第一章完結記念SS 此方より彼方まで

ツイッターでの投票で決まった第一章完結記念SSです。

以下の注意をよく読んで、お読みください。


※未来のエンエ視点です。まだ未来を視たくない人は読まないように!※

















 神霊樹様が起き始めて光が点く頃、目の前に広がる赤に染められた海を見ながら、手すりの上でうちは頬杖を突いた。


「あの日から、八年……かぁ」


 今日は姫様を攫ってから八年。

 今でも、あの時のことは鮮明に思い出せる。


「どうしたの、エンエ」


 隣でいつのまにか『移動研究室』なる不可思議な結界布を展開して座っていた姫様が、うちに尋ねてきた。

 腰まである白金の髪と赤紫の瞳、そして額。そっちの姫様か、とうちは納得する。

 身内だけしかいない鞍船の上だからだろうか、ネグリジェのような白い軽装だ。

 まだ寝ていると言っても、殿方もいるというのに……ちゃんとした服を創ってください、姫様。

 結界内で動く、大精霊石を乗せた小さい人型霊機は姫様の今日も忙しそうだ。


「いえ、姫様とうちが出会ってから、丁度八年だなって」

「ああー、そだっけ。時間が経つの、早いねぇ」


 『移動研究室』から立ち上がって、姫様はうちの横に立つ。

 相変わらず小さい、うちの主様はなんとか手すりの上に顎をのせた。


「あの頃よりエンエが喋るようになって、私としては嬉しい限りだよ」

「……ええ? 思い出すの、そこですか?」


 うちは呆気にとられる。相変わらず、姫様の思考は読みづらい。

 この旅のメンバーの中では最も長い付き合いというのもあり、行動はある程度は予想できるけれど。


「え? うーん、他はトゥーワ師匠が出てきたところ?」

「それはまあ、衝撃的でしたけど、それよりもっとすごいこと、ありました……よね?」


 確かにトゥーワ師匠との出会いは衝撃的だった。

 あれほど強い武人と戦ったことは、あれ以来一度もない。

 今は子育てのために一線から離れているけれど、時々演習に現れて木国軍をコテンパンにしているらしい。

 恐ろしい人だ。


「えーっと……ああ、私が死にかけたこと?」

「むしろそれが一番に出ない時点でおかしいと思います」


 うちは肩を落とした。当時の焦りと不安と絶望が入り交じった時間を返して欲しい。

 トゥーワ師匠を止めさせた姫様は、同時に『体内霊素』を全て失って倒れてしまった。

 『施設』に移動して宗主様から霊素を分けて貰えなければ、そのまま死んでいただろう。


「よく死にかけてるから、すっかり忘れてた!」


 あははは、と笑う姫様。


「笑い事じゃないです」

「まあ、生きてるんだし、結果オーライってことで」

「良くない」


 と、後ろから姫様よりトーンが幾分落ちた、姫様の声。

 振り返ると、黒い髪に若菜色の瞳をして、額に神霊石を付けたもうひとりの姫様——むー様がいた。


「毎回死にかけるこっちの身になって欲しい」


 身体を司る方の姫様にとって、至極当然な批判だ。


「だから、いつも謝ってるじゃない。むーちゃん」

「反省を生かして二度としないようにできないの?」

「うっ」

「そうですよ、姫様。むー様の言う通りです」


 うちはむー様と一緒に姫様を諫める。


「あははは……そうだ、次の島はいつ着くのかな? ドンドさーん!」


 あ、話を流した。

 うちが軽くむー様に目線を合わせると、むー様もうちに目を合わせたので、一緒に肩を竦める。

 そんなうち達を尻目に、姫様は今いる場所とは逆方向、鞍船の船首へと走って行く。


 その姿を追って目に入ってくるのは、大きな霊樹。

 鞍船の天板下から生えている霊樹が、神霊樹様のようにこの船を照らしていた。

 そして、霊樹の向こうにある船首の先に見えるのが、ドンドさんの

 何度見ても驚くくらいの巨大な亀の頭がぐいいと骨の音を響かせて、ゆっくりこちらを向く。


「ドンドさん、次の島まであとどれくらい?」

『あー? あと半日ってぇーくらいだなぁー』


 ドンドさんの頭が姫様に近づき、大きく優しそうな目を細めた。

 巷では大海竜と呼ばれる、ドンダルアークさん。

 かの七英雄も乗せたことがあるという、由緒正しき海の獣で、今では姫様にドンドさんと呼ばれ慕われている、この旅の仲間だ。

 さすがに肉声では話せないので、会話方法は姫様が開発して鞍船に設置した『エレメンタル通話網』での念話で話している。


「ほんと? うわー、たのしみ! もう見える?」

『まだじゃーねぇーかなー。しかし、嬢は相変わらず新しい島が好きだなぁー』

「そりゃそうだよ! 未知なる土地、未知なる素材、未知なる生態系、未知なる文化文明!

 私の胸は期待と好奇心で満ち満ちてるよ!」


 うちは今までのことを考えると、不安だけで胸いっぱいどころが口から出そうです。胸焼けしそうです。

 そして、姫様は笑顔をうちに向けて大きな声で言った。


「エンエ、いつも通り、護衛よろしくね!」


 いつも通りの、光り輝く笑顔。

 あの時、うち達を救ってくれると誓ってくれた笑顔。

 そして、うちが守っていくと誓った笑顔。

 もし、姫様にあったばかりの自分に一つ言えるのならば、こう言いたい。


「はい、もちろんです。姫様!」


『あなたは、最高の運命に出会ったんだよ』

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