研究魔、攫われる


 そんなこんなで、二つのエレメンタルスキルを開発した朝、私はかなりのご機嫌だった。


「あら、姫様、ご機嫌ですね」


 ニコニコと侍女さんの一人が声をかける。スカートの中に短剣っぽい武器を隠し持ってるナータさんだ。


「今日は陛下が王竜会議から帰られる日ですからね、姫様もたのしみなのでしょう」


 と、後ろから拳銃っぽい武器を隠し持っている侍女さん、ルゥサさんが、私の服を持ってくる。

 その服は、お母様が式典で着るような赤と白を基調とした豪奢なドレスだった。


 そーいえば、一昨日辺りからそんな話があった気がするなぁ。スキル開発で忘れてたよ。

 王竜会議に行ってもう三ヶ月くらいかな?

 お父様ったら、行く前は私から離れたくないってだだをこねてたし。

 ちゃんとお迎えしないと意気消沈しちゃうかも。

 そんなことを考えている間に、ドレスに着替え終わっていた。

 む、この縫製と刺繍の意匠、イザドラさん作だ。そろそろ私も刺繍を勉強しないとね。


「姫様」


 と思ってたらイザドラさんが登場。私は頷く。


「本日は王竜会議終了式典がございますので、私たちも出払わなくてはなりません」


 なるほど、それで侍女さんも最近少なめだったんだね。

 そして本番当日、だからこちらまで手が回らないと。


「姫様を信用しての判断ですが、くれぐれも、なにもなされませんよう」


 私は軽く頷く。


「くれぐれも、なにもなされませんよう」


 イザドラさんの冷たい視線が痛いので、私は再度、慎重に頷いた。


 というか、信用してないよね?



  *・*・*



 暇には勝てなかったです。

 いつもなら運動の時間だけど、先ほどのイザドラさんの念押しされたため、動かずにいたのがいけなかった。

 習慣って怖いもので、動きたい衝動に駆られてから貧乏揺すりが治まりません。

 うごきたいーうごきたいー。


『いーちゃん、うるさい』


 だって、幼い身体で動くなって言うのも酷じゃない?


『そんなに動きたいなら、エレメンタルアイを使えばいい』


 ああ、なるほど、仮想現実よろしく、動いた気になる方法ね。

 むーちゃんの提案に乗った私は、エレメンタルアイを飛ばす。

 慌ただしい居館の人たち、お城に向かう用意をするお兄様とお母様、といった光景が映る。

 私の出発はどうやら一番後らしいね。

 あ、イザドラさんだ。ちらっとこっちを見ないで、こわいから。見えてると思ったじゃない。

 そしてそのまま、私の眼は外へ。

 外は相変わらずの森。広葉樹林が青々しく茂り、木々の合間には多種多様な草本が覆い尽くす世界。

 外に出たのは一回だけ、あの三連六角紋のテストの時だ。あの時は侍女さんたちにも迷惑をかけたなぁ。

 そんなことを思い出しながら眼を進めていると、ふと、ある光景が眼に映った。


 草原に、足の跡があった。


 なんてことはない。生い茂る草原に人の足跡。よくある光景だ。

 だけど、草が立ち戻っていなかった。

 こんなに生命力があふれる草花なのに、踏まれただけで倒れたままというのは、よっぽど重い人の足跡でない限り無理だ。

 それに、足跡がある場所も怪しい。

 お城と居館を繋ぐ道からかなり離れた、でも居館の様子を観察できる場所にある足跡。

 うーん、気になる。

 『怪しいと思ったら術を疑え』って先生もお兄様も言ってたし、霊素分布を見てみよう。

 フィルターを変える感じで、古き樹の民の眼を起動する。


 その結果、その足跡の上の空間に、霊素が無かった。



  *・*・*



 気がつくと、私は外に出ていた。


 好奇心という本能で瞬時に研究のタネを嗅ぎ分けた犬のように、私は問題の場所まで歩いて行く。

 EPSは発動中。むーちゃんが譲歩した結果だ。

 外部からの接触はEPSのお陰でシャットダウン出来てるし、ドレスは汚れないので私は気兼ねなく草原を歩く。


『はぁー、本当にどうなってもしらないよ』


 だって、霊素がないなんて不思議現象、気になるじゃない?

 霊素であふれたこの世界ではもう異常って言ってもいいぐらいだよ。

 これが解明できたら、純粋な物理現象を再現できるし、研究がどんどんできるよ!


『それはそうだけど』


 この世界は、パーフェクトエネルギーである霊素があふれているが故に、『地の理』、つまり物理現象が霊素から干渉を受けてしまう。

 そのせいで化学反応やら熱科学など、科学技術発達に寄与する物理現象が正しい結果を出せず、術以外の技術発達が遅れ気味になっている。

 この事実は、先生との情報交換で分かったことだ。

 もし、霊素が無い環境を人為的に作成できるとしたら……ああ、だめだ、妄想がはかどりすぎてよだれが出そう。


『出てるから、出てるから』


 あぶないあぶない、よだれでドレスを汚したらだめだよね。

 よだれを手で拭き取りつつ、私は問題の場所に来た。

 時折、草を凪ぐ音と葉のこすれる音しか聞こえない、芝生のような丈の短い雑草が敷き詰められた草原。

 その中に、私の眼は異常を見つける。

 霊素が全くない空間。今までどんなところを見てもあった霊素がない。

 おお、すごいなー。ちょっと感動に浸りつつ、私は近づくと空間が動いた。

 動いた?

 近づくと、動く。近づく、動く、足跡がつく。

 もしかして……中身、というか人がそこに居る?

 私はEPSを解き、エレメンタルハンドを4本展開。EPS発動中はエレメンタルハンドが使えないからね。


『ちょっと、いーちゃん!』


 二本のエレメンタルハンドで空間の中身をガシッと掴んだ。

 不可視の中身はジタバタと暴れるも、エレメンタルハンドで縛られたので、ちょっとやそっとじゃ逃れられない。


 よし、と私はもう二本のエレメンタルハンドで不可視の中身を触った。

 エレメンタルハンドからくるフィードバックを脳内で解析する。

 ふむふむ、エレメンタルハンドからも霊素が吸収されてるなぁ。エレメンタルソナーの走査でも、エレメンタルドットの感触が食べられてるし。

 ただ、何も見えないけど物理的接触は出来る、と。

 試しに枝とかで突いたり、中身の後ろに枝を掲げてみたりする。おお、すごい、屈折率も変わらずに光を透過してるよ!

 エレメンタルドットで熱源を捉えられないのは痛いなぁ。サーモグラフィーも取りたいんだけど。


 ともあれ、今できる限りでの霊素面、物理面での検証が終わった。

 ここから分かったのは、何らかの術が常時で周りの霊素を取り込み、中身(多分、人)に不可視を与えているようだ。

 つまり、かなり高度な光学迷彩術?

 考えていたのとは違ったけど、これもこれですごい術だ。是非研究したい。

 わさわさと触っていると、術の切れ目のような部分を発見した。まるでコートの前開きだ。

 その切れ目に、エレメンタルハンドの指を入れ、一気に開いた。


 はじけ飛ぶボタン、暴かれる不可視、灰色の袖が長く口が広いコート。

 中に居たのは、艶やかな黒髪が綺麗な、小学校高学年くらいの女の子。

 まず目についたのは、額にある三つ目の瞳。

 星空を写したような、黒い眼球に明滅する光点がある、特徴的な眼。

 霊人種に違いないけど、全く知らない徴だった。

 涙目と驚きで両眼と第三眼がまんまると、大きく見開いている。

 むむ、かなりかわいい。おかっぱ黒髪と合わせて、座敷童みたいな子だ。

 そして、次に目に付いたのは、胸だった。


 えっ、その身長でその大きさ?


 タンクトップのような下着から主張するその胸は、私の意識を混乱させるのに十分な破壊力を誇っていた。

 大霊樹様の空間で再現された中学生サイズの私よりも、はるかに大きな胸。

 Dカップはあるんじゃ……いやだ、認めたくない。

 私はまじまじとその二つを見つめ、むんずと掴んだ。


「!」


 声は上げないけど、顔が赤くなる彼女。

 私はそれが本物だと確信する。

 そして、絶望する。


 ああ、いるかいないかも分からない神様、何故、世界には持つ者持たざる者がいるのですか。


『いーちゃん! 手が解けてる!』


 天を仰いで涙を流していると、むーちゃんからの警告。

 意識が混乱していたせいで、エレメンタルハンドへの指示が途切れていたことに気づいた時には、もう遅かった、


 涙目になった黒髪の少女は一瞬で私に接近、そのまま私を抱いてコートの裾で包む。

 やばい! EPSは物理的接触があるときは展開できないという弱点があるのを忘れてた!

 しかも、コートの霊素吸収が早くて、エレメンタルハンドを展開しても霧散してる?!

 状況と相手装備との相性が悪すぎて何も出来ないよ!


 エレメンタルスキルがない私は、ただの零歳児だということを痛感する。

 今まで順調すぎてすっかり忘れてしまっていた事実。一気に地に落ちる感覚。今までの幸せが崩れ去る幻像。

 研究に傾倒しすぎて、周りが見えず、油断に陥る、私の人生。

 いるかいないか分からない神様は、こういうことに生真面目だ。


 こうして、私は巨乳でサードアイな少女に攫われたのだった。

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