研究魔、また死にかける


 師匠、ゲットだぜ!

 私の嘆願も実り、ヴィーヴ先生が師匠になりました!

 ものすごく嬉しい!

 嬉しすぎてヴィーヴ先生が帰ったあとも興奮しすぎて、


 いま、むーちゃんの間にいます。


 真っ暗い空間に白く光り輝く玉。

 見慣れた光景ってやつです。


「今頃外は大変なことになってるよ」


 いえ、それはむーちゃんが強制スリープをかけたからじゃないですかね?

 興奮してご飯を食べても動き回ってた赤ちゃんが急に糸が切れた操り人形が如く動かなくなれば誰でも焦りますよ?

 私のせいじゃないから!


「命に関わるほど興奮してたいーちゃんが言えることじゃないから」


 え、そんなに興奮してたの?!

 まあちょっと心臓もどっきどきしてましたけど。


「アレがちょっと……?」

「え?」

「……いーちゃんに体の管理を任せられないって再認識したよ」


 む、失敬な。

 何が失敬なのかな、とピカピカ玉ですごんでいる(らしい)むーちゃんから私は目をそらした。


「それで、なんで会ったその日に弟子にしてくださいなのかな」

「それはですね……衝動というか、今捕まえておかないといけないという焦燥感というか」

「意外と狩猟感覚」

「あと、刻紋が研究テーマとしてすごく面白そうで」

「まずそれがおかしい。零歳児なのになんで研究テーマを求めようとするの」

「だってー」


 私は手を振ってだだをこねる。

 最近幼児化してきた気がするけど、零歳児だからいいよね。


「だってじゃない。赤ちゃんは赤ちゃんらしくして」

「えー」

「えーでもない。というか、さすがに零歳児が興奮して死にかけるとは思わなかったよ……」

「うっ、ごめんなさい……」


 そこはさすがの私でも謝る。命大事にっていったのに、興奮して死にかけるとか本末転倒だ。


「研究はほどほどにしてね。具体的には二時間くらい」

「みじかっ!」

「超えたら強制スリープだから」

「問答無用?!」


 酷い! 今回のむーちゃん、本気で怒ってるよ!


「死んだら悲しむ人が大勢いるんだから、当然だよ」

「……そうだね」


 確かに今世の家族、ヴィーヴ先生、イザドラさんや侍女の人たちを悲しませることはしたくないね……。


 ということで、私の研究にはしばらく一日二時間という制限がつきました。ちくしょー!

 ただ、この時間には先生の授業時間分は含まない。私がむーちゃんとの交渉を頑張った結果だ。

 なんだかんだ言って、むーちゃんってやさしいよね。大好き。


 それからしばらくは、貴重な二時間をその日の復習に費やした。

 全く知らない技術体系だから、基礎を怠ると躓いたらどこが間違っているのか分からないしね。

 あと、単純に刻紋を彫る練習をしたかったのもある。

 彫るのは零歳児では厳しいので、全部エレメンタルハンドのお仕事だ。

 おかげさまで、エレメンタルハンドの微細な操作にも慣れてきた。今ならハエもつかめそうだよ。

 このまま某プラチナさんみたいになりそうで末恐ろしいです。


 さて、今日は今まで習ってきた内容のおさらいをしようっと。


 刻紋というのは、これまでも先生が言っていたように、術を模倣する技術だ。

 刻紋は、物質に精霊語・図紋・符紋・術図を刻むことで完成する。

 ここでのポイントは、刻むという行為だ。

 物体に紋様を塗るだけでは刻紋は発動しない。物体に刻む、つまり彫り込むことで刻紋は発動できるようになる。

 ヴィーヴ先生に聞いたところ、世界に傷つけたという結果が必要なのでは無いかとのこと。

 何故傷つけた結果が必要なのかはよく分からないらしい。

 今後の基礎研究のテーマだね。覚えておこうっと。


 刻紋練習用にもらった画用紙五枚分という厚手の石紙をエレメンタルハンドで取る。

 そして、刻紋用の彫りペンをエレメンタルハンドで掴み、彫り込んでいく。


 刻紋として彫り込む紋様は、分類として四種類ある。


 まず、【図紋】。図紋は紋様の形を決める外縁紋と、命令のコマ割りと順序を決める内縁紋がある。

 オーソドックスなのは円形だけど、四コマ漫画のような四角い外縁紋と内縁紋なんかもあったりする。


 今回は試したいことがあるので、外縁紋だけをぐるっと彫り込む。

 彫り込んだ後は綺麗な円形になった。満足満足。


 次に、【符紋】。符紋は霊素の流れと精霊語の命令を調整する役目がある記号だ。用途のイメージは、用水路の堰とか、鉄道の分岐、条件判定。

 まさか論理演算用の符紋まであるなんて、刻紋計算機械とか出来そうでワクワクですよ。

 ただ、かなり研究は必要そうだけどね。そもそも、計算機の術図がなさそうだし。

 

 さて、お次は【精霊語】。これは精霊が術を発動する際に使う圧縮言語を可視化したもので、漢字のような表意語に近い。

 これを作り出すのに、ヴィーヴ先生の祖先様たちは苦労したらしい。

 そりゃそうだよね。全く知らない、文字もない言語体系を文字にしようとしたんだもの。

 そのお陰か、命令の構文はすでにあって、精霊語が分からなくとも『おまじない』を書き込めば霊素へ命令が出来るぐらいになっていた。

 でも、オリジナルの刻紋を作るなら精霊語も覚えないとね。言語仕様が日本語に似てるのは幸いかな?


 最後に【術図】。刻紋の中心部に書かれる紋様、というか絵だ。

 術の内容を一枚絵に表した図で、逆に言えば術の内容を決めている紋様だ。

 私が教えてもらった紋様は、【来光術図】と呼ばれる紋様で、漫画によくあるキラキラを表現する記号によく似ている。

 術の内容は『光る』だけ。だけど、この術に精霊語と記号でいろいろな命令を付け加えると、『指定時間光る』とか、『浮遊する光球を作る』という術を作れるらしい。

 この来光術図だけでも、いろいろな応用ができるなんて、術と刻紋って奥が深いなあ。


 さて、符紋と精霊語をぶっ飛ばして、外縁紋の中に直接術図を書き込む。

 霊素供給用の符紋も書いていない。


 私が使っているこのエレメンタルハンド、手の形に霊素を集めているだけなんだよね。

 先生からこれは術じゃないと言われたけど、じゃあ、この集めている霊素をそのまま刻紋に流しこめばどうなるんだろう?


 彫りペンを置いて、私はエレメンタルハンドを石紙に書いた来光術図にそっと近づける。

 いきなり触って暴走したりとかするといやだもんね。それくらい加減しますよ、私も。

 エレメンタルハンドを静かに近づけていき、触れるか触れないかの距離まで近づいた時、



 世界が白に満たされた。



「網膜が焼き切れるかと思ったよ?!」

「誠に面目次第もございません!」

 私はむーちゃんに何度目かも分からない土下座をすることになった。


「そういえば、むーちゃんが話せるようになってる!」

「それはいーちゃんが声を作ったからだよ」

「ん? どゆこと?」

「それ以上は秘密」

 まさか自分自身に秘密を作られるとは思いませんでしたよ。ええ。

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