研究魔と霊素充填符紋


『その……なんだ、いきなり怒ってすまなかった』


 庭にあるテーブルの下に隠れた私に、先生が謝ってきた。

 すごく、ばつの悪そうな顔だった。


 私はテーブルの下の一本足にしがみついている。

 テーブルの下と言っても、半球状の竜盾に守られたテーブルの下だ。

 私は、ここで籠城をしていた。



  *・*・*・



 怒られてびっくりした私の行動は早かった。

 その声から逃れるようにお兄様の腕をすり抜けて、エレメンタルハンドで衝撃を吸収しつつ着地。

 そして高速ハイハイでテーブルの下に潜り込み、芝生をエレメンタルハンドで掘って竜盾の術図を作成。そのままエレメンタルハンドで術図に触れて起動、テーブル全体を包み込むような半球型竜盾を作り出した。


 インスタントバリケードである。


 エレメンタルハンドで起動した竜盾の耐久度は硬く、先生がどんどん叩いてもビクともしない。

 意識してなかったけど、エレメンタルハンドなら精霊語が無くても形状と耐久度を自由に操作できるんだー、と冷静な分析ができるようになってから、私は現在の状況を後悔した。


 やっちゃった……。


 私の悪い癖が発動した。してしまった。


 大きな声で怒鳴られるなど、私がパニックを起こすような出来事が発生した時、私は即座に身の回りの物でバリケードを作成し、籠城をしてしまう。

 同僚から籠城姫と揶揄されたこの行動だけど、歳を経る度にバリケードの完成度が高くなり、最後に籠城したときはレスキュー隊が編成されたっけ。

 次に籠城したときは自衛隊でも呼ぼうかな、と同僚が真面目な顔で言っていたのをよく覚えている。


 この異常行動は、医者からは心的外傷のフラッシュバックが原因、と診断された。

 だけど、まさか今世でもトラウマを引きずるなんて思わなかったよ。

 転生のデメリットだね、これは。


 さらに悪いことに、先ほど先生から伝承してもらった竜盾の術図は、籠城用バリケードにぴったりだった。こういう事に使い方を無意識で即座に見いだす自分が恨めしい。


 さらにさらに悪いことに、私が悪いことだと自覚しているというのに、自発的にこの異常行動を解けないことだ。

 これもトラウマのせいだろうか、私が誰かから説得されたと認識しないと籠城をやめることができないのだ。

 前はお爺様が説得役になっていたけど、この世界にはお爺様はいない。

 説得役がいないまま、このまま籠城を続けてしまうのかな。


 次第に侍女さんたちも集まってきて、いつしか居館で働いている人全員が私の動向を見守っていた。

 勝手にパニックになっただけなのに、なにやら大事になってるよ……。

 そろそろ、テーブルの脚を掴んでいる腕が痛いです。


 そんなときの、先生からの謝罪である。助けに船とはこのことだった。


『……怒ってしまった理由、説明してくれます?』

『ああ、するとも。だから出てきてくれないか』

『分かりました……』


 自分は先生に説得されたと思い込む。

 すると、身体の自由が戻った。

 即座に竜盾を起動していたエレメンタルハンドを解除し、私はテーブルの下から出ることができた。


 先生の安堵した顔が見える。今日は先生の顔のバリエーションが豊富だなぁ。

 そんなことを思っていると、急に浮遊感が私を襲った。


「姫様確保ぉぉー!!」


 即座に侍女さんに確保されました。

 何? 私最近侍女さんズに愛されすぎてない?



  *・*・*・



 いつもの育児部屋に戻ってきてから、先生が私の前にあぐらを掻き、約束した説明を始めてくれた。


『まず、怒ってしまった理由を説明する前に、符紋の歴史を教える必要があるな』


 順序立てて説明する先生に、私は安堵しつつ、その糸電話に耳を傾ける。


『符紋というものは刻紋が発明されてから今日までの千年間の間、『役割が解析された符紋』は二十紋ある』


 え、たったの二十紋って、この前教えて貰った符紋で全部ってこと?

 もっとあると思ってたけど、もしかして『符紋だと分かっているけど何の意味があるか分からない』符紋が多いのかな。

 それにしても少ないね。


『少なすぎません?』

『やはり少ないと感じるか』


 先生は私と現実との価値観の差異を確認しつつ話を進める。


『符紋の開発は基本的に数射て当たれ戦法だ。

 とにかく記号を書き、刻紋に反応があれば調べ、内容を解析する。

 霧を掴むような作業な上、一生を捧げても解析できないことが多い』


『確かに、平均しても一紋あたり五十年ですしね』


『その通り。さらに最初期から存在した基礎符紋五種や【論式符紋】六種のように関連する符紋が連続して見つかる場合を加味すると、現実ではもっと時間の開きが多い』


 基礎符紋とは『外霊素供給』『内霊石』『起動』『終了』『霊素誘導』の五種類の符紋を指している。刻紋を作る上で基本要素となる符紋だ。

 論式符紋というのは、論理演算用の符紋だ。前世でいうと、NOT/AND/OR/XOR/NOR/NANDに対応する符紋がある。

 というか、よく当てずっぽうな研究方法から組み合わせの法則を導き出せたよね。すごいよその人。


『じゃあ新しい符紋を発見するまで百年以上の開きがあるんですか?』

『その通りだ。つまり、符紋の発見は刻紋学における非常に重要な転換点と言える』

『転換点!?』


 つまり、刻紋学のターニングポイントってことですか!

 うわあ、この符紋、研究しがいがないなあって普通にスルーしかけてたよ!


『さらに、この符紋はいままでに無い立体刻紋だと言うのもあるが……それはさて置き』

『えー、なんでですか。立体刻紋なんてすごく興味がある内容なのに』


 徹夜してでも語り明かしたい内容なんですけど。むーちゃんが許してくれるはずないけど。


『それよりも、今から話すことが重要だからだ。

 なぜなら、お前の発見したその符紋は、この木国が潰れる原因となりうるからな』


『へ?』


 私の脳内は一瞬空白になった。どゆこと?


『言っただろう、霊石はこの木国の主産業の一つだと。

 そんな霊石が再利用出来る符紋なんてものが普及してみろ、この国の財政は一気に傾くぞ』


『……はっ!』


 そういえば言ってましたね、木国の主要産業は霊石。

 霊素充填型霊石なんて出たものなら、霊石の価値は暴落、一気にこの国は貧乏になってしまう。


『お前が発見した符紋は、それだけの価値と危険性があるということだ。

 もし価値もしらずに外部に漏れてみろ、この国が転覆する可能性もある』


『ひいっ!』


 情報漏洩、もしくは研究流出で国家転覆!

 研究者としてはあり得る話なので一気に身が縮こまる。


『しかし、俺が新しい符紋の価値を教えなかったことが原因だ。——すまなかった』

『いえ、よく考えると私も最初にした約束を破っていたからですし……ごめんなさい』


 先生の弟子にしてもらう時に約束していた『作った刻紋を共有する』という約束を『完成した刻紋だけ』と勘違いしていた事も原因の一つだと思う。

 ま、一番の原因は私が先走って研究したことだよね……。これは言葉に出さないでおこう。


『二人ともに非があったということでいいじゃないですか』


 ぽん、とお兄様は手を打つ。


『それに、僕はその符紋がこの国を滅ぼすとは思えません』


 そして、驚くべき事を口にした。


『何?』

『えっ?』


 同じく驚いた反応をする先生。


『僕は常日頃、霊石の値段は高すぎると思っていたんですよ。

 こんなに霊石が高騰している原因は、【枝の内】である【中枢島】で多く使われていることだと、僕は睨んでいます』


 ぴっ、とお兄様が人差し指を立てる。

 あれ、お兄様はもしかして、需要と供給の話をしてる?


『それに、中枢島では内霊石型の刻紋が便利という理由だけで使われています。

 確かに便利ですが、現実として霊石を『必要』としているのは霊素が薄い『枝の外』の人々です。

 『枝の外』で働く冒険者や探測者の皆さんの生命線は、霊石があるか、【栽培術師】がいるかだ、と先生も言ってましたよね』


 枝の内? 枝の外? 栽培術師? 待って、用語が増えて追いつけないよ。

 でも話を折りたくないし、今度調べよっと。


『ああ、その通りだ』


 先生はこくりと頷く。それを確認して、お兄様は話を続ける。


『世界全体の損得で考えると、霊石は枝の外で使われるべきです。

 霊石が枝の外で普及すれば、それだけ死亡率が減るわけですから。

 しかし、霊石は高く、冒険者や探測者の皆さんがおいそれと使える物ではない。

 もし、この符紋が普及し、中枢島での霊石が霊素充填式になれば、そのバランスが正常化して、より多くの必要とする人に霊石を届けることができます』


 おお……。お兄様すごい……世界全体とかスケールが半端ないよ。


『しかし、シェル。どう概算してみても、今までの利益から三割ほど減ってしまうぞ? それについてはどうするんだ?』


 先生からの突っ込みが入る。しかし、お兄様は不敵な笑みを浮かべて言った。


『充填が終わった霊石の刻紋を削れば良いじゃないですか』


 ああ、なるほど。

 使用済み霊石に符紋を掘って再充填し、バレないように符紋を削って売れば良いって事ですか。

 これだと枝の外に供給する霊石は増えるし、中枢島の霊石供給も減らない。さらに言えば、霊素充填符紋もバレない。

 すごく……騙してる感満載だけど。


『シェル……お前、悪い子になったなぁ』

『賢くなった、と言ってください。ヴィーヴ先生』


 ふふふふふふ、と怖い声色で笑い合うお兄様と先生。

 私はそれを横目に、霊石充填用の刻紋があれば霊石に彫る必要無いよね、と新しい刻紋に想像を膨らませるのだった。



  *・*・*・



 竜盾籠城事件から七日経って、私の所に先生が尋ねてきた。

 授業はというと、先生が研究に集中したいということで休みになっていた。

 つまり、こうして会うのは七日ぶりだ。私のテンションは上がりまくりだ。


 私は外部型霊素充填刻紋について、先生は三連型についての意見を交わす。

 三連型で分かったことは、内霊石—術図—内霊石では三連型の効力は発揮出来ず、外霊素型同士でも同様に発揮出来なかったらしい。

 先生は『内霊石型と外霊素型を繋げることで霊素が活性化するのではないか』と仮説を立てていた。

 外部型霊素充填刻紋はプロトタイプを先生に見せた。今回は刻紋を彫った石紙を折り紙のように立体的にして、その中に霊石を填めてみた物だ。充填は出来ているが、充填速度は霊石に直接彫ったモノより遅い。これは今後の課題だ。


『しかし、さすがだなリンカは。もうここまで立体刻紋を研究しているとは』


 私が作った底がない五面体の折り紙刻紋を持ち上げて、しげしげと見つめる先生。


『えへへ、褒めてもなにも出ませんよ』


 私はエレメンタルハンドで頭を掻く。それを見て先生も苦笑する。


『ところでリンカ』


 刻紋を置き、先生が話を変えた。


『はい、なんでしょう』


 私は軽く返事をする。

 しばらく無言の後、先生はこちらを見つめ、真剣な表情で言った。


『お前は何処の誰なんだ?』


 ……ん?


 オマエハドコノダレナンダ?


 ちょっと、何言っているのか、よく分からない。

 うーん、私の知らないエスラトウスの言葉かな?


『はい?』


 私が首を傾げると、先生はさらに言葉を続けた。


『言い直そう。お前は何処の誰で、どうやってその身体に転生してきたんだ?』


 転生。私のエスラトウス語翻訳が合っているなら、その言葉は『転生』のはずだ。


 え? 今、転生って言いました?


『はい——!?』


 先生に転生がバレた?!

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