研究魔と異世界での初研究
フラッシュバン事件から数日後、私は霊素供給符紋の授業中に興味深い内容を先生から聞いた。
外霊素型と内霊石型のハイブリッド、【内外型】もしくは複合型と呼ばれるの霊素供給符紋の話だ。
先生から聞いた話をまとめると、両者のデメリットを打ち消した上で、より高出力の術が発動できるようにする霊素供給方法らしい。
つまりこれって、エネルギー革命が出来る研究だよね?
こんな重要な研究を放っておくなんて、この世界の優先順位がよく分からないなぁ。
でも、逆にこれってチャンスじゃない?
予見された技術を完成させて世界の進歩を進めるなんて、研究の醍醐味の一つだし!
先見者に出来なかったことを、後続の研究者が技術の粋をもって完成させるなんて、人類の研究史そのものだしね。
いやー、研究者として燃える研究テーマだよ!
それに術図が来光術図しかない私は、必然的に基礎部分でしか研究できないしね。
そういう意味では、現行の二種しかない霊素供給符紋を改善する今回のテーマは、格好の研究対象なのだ。
ではでは、と私はお兄様から融通してもらったノート一冊を戸棚からエレメンタルハンドで取り出す。
今世初の研究ノートだ。うれしいな、やっと本格的な研究ができるよ。
題目は、「第三の霊素供給符紋についての研究」と書く。
こうして、私の異世界「エスラトウス」での、初めての研究が始まった。
まず、先生が挙げた内外型の欠点をまとめると、外から霊素を取り込む外霊素符紋と、霊石から霊素を得る内霊石符紋が同居していると、外霊素符紋から霊石から発生した霊素が漏れ出す、と。
うーん、とりあえず彫ってみよっか。
彫りペンで厚手の石紙に紋を彫っていく。先生から習った来光術図の基本形だ。これは外霊素型なので外縁図紋に内向きになった外霊素符紋がいくつか書かれている。その外縁図紋内の空いたところに、内霊石符紋を彫り込んでいく。
霊石を固定するための部分は立体的に彫って、そこから霊素を流すための符紋を外霊素符紋のそれと繋げる。とりあえず完成っと。彫った刻紋をノートにも書き込む。
……ちょっと面倒だね。どうせ刻紋が同じなら、同時並行でこなせないかな。
と言うことで、作業出来るエレメンタルハンドを二本から四本に増やしてみました。
意外と簡単に出来てちょっとびっくり。
ほら、人間って手が二本じゃない?
だからそれ以上に増えると違和感があると思ってて、今まで本能的に手が増えるのを恐れてたけれど、エレメンタルハンドは実在する私の手とは違うカテゴライズらしい。
いうなれば、命令に対して忠実に作業する機械みたいな。これは新しい発見だね。
私の思考=命令を読み取って作業する機械の手。そう考えると、命令の先行入力もできるかも?
いいねいいね、一気に可能性が広がったね。いろいろ試してみよう!
おっと、今はそれよりも、内外型の研究だ。
書いた刻紋の外縁図紋に書かれている、丸い起動紋に触れる。起動してからの霊素の流れを確認。
外霊素符紋から霊素が刻紋に入り、内霊石符紋からも霊素が流れ出る。
ん? 内霊石符紋のほうが霊素の流れが速い!
内霊石由来の霊素が一気に刻紋全体に流れつき、そのまま外霊素符紋に到達して霊素が外にあふれ出したよ!
そして、術図が発動できる霊素供給量に到達できず、そのまま霊石から霊素が漏れ出す状態になっちゃった。
先生の言うとおりになったなぁ。
って、霊石! お給料一ヶ月分がダダ漏れ状態!
ぱっと霊石を取り外す。まだ石の中に霊素が見えるから、霊石は死んでいないっぽい。
ほっと、私は胸をなで下ろした。
さて、これからどうしようか。
実は、私はこれに対するアイディアを持っている。
最初に思ったのは、詰め込みすぎじゃないってこと。
つまり、外霊素符紋も内霊石符紋も術図も、全部同じ部屋に作るからいけないのだ。
霊素を供給する刻紋と、術に命令・発動する刻紋を分割し、それぞれを一つの刻紋として扱う。
そこから、霊素を流す符紋で各刻紋繋いでいき、外霊素刻紋を先に起動して、内霊石刻紋を起動する。
すると、内霊石由来の霊素も時間差で供給される外霊素刻紋からの霊素が邪魔をして漏れない、はずだ。入り口出口も一つだからね。
彫る刻紋量が増えてしまうけどそれは仕方ないだろう。今後の改良は後追いの研究に任せよう。
新しい石紙を取り出し、エレメンタルハンドに刻紋彫画の命令を送る。
命令に沿って自動で彫ることを確認したあと、研究ノートに実験内容と予測を書き込む。
よし、実験準備完了だ。
出来た刻紋は、正六角形が横に三つ並ぶ刻紋。正六角形にしたのは、同じサイズの刻紋を繋げて書く場合、面積当りの効率がいいから。蜂の巣のようにすることで隙間の面積が無くなるんだよね。
拡張性ってロマンだよね。
霊石をセットする。外霊素刻紋から起動し、霊素が充填することを確認してから、内霊石刻紋を起動する。そして、すぐに術図刻紋を起動。
堰が無くなった術図刻紋へ、両サイドから霊素が流れ出す。ここまでは順調だね。
霊素が供給されて、霊素供給量が閾値を超え、術が起動。
術図の少し上で光球が生まれ、光り出す。うまくいってるんじゃない?
このまま、来光術の光量が上がれば、霊素共有圧が上がった証拠になる。
先生が言ってた内外型の霊素供給符紋の完成だ。
私はそのっましばらく待った。だけども、光量は変わらず。
それなのに、霊素は流れ続ける。
おかしいなあ、と思って刻紋全体を俯瞰する。
あ、外霊素紋から霊素が漏れてる?!
外霊素由来の霊素を押し出して、霊石の霊素が漏れ出してるよ!
なんと言うこと! これだけ外霊素供給をまとめても、霊素供給圧力は霊石のほうが強いだなんて!
ってそれどころじゃないよ、霊石外して!
ぎりぎり給料一ヶ月分が無くなることを防いだ私は、ちょっと考え込むことになった。
まさか、外霊素型の供給圧がこれほど少ないだなんて……。
これは、根本的に『外霊素型供給符紋を改善する』方向で進まないと、内外型の完成は無理だろう。
……わかった、先行研究者の皆さんは、ここで詰まったんだ。
これまでキチンと動いている符紋で、しかもこんなにシンプルな符紋を改善する方法を思いつくのは、かなり難しいだろう。
はー、これはどうしたものか。
そもそも窓を開けて風が入ってくるのを待っているような符紋で、どうやって供給圧を上げればいいのよもう!
そんな感じでうんうん唸っていると、唐突に意識がぷつん、と切れた。
「あ、二時間過ぎたんだ」
真っ暗な空間に光る大きな玉。むーちゃんの間だ。
「その通り。いーちゃん研究しすぎ。というかなにゆえ零歳児でエネルギー革命を起こそうとしてるの、バカなの」
「バカとは心外な。世界をよりよくしたいという社会派研究者の鑑と言って欲しいよねー」
ふふん、と胸を張る私に対して、しゃべれるようになったムーちゃんは大きな溜め息をついた。
みんな、なんで私に対してこれ見よがしに大きな溜め息吐くの。地味に傷つくんだけど。
そんなことより、良いこと思いつきました。
「ここって思考はできるんだよね」
「そうだけど」
「じゃあ、考えをまとめたいときにここに来ていいかな?」
「はい?」
予想外の言葉に素っ頓狂な声を出すむーちゃん。
「いやー、丁度壁にぶち当たったからね、考える時間が欲しいの。
解決には二時間だと足りないから、睡眠時間を思考時間にあてたいんだよね。
でも、寝不足はダメでしょ?」
「もちろんだよ」
「でも、ここならいくらでも考えられる上、睡眠時間も問題なし!」
さすが私、研究に関しては頭が回るね!
「……だめって言ったら?」
「他の時間を全部思考時間に回す」
「余計にダメだよ!」
むーちゃんが「どうしてそうなるの!」と叫ぶ。
「だーかーらー、いいじゃん、ちょっとだけ、脳が疲労しないくらいにするからさぁ、むーちゃーん」
「……はあ、体調に影響すると判断したら、問答無用に追い返すから」
むーちゃんが諦めの色が入った声で、私のお願いを認めてくれた。
「やった、さすがむーちゃん、大好き!」
こうして、私は『思考実験』するための空間を確保したのだった。
あ、実験ってのはオフレコでお願いします。
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