか、末恐ろしいな。
『霊素の手』とかじゃだめなのか?」
『だめですね。この手もこの会話手段も、私の徴術によって出来たモノなんですよ』
「この会話も徴術で出来てる? マジか?」
『マジです』
「なんてーか、応用力高すぎて核となる部分が見えんな……」
『そうなんです』
むーん、と考えこむ私と犬。
「ま、そんなに心配しなくても直に分かるだろ」
『そう言うものです?』
「そういうもんだ。俺の
『経験則?』
「ああ、あいつに訊いたと思うが、『名にも無し』持ちは二人目だろう?」
私を二人目の『名にも無し』、その前の、一人目の『名にも無し』って、まさか!
私は期待の眼差しを向ける。
『もしかして、あなたは、あなた様は!』
「そう、俺こそ!」
犬様が大仰に翼と黒い手を大きく広げ、口角を上げてどや犬顔をしつつ、正体を明かす!
「枝の賢者——」
おお、やっぱり予想通り期待通り、枝の賢者さ——
「——の助手だ!」
——誰?
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