研究魔と三連六角紋
『複合型霊素供給紋、と言ったな』
ヴィーヴ先生と対面に座る。先生はあぐらを掻き、私は正座もあぐらも掻けないから両足をどーんと前に出している。そして先生はいつも以上に眉間に皺を寄せて、額をとんとんと指で叩いていた。やっぱりこれって、先生の癖かな?
『はい! すごいでしょう!』
私の言葉を聞いて溜め息をふかぁーく、ふかぁーく吐く先生。
『ああ、すごいな。すごすぎて意味が分からん。ちょっと整理させてくれ』
先生がそう言うと、近くに居たお兄様を連れて部屋の隅に行く。
疲れ果てたような声だったのは気のせいだろう。
そして、ひそひそと話し始めた。
「おい、シェル。こいつが動いていたことを何で教えてくれなかったんだ」
「何かしているなと思っていたんですが、内容についてはお母様はもとより、侍女の方々もイザドラさんも教えてくれなかったんですよ」
「またセツカ様か……絶対面白がって情報統制してたな」
「いつもすみません……」
「言うな、シャドラ男子の苦労はお前の父を見てたのと実体験でよく知っている」
「あははは……二代にわたって捲き込んですみません……」
「知ってて捲き込んだのかよ……恨むぞシェル」
二人とも、聞こえてるからね。糸電話は喋る内容も私に筒抜けだからね。
ひそひそと話す二人を尻目に、私は暇になったのであくびをした。
*・*・*・
『とりあえず、この刻紋について説明してくれないか』
お兄様に対するヴィーヴ先生の大人げない八つ当たりが終わり、複合型霊素供給紋の話に戻った。軽くうとうとしていた私の意識が覚醒する。
『はい!』
私はエレメンタルハンドで棒を持ち、持ってきた刻紋を示しながら説明を始めた。
『まず、複合型霊素供給紋の開発の問題点として二つ考えられました』
一つ目は外霊素型と内霊石型の霊素供給圧が違うこと。
二つ目は外霊素型に供給圧を上げる発展の見込みが無いこと』
『……確かにそうだ。特に二つ目は刻紋開発史の最初期からある問題だな』
『あ、やっぱりそうでしたか』
『それで、どうやって解決したんだ?』
『まず、一つの刻紋だと問題点が分からないと思ったので、話を単純化するために刻紋を三つに分けました』
とんとんとん、と三つ連なった六角形の刻紋を指す。
『……それがこの連結した刻紋、三連六角紋か』
お、いいですね、三連六角紋。その名称いただきっ。
『はい。今までは一つの刻紋で全部載せていたせいで、霊素供給路も複雑になっていたのが、これで分かりやすくなったかと』
『確かにそうだな。さらに言えば、術図と精霊語を彫り出す部分も一つの刻紋に集約、整理できるお陰で、真ん中の六角紋を入れ替えるだけで術が変更可能になる、か』
先生が真ん中の刻紋を人差し指で示しながら、さらなる応用方法を上げていく。
『さすが先生です。どうです、この三連六角紋、便利でしょう?』
『そうだな。デメリットは彫る面積が広くなるところか……だが、複合型が実現できているなら、そんなものはデメリットにすらならない。さあ、リンカ、続けてくれ』
『はい、じゃあまずは内霊石型の方ですね。こっちは先生に教えて貰った紋と同じです』
霊石がはめてある内霊石型の刻紋を指す。この符紋について今は改良の必要は無いだろう。
『そのようだな』
『そして、外霊素型の紋ですが、こちらは苦労しましたよ。まず、外霊素を供給する符紋の働きを理解する所から始まって——』
そのまま、私は外霊素供給符紋についての一連の研究成果を口頭で発表していく。
その時、私の持つ樹の民の眼についても話した。
古き樹の民の徴術についてはむーちゃんに口止めされている。
今回の研究を説明する上では必要無かったので、その言葉に従った。
徴術の話をしたあと、ヴィーヴ先生は苦薬をかみ砕いたような渋い顔をしていた。
『霊素の流れを読む眼……これが、種族格差ってやつか』
『あ……なんかごめんなさい』
純人種である先生にとっては微妙な話題だったかな……。ちょっと反省。
『いや、いい。むしろ感謝したいくらいだ。
刻紋開発史以来、刻紋への偏見や純人種の研究者による排他によって、刻紋を研究しようとした霊人種がいなかったことが問題だ。
そんな馬鹿げた歴史をぶっ壊してくれた上に、そのお陰で刻紋が革新的な進歩したって所が小気味良い』
ニヤリ、と嗤う先生。
『うわぁ、悪い顔してますよ、先生』
インテリハンサムがそんな顔すると悪巧み顔にしか見えないよ。
眼鏡もキラリと輝いてますぜ、先生。
『うるさい。お前の話をまとめるぞ。
外霊素供給符紋は霊素を一方向に進ませるための符紋で、霊素を取り込む窓みたいな役割は副次的効果だった。
さらに、供給紋は一定間隔に重ねると霊素の移動速度を維持し、逆止弁の効果を付けることが判明した。
そして、霊素誘導符紋を渦巻き型にすると、中心に圧縮点を作ることができ、供給速度と供給圧を保ったまま霊素を術図紋へ供給可能となった』
『そのとおりです。すると、内霊石型と同じ供給圧を実現でき、先生の言っていた『さらに高い供給圧』が保てている……はず』
私は最後、言葉を濁した。
『……はず?』
その機微にすかさず突っ込む先生。やめて、じっとこっちを見ないで!
しかたなく、私は言い訳をした。
『霊素の流れを見ると実現しているのは分かるんですが、えっとですね、来光の術図だと、光が強すぎて……比較が出来ないんですよ』
ただでさえ明るい来光の術だと、複合型はおろか、内霊石型でも眩しくて比較ができないのだ。
一度、完成した複合型でも実験したのだけど、イザドラさんから『姫様、それはもう二度と起動しないでください』と直接怒られた。
前回の事件もあったし、トラウマ植え付けちゃったかな。
『……それは、すまなかった』
先生が素直に謝った。怒られると思ったので意外だった。
『いいですよ、安全な術を選んでくれたんですよね』
『ああ、その通りだが、お前の研究熱を考慮出来なかった師匠である俺も悪い』
うわあ、いたたまれないよ。というか私の研究熱を考慮できたら逆にすごいよ!
ここまで弟子に対して真面目に考えてくれているなんて……やっぱりヴィーヴ先生を師匠に選んで良かったな。
ちょっと前世のお爺様を思い出したよ。
『比較できる術か……。丁度、お前達に教える予定の術図がよさそうだ』
『新しい術図ですか?!』
私は両手を地面につき、ハイハイでずずいと先生に迫る。
先生はそんな私の頭に手を置くと、にやりと笑って答えた。
『王族であるお前達にとって有能な術図だ』
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