研究魔と刻紋検証
さすがに室内で実験するのは危ないとのことなので、館の庭で検証することになった。 先生は庭にあるテーブルの上で、石紙に黙々と彫っている。
さすが刻紋専門家、素晴らしい手つきと精度だ。
職人芸ってのはやっぱり惚れ惚れしちゃうね。
そして、しばらくすると、私が作った三連六角紋とほぼ同じの刻紋が彫られていた。
違うのは、術図だけだ。
その術図なんだけど……。
『これが、【竜盾】の術図だ』
デフォルメされたドラゴンと思わしき存在が、盾を構えているという術図だった。
『……かわいい』
その術図は、すごく可愛かった。
デフォルメドラゴンが盾を構えているけど、何故がその姿が怯えているように見えて、その格差がさらに可愛さを強調していた。
あっちの世界だとすぐに拡散されてグッズ化されるくらいの、あり得ない可愛さだ。
この竜のぬいぐるみ、欲しいなあ……。
『簡素かつ分かりやすい図と言え』
先生は心外な、と言わんばかりに私を睨む。
だって、可愛いものは可愛いんですもの。
そんな先生の助け船となるように、私を抱えていたお兄様が説明してくれた。
『先生の術図は【ガーガリル式】と呼ばれるほど特徴的な術図なんだ。
女の子に大人気なんだよ。逆に芸術性がないって忌避してる人もいるけど』
『なるほど! お兄様、ありがとうございます!』
なるほど、ガーガリル式は可愛い。
今まで見た術図は、どれも芸術点が高そうで彫るのがめんどそうだなと思っていたけど、これは彫りやすそうだ。
私もガーガリル式で術図を彫ろうっと。
『はっ、術図なんて発動すればいいんだ。絵柄なんて知ったこっちゃないね』
ヴィーヴ先生はちょっとやさぐれていた。
他の人から散々何かを言われたのだろう。
『私は好きですよ、先生の術図』
『……ありがとうよ』
あ、ちょっと恥ずかしがりましたね。ポリポリとこめかみ当りを掻いてる先生がちょっと可愛く見えた。
『それに、先生の術図は他の術図よりも何故か効力が高いと評判なんだよ』
と、お兄様が補足してくれた。なにそれ面白い。今度検証してみたいな。
『術図の柄とかはいいから、ほら、さっさと検証するぞ』
『はい!』
『竜盾は発動すると透明な盾を指定場所に展開する術だ。
命が狙われやすい王族なら知っておいて損はない』
おお、つまりプロテクションシールドですね! こりゃ便利!
聖職者とかのジョブが使いそうな術だ!
『竜盾は霊素の供給圧でその大きさと耐久度が変わる。外霊素型だと大人の手くらいの大きさ、内霊石型では最大で大人の身体半分くらいの大きさになる。耐久度だと、前者は木の板、後者は軟鉄の板程度だな。今回は大きさのの方を優先するようにしたから、通常時よりも二倍程度の大きさになる』
ふむふむ、竜盾でも外霊素型と内霊石型で性能は段違いっぽいね。
今の刻紋設定だと、外霊素型で両手大、内霊石型で大人の背丈ぐらいの大きさになる、と。
『なるほど、大きさなら分かりやすいですね』
『だろう?』
ニッと先生が口端を上げて笑った。
『術図の構成は覚えたか? 今回は【伝承】も兼ねているからな』
『はい、覚えました』
実は、刻紋は誰にでも起動できるわけではない。条件があるのだ。
刻紋のキモである術図の構成を覚え、実際に発動するところを見なければ、その術図を元にした刻紋は使えない。
この術図の有効化することを【術図の伝承】と呼ぶ。
そして、今回は竜盾の伝承というわけだ。
ちなみに、術図の構成とか難しいことを言っているが、単純にいえば術図がどんな内容かを覚えるだけだったりする。来光の術図ならピカピカ光る絵、竜盾の術図なら竜が盾を構えている絵を覚えれば大丈夫だ。
『よし、では起動するぞ』
先生が床に置いた刻紋の起動紋に触れた。
——直後、目の前に薄黄色をした半透明の壁が現れた。
壁?
『……成功、ですか?』
身体が小さいため、上を見上げられず全体が見えない私に対し、お兄様とヴィーヴ先生は唖然としていた。
『成功もなにも……』
お兄様が呟き、
『こりゃ、でかすぎだろうが』
そしてヴィーヴ先生は突っ込んだ。
私が壁と思ったものは、三階建ての居館を優に超える大きさの盾だったのだ。
*・*・*・
複合型霊素供給紋は実現していると結論し、その性能は内霊石型の約十倍前後だということが分かった。
大成功、ではあるが外霊素型+内霊石型の二倍じゃなくて、十倍になったのかはヴィーヴ先生でも分からなかった。
これは今後の研究課題だね。やったね、研究がもっと出来るよ!
あと、複合型霊素供給紋は言いにくいので、改めて【三連型】と名付けられた。
その三連型を研究したいと先生が私に申し出てきて、私は逆に「私の知らない知識でどーんと改良してください!」とお願いした。
先生は最初目を丸くしたが、その後に大きな声で笑った。
そんな風に笑えるんですね、先生。
そして、検証を行っていた庭から撤収する際のことである。
ヴィーヴ先生は、持ってきていた私の刻紋から霊石を外したとき、それに気づいた。
『なあ、リンカ』
『はい?』
『この霊石に彫り込んでいるのはなんだ?』
ヴィーヴ先生が八面体の霊石の、符紋に填める下部の四面部分に彫っていた符紋に気づく。
『あ、それは外部から霊素を吸収して霊石にため込むための符紋です。
その符紋を霊石に彫り込めば、霊素があるところに放置するだけで霊石内の霊素が充填されていくんですよ』
下部の四面が接する頂点に向かって進むジグザグ模様という、立体に彫られた符紋。
これは、大霊樹様に頼んで見せて貰った『霊石が作られる様子』を参考にして作った、【霊素充填符紋】だ。
さすがに霊石自体の精製はできなかったけど、似たような符紋を使えば、霊石を再度使えるんじゃないかと思い、試しに彫ってみたら、思いのほかあっさりと出来た。
研究しがいがないなあと思いつつ、霊石を消費しないのは便利ということで、そのまま使っていたものだった。
「はぁ?」
先生の気の抜けた声が耳から聞こえた。
『声に出てますよ、先生』
私が口でしゃべっていることを指摘すると、
「なんでこんな重要な発見をさりげなく仕込んでいるんだお前は!」
耳が痛くなるほど怒られました。
なんで?!
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