研究魔、新しい領域に踏み出す


「え? 知らない? まあそりゃそうだよな。歴史書には絶対載ってないだろう」


 ハハハ、と笑う、自称枝の賢者の助手を見て、私は混乱していた。

 そりゃそうだよ、予想から外れた斜め下の存在だったもの。

 よく考えたら枝の賢者様が樹の獣になれるわけないけど……それよりも。


『歴史書に載ってないって、どういうことです?』

「俺は完璧に裏方でな。それに、常に【霊体】の姿だったからな」

『霊体?』

「魂を霊素に固定した状態のことだ。さっきの再受肉前の状態といえばわかるか?」

『あ、あの薄い存在感だけ残ってる状態のことです?』

「そうだ。あの状態だと、お前のような眼を持つ者しか視えないからな」


 魂、私の中では生命の存在情報と定義したその情報を利用し、霊素を元にして肉体を構成したのが霊体ということかな?

 道教思想の魂魄、精神を構成する魂と肉体を構成する魄という考えがあるけれど、それに近い気がする。

 つまり、構成する肉体が物質でなく霊素になった、ということ。

 ただ、見た目は幽霊です、幽霊。背後霊助手とか怖いのをよく側に置いたね、枝の賢者様。


「ちなみに、この手もかなり存在を絞った霊体だ」

『おぉー、すごい。なるほど、代わりの方法ってこれですか。でも、霊体は見た感じ透明に近かったですよ?』

「普通の霊体だとそうなるな。これは物に触れるため、霊素の属性を陰に絞って、操作した魂に集めたんだ」

『陰属性の手ですか。だから黒く視えたんですね』


 私は霊石の属性光を思い出す。陰属性は暗めの紫だったけど、霊素で見るとなるほど、すごく暗くてほぼ黒だ。

 というか、霊素を属性で集めるなんて考えなかったなぁ。いつも勝手に集まってくるし。


「まあな。この考えからすると、お前の手は淡く光る白、無色の霊素を操っているということになる」

『そうそう、前から言ってる無色ってなんですか?』

「無色ってのは、無垢な霊素……属性に染まっていない霊素の色のことだ」

『六属性に染まっていない霊素?』

「そうだ。神霊樹や霊樹から供給される大元の霊素が無色の霊素と呼ばれる。これは世界中に漂う霊素の七割ほどを占めているな」

『残りの三割、つまり属性に染まっている霊素はどうやってなるんです?』

「霊樹から放出された後、自然現象やら術やら土地特性で属性が付く。例えば、火山地帯は火属性、雨風が強い日には水と風属性の霊素が出来やすい」

『ほうほう、じゃあ、私の神霊石にも属性があるんですか?』

「属性は無いな。無色だ……いや、神霊石って無色になるのか?」

『知らないですよ』

「だよな……でもあいつやシャドラさんは色付いてたし……?」


 一人と一匹はうーんと唸る。

 内容不明な徴術に、枝の賢者様の助手、霊体、無色の霊素、神霊石。

 意図の糸でなぜ無色の霊素を扱えるのかも謎だし、そもそもなぜ意図の糸を私が使えるのかも謎。

 全部は繋がっている……と直感でそう思うんだけど、それを理解する切っ掛けがない。

 その後、意図の糸についても犬に話したけど、『全然分からん』と犬は答えた。

 使えないなぁ、この犬……。

 確かに私しか使えないから、そうなるのは当たり前なんだけど。

 結局、私の徴術の研究は余り進まなかった。


 その代わり、思いついたことがある。


『そういえば、霊体って簡単作れるんですか?』

「は?」

『霊体が作れたら、受肉して分身とか作れるかなって』


 もし作れたなら、私の『行動できる強度を持った身体の取得』条件が達成できる。


「ははは、そりゃ出来たら作れるだろうな、ただ魂が二つ必要になるが」

『あ、そっか。魂を元にして作るから』


 さすがに私も魂は二つ無いし、


「ただ、この黒い手みたく霊素操作の拡張はできるだろうな。上手くいけば」

『おおー。便利そう』

「常人じゃ魂の把握は出来ないぞ。これは樹の獣の特権とも言える技だからな。それに——」

『でも、こんな感じですよね?』


 アストラルフィールドに居たときに感じた自分自身の魂の存在感。

 そして、この世界での先ほど感じた、犬の霊体を視たこと。

 その二つががっちりと認識したことにより、私は私の魂に意図の糸を貼りつけることに成功した。


 揺れる、広がる、形作る、そして現れる黒い手。

 なるほど、エレメンタルハンドよりも効率は落ちるけど、魂に集まる霊素を選別して手を作ってるから、これぞ私の手!って感じがする。

 今は意図の糸を使ってるけど、練習すれば自分で動かせるかも?

 そうなると夢が広がるなぁ。


『どうです?』


 と私は犬に黒い手を見せつける。その手は犬の黒い手でにゅにゅっと私の中に押し込まれた。


「どうです? じゃねえ! 平気なのか、お前!」

『えっ』


 慌てた様子の犬、私はその必死さに呆けてしまう。


「人の魂で霊体なんて作って見ろ、魂の量が足りなさすぎて死んじまうぞ!」

『……えと、平気ですけど』


 身体の方は大丈夫だ。むしろ、献血に行った後のような爽快感すらある。

 犬はぺたぺたと私の身体を黒い手で触る。


「……そのようだな。

 いや、と言うかなんだこれ。神霊石持ちだからってなんでこんなに魂が満ち満ちてるんだ?」


 ぺたぺたがべたべたがなり、ついでという感じでほっぺを捻られる。いひゃい。

 魂の総量が多いかぁ、なんでだろう。


『まあ、大丈夫ということで!』

「よくねぇよ」

『現に大丈夫ですし?』


 ほらほら、と黒い手を再び展開する。

 うん、なんだかすごく身体が軽い。


「……仕方ない。俺がお前に霊体の扱い方を教えよう。その身体で倒れられちゃ困るからな」

『え、本当ですか?』

「乗りかかった船というか、正直にいえば今の行動を見てかなり冷や汗が出た。ちゃんと見ておかないと悪夢を見そうだ」

『わーい、ありがとう! えーと……そういえば、あなたのお名前は?』


 犬と心の中で呼んでたけど、さすがに枝の賢者様の助手さんを犬呼ばわりするにはさすがに無礼かなと思い、名前を訊ねる。


「名前? ……ないな。まあ名前なんてなんでもいい」

『名前がないんですか?』

「枝の賢者と『表に出ない』という契約を結んだからな。名前なんてあったら呼んでしまうだろ?」

『ああ、そういうことなら仕方ないですね……じゃ、こっちで決めて呼んでいいです?』

「別に構わんぞ」

『じゃあ、犬』

「殺すぞ」

『ひっ』


 うわ、マジの顔だ。鼻筋当たりに皺が出来てるよ、子犬だから迫力無いけど。


『じゃあ、助手さん』

「助手……まあさっきよりは良いか。しっくり来る」


 まんざらでなさそうに目を細める助手を見て、私はホッと息をつく。


『これからよろしくね。助手さん』

「ああ、こちらこそよろしく」


 霊素で作られた白い手と黒い手で、私達は握手する。

 こうして、私は『霊体操作』という新しい領域へ進むための助手さんをゲットしたのだった。


『ところで、発音しなくても頭で考えるだけで疎通できますよ』

『……早く言え! このバカ!』


 初対面でいきなりバカ呼ばわりは酷いと思う。

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研究バカは転生しても直らない! 犬ガオ @thewanko

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