研究魔と樹の獣


 円柱状の空間の中、無色透明な、縦幅一メートルで横幅が最大三十センチぐらいのアーモンド型種子が蔦の台座の上にあった。


 蔦の台座というより、蔦に立てられて縛られている、と言った方がいいかな?

 淡く光っててすごく幻想的だ。お陰で洞の底も目視で確認できた。


 というか、あれ、霊石だよね。超特大の霊石。さすがに大霊樹様のところでも視たことがない。

 特に、無色という所が珍しい。

 霊石って属性に偏って色が付くんだけど、あの霊石には色が無かった。

 形も特殊だし、特別な霊石なのかも。


 うーん、もっと近くで観察したい。

 もしくは、エレメンタルアイがあればつぶさに観察できるのに。


 私はよりじっくり見えるように、身を乗り出して、手が滑った。


 あ。


 前屈姿勢だったし、重心は思いっきり前だったし、まあ——落ちるよね!


 しかし、高さが問題だ。

 さすがに落下距離が推定六メートルは一歳児で耐えられる高さじゃない。

 HP1で六メートル落下はダイス目が1じゃないと死んじゃうよ!


 咄嗟に私は蜘蛛の巣状のエレメンタルバンド――ネットバンドを空中に展開して受け止める!


 破れたあああ!


 さすがに時間と練度が足りない! でも空中二段ジャンプとか出来そうだし、今度研究しよう!

 バンドネットのお陰で大分落下速度は遅くなったし、あとはEPSで衝撃吸収……ああ、リアクティブアーマーオミットしてましたね。


 やばくない?


 しかも、さっきのネットバンドのせいで、落下方向が真下から前斜めに変わってしまった、

 落下予想地点は――あの特大霊石の真上。

 あの霊石、とがってる部分が天井を向いているわけです。


 つまり、このままだと……私、霊石de串刺し?

 ひい、スプラッタに死ぬのは勘弁して!

 死ぬのもお断りしたいけど!


 バンドネットを再展開? だめ、意図の糸が足りない。

 このEPSを解除したら、着地時の衝撃を受けるバンドが無くなる。

 でも、このままじゃ結局串刺しだ。


 発想の転換をしよう。落ちる前提じゃない、落ちなければ良い。


 あの霊石を、掴めばいいんだ!


 身体に配置したエレメンタルバンドを蜘蛛の足の如く展開、その先からエレメンタルハンドを生やす!

 複合スキル、ハンドバンド! 複合スキルってロマンだよね、言ってみただけ!

 これで私を固定しつつ霊石を掴めるようになった!

 某蜘蛛ヒーローの敵を思い出すけど気のせい!

 即座にハンドバンドを霊石に飛ばし、掴む!


 霊石の直上、身体まであと数センチと言うところで、私は空中に静止した。。


 ふう、危ない……。

 横だった身体を縦にして、霊石に沿ってゆっくりと身体を降ろしていく。

 後もう少しで死ぬところだったよ。

 ほっ、と息を吐いたとき、緊張の糸が切れた。


 意図の糸も切れて、エレメンタルスキル、消失。


 うあああああ! また落ちる!


 咄嗟にしがみついた勢いで、霊石に思い切り頭を打った。


「あんぎゃ————!」


 ガツン、とぶつかる神霊石と特大霊石。痛みと振動で脳が揺れる私。

 それでも手を離さなかったのは褒めて欲しい。一歳児の火事場の馬鹿力は侮りがたし。


 その後、力尽きる前にハンドバンドを再展開、今度こそ慎重に自分を降ろし、洞の底に到達した。

 ほっと一息をついて、薄暗い洞の底を見渡した。


 洞の底は、変な空間だった。


 平面な床、ご飯が食べられそうな木のテーブルとイス、姿見のような大きな楕円の鏡。

 極めつけは、気持ちよく寝られそうなシングルサイズのベッド。


 明らかに、自然発生したような洞じゃない。

 人工的で、いままで誰かが住んでいたような……。


 謎が多い場所だけど、そのベッドは使わせて貰おう。

 死は回避したけど身体の節々が痛いです。


 ベッドに腰を落ち着け、再び安堵。

 そして、特大霊石を見上げると、私は異変に気づいた。


 あれ? なんか……光ってない?


 なんかじゃないや、めっちゃ光ってるよ。

 属性光を示すほのかな光じゃない。強烈な白光が特大霊石から放たれてるよ!


 もしかして、触っちゃだめなヤツ?


 どどどど、どうしよう、怒られる!

 霊石の持ち主に怒られるよ!


 こんだけ大きい霊石、手に入れるの大変だよね?

 さすがに私もこんな霊石持ってないし、大霊樹様に頼んでも作って貰えるかどうか……。


 慌てる私、関係なく光を強める特大霊石。

 眩しすぎて閉じた目を手で覆う。


 うえ、手で覆っても隙間から光が入って目に刺さる!


 私はこりゃたまらん、と顔をベッドマット押し付け、腕で頭を覆う。


 これぞ必殺、亀のポーズ!


 避難訓練の意味があるか分からないポーズが、ここで役立つなんて!

 暴れまくる光の暴力に対して、私は子亀になって耐えるしか無かった。



  *・*・*



 数分後、目を開けて光が収まったことを確認し、私は顔を上げた。


 私の目の前には、一匹の犬がいた。


 黒い短毛にくるりと巻き上がった尻尾、目の周りと頰から口周りにかけて白い毛、麻呂眉のような目の上の白い丸ぼっち。


 うん、これは犬だわ。しかも、黒柴犬と呼ばれる犬だわ。


 ただ、普通の犬には乳白色の円錐型の角は付いてないし、白い翼は付いていない。


 つまり、ただの黒柴犬ではない。


 ただの犬ではないけど、もふもふだ。


 見たところ、まだ仔犬。成犬をデフォルメしたような体格が保護欲を唆る。


 つまりキュンキュンしてもふもふだ。


 あー、同僚が飼ってた黒豆柴も、仔犬だったらこんな感じなのかなー。

 そんなことを考えていたら、私はハンドバンドで黒柴を抱きかかえていた。


 無意識って怖い。


 だけど、意図の糸は無意識な私の願望に沿って、仔犬をベッドに寄せてくる。

 ジタバタ暴れる黒柴、それに構わず、私は顔をふわふわ毛玉に埋めた。


「はふぅ……」



  *・*・*



 気付いたら横になって寝ていた。


 時間を飛ばされた?! 新たなスタ◯ド攻撃か!?


 起きた時は、そう言った感じ慌てたけど、気持ちよい謎の暖かさのお陰で心が冷静になった。

 私は服の袖口でよだれまみれの口を拭きつつ、自分の体調を確認する。


 体調、かなりスッキリ。なんで?

 短時間しか寝てないと思うけど、この快眠感はなんだろう。


 いろいろ考えた末、ここ最近の睡眠事情が悪かったのではないかという結論に達した。

 ここ二ヶ月はエレメンタルスキルⅡの開発で気を失ってから寝ていたり、昼寝も敵地だからぐっすり寝ることも出来なかったし。

 

 ……ってそうか、常に緊張状態だったんだ、私。

 そりゃ安眠できていないはずだよ。


 むーちゃんがいれば指摘してくれてたんだろうけど、相変わらず自分の体調には疎いなぁ、私。


 やはり、むーちゃんを復活させることは、ここから脱出するための必要条件の一つだ。

 特に古き樹の民の徴術やむーちゃん空間が使えないと、ここでの研究効率に悪影響が出る。

 徴術は種族チートそのものだけど、ここから脱出するには必須の術と言って良いだろう。


 それに脱出するためには、自由に動ける強い身体を得ることも必須だ。

 エレメンタルスキルⅡである程度強くできると言っても、あくまで補強で、芯となる身体が弱ければ限界は自ずと来る。

 そもそも、フルスペックのエレメンタルスキルが使えないし、赤い竜人さんレベルが出てこられたら逃げられる気がしない。

 でも、身体の成長を待ってたら十年以上ここに拘束されてしまう。


 そして、神霊石再充填によるエレメンタルスキルⅠの完全復活。


 つまり、私はここでの脱走計画を進めるために、以下の前提条件をクリアしないといけない。


・むーちゃん復活

・行動できる強度を持った身体の取得

・神霊石再充填


 やばい、神霊石以外、手がかりが一つも無い。

 どうすればいいんだろ……。


 うんうん悩んでいると、胸元からゴソゴソと音がする。

 私がなんだろ、と視線を胸元に向けると、白い角と焦げ茶色の目が私の眼とあった。


 ……なるほど。安眠できたのはこの黒柴を抱き枕にしていたからだね。

 アニマルセラピーってすごいなぁ。もうこの子無しでは寝られないね。


 そんなことを考えていると、その黒い毛玉は、口を開いてこう言った。


「竜の徴を持つ樹の獣を抱き枕にするとは――有史以来初めてだと思うんだが?」


 ……犬って喋るっけ? 


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