研究魔と古き樹の民の眼


「驚かないなんて、意外ね」


 大霊樹様は少し目を開いた顔で私を見ていた。


「うーん、まだあと五年近くありますし」


 五年、私の中では結構長い時間だ。それだけあれば、十分研究出来るしね。

 そう思っていたら、横からむーちゃんが、


「あと五年しかない。いーちゃんは自分の肉体年齢をちゃんと計算に入れて」


 と突っ込んできた。軽く頭を叩いて。痛い。精神世界でも痛いからやめて。


「えー、でも、零歳でも結構研究出来てるし、年齢が上がれば加速度的に出来ることは増えるよ?」

「その加速度的に増えることをいーちゃんは全部やろうととする。そんなことをやれば、幼い身体だと命を削る。大体、エレメンタルハンドを使ったマルチタスクを覚えてから、体調が良くなかったの分かってる?」

「えっ、そうなの?」

「マルチタスク後、毎回気絶してるのはそういうこと」


 じと、と私を睨むむーちゃん。まさか気づいてなかったの、という顔だ。


「ひっ、ごめんなさい! 今度から手の数減らします!」


 調子に乗ってどんどん手を増やしてごめんなさい! 今度からは抑え気味にしますから!

 えーと、最高本数の半分で十二本くらいでいいかな。


「その半分が現状の限度」


 う、六本かあ。左右組みだと三組、少ない気が……いやいや、命に関わることだ。

 いのちだいじに、よく忘れちゃうので復唱しよう、いのちだいじに。


「本当に、あなたたちは面白いわね。同じ存在とは思えないわ」

「面白がられましても……」

「嬉しくない」


 うふふ、と笑う私と同じ姿に、同じ姿の私たちがじとり目で見る。


「あなたがその五年間で何をやらかすのか、すごく楽しみだわ」


 やらかすってなんですか、やらかすって。人を何だと思ってるんです。

 あ、やめて、むーちゃん、後ろからじっとこっちを見るのやめて。


「うふふ、私はあなたに期待しているわ」

「期待されましても……」

「とても期待してるわ」

「追加で強調しないでください!」


 その後、お兄様が来たときの話を少し聞いた。

 大体の子供はここに来ても余り話は出来ず、大霊樹様から徴術の名前をいただいてそのまま帰るらしいけど、お兄様は「あい」と答えたという。

 大霊樹様曰く、『カティアの子以来久しぶりだったから、ちょっと興奮しちゃったわ』とのこと。

 さすがお兄様! と私たち二人は手を合わせて喜んでいた。

 あ、ちなみにむーちゃんもお兄様大好きです。さすが私。

 そうしてしばらく話していると、大霊樹様がぽん、と手を叩いた。


「そろそろ限界みたいね。千年ぶりに楽しかったわ」

「そうですね、こちらも楽しかったです!」

「ふふふ、またここまでおいで。できるだけ力になりましょう」

「ありがとうございます!」

「ありがと」


 大霊樹様に感謝すると、意識が世界から離れていく感覚が私の身体を包む。

 むーちゃん空間から離れるときによく体験した感覚だ。


「千年の子よ、願わくば——」


 最後の大霊樹様の言葉は、よく聞こえなかった。



  *・*・*・



 ぱっと目の前の景色が大霊樹の幹になる。

 脳が眼からの情報をいきなり受け取ってくらくらする。

 おっと、お母様からずり落ちそうになったよ。ぎゅっとお母様の服を握りしめて耐える。

 よく考えたら、起きている状態で精神世界に行くのは初めてだ。

 白昼夢から現実に戻ったらこんな感覚なのだろうか。


『リンカ、大丈夫か?』


 糸電話からお兄様の声が聞こえる。


『大丈夫です。お兄様』

『そうか、良かった』


 抱きかかえられている私を見て、お兄様は微笑んだ。


「リンカ、大霊樹様から徴術は頂けましたか?」


 意識が戻ったのを確認したお母様が私に尋ねる。

 どう言えばいいのだろう。確かにむーちゃんは徴術を得たし、私は徴術を得なかったというより仮の名前を頂いた。

 霊人種、特にシャドラ王族にとっては徴術を覚えることは生命線っぽいし、頂けなかったとか言えば心配されるだろう。


『とりあえず、頂いたと言えば良いと思うわ。当面の間は問題無いのだし』


 なるほど、じゃあそうしようっと。

 あい、と私は手を上げてお母様に応えた。

 そう、良かったわ。お母様はにっこりと眼を細める。

 とりあえず、心配されることはなくなったかな。


 ん? というかさっきの念話は誰?


『やだわ、さっき歓談した仲でしょう?』


 ……大霊樹様?!


『むーちゃんが耳を開けておいてくれたのよ』


 はあ、それも徴術ですか?


『そんなところね。ところで、黒ちゃん。声も出せるでしょう?』

『むう』


 なんと、むーちゃんまでも話せるようになったと?!


『いけない?』


 滅相もないです。

 決して『起きてるときでも突っ込まれるのは面倒だなぁ』とか思ってません。


『あとで私の空間に呼ぶから』


 脳内訳は『お前、後で屋上な、返事はハイかイエスのみ』。

 まさかリアルで聞くとは思わなかったよ。

 というか二人とも私の心読み放題ですか、そうですか。別に良いけどさー。


『安心して、私はここであなたが呼びかけた時に応えるから』


 ならいいです。さすが大霊樹様、分別ついてるぅ。


『私は問答無用』


 プライバシー! 個人情報! どこいった!


『同じ身体に個人情報とか関係ない』


 ぐうの音も出なかった。むーちゃん強い。


『さて、ただ話したいために耳を開けて貰ったわけじゃないのよ。

 黒ちゃん、白ちゃんに眼を使わせてあげて』

『いいの?』

『いいのよ。今の白ちゃんには必要だから』

『分かった』


 徴術を知っている者同士、話が弾んでおりますね。

 ちょっと私も混ぜてくれないかな?


『行くよ、いーちゃん』


 ん? 何を——と思い切る前に、世界が変わった。

 いや、正しくは世界を見るファインダーが切り替わったと言うべきだ。

 今までは霊素の流れが見えるフィルターだったけど、今回は見る位相が違う。

 そして私は唐突にそれを理解する。


 霊素は、踊っていた。


 細かな霊素の一つ一つが、様々な図や立体を描きながら、この世界で踊っていた。

 霊素が小さな形を作り、同じ形の霊素が互いを捲き込んで、さらに大きな形を作る。

 今まで見えていた霊素の流れというのは、霊素が踊り、通った跡だ。

 前に進むなら三角錐の形で、浮遊するなら球体、下にとどまるなら四角柱。

 そう、符紋は霊素の踊り方を解析し、二次元化(微分)した物だった。

 霊素に踊り方を教え、導く。それが符紋の真理なのだ。

 私は理解した。……理解しちゃった。


『どうしたの、白ちゃん』


 落ち込み気味な雰囲気を感じたのか、大霊樹様が声をかけてくる。


 ……なんか、カンペを見た気分ですよ。


『カンペ?』

『ずるした気分って言ってる』

『なるほど、外の言葉は難しいわ。

 純人種は霊素が見えないまま霊素の動きを解析しようとするから、刻紋作りに時間が掛かっても仕方ないわね』


 ううー、これが種族格差ってやつか……。

 でも、利用しない手はない。

 持つ者は持たざる者のために力を使うべきなのだ。たぶん。

 なので、この世界のために有効活用させていただきます。


『ええ、特にあなたはどんどん使わないと霊素が溜まってしまうから、遠慮はしないようにね』

『余り使わせたくないけど、生きるため仕方なし』


 そうそう、徴術はどんどん使わないとね! 生きるためだからね!

 決して、研究にどんどん使える!とか思ってませんよ。


『……』


 むーちゃん、もう喋られるのに無言の圧力はやめてください。


『うふふ、本当に面白いわ。またいらっしゃい。昔話をしてあげましょう』

『分かった。私もいーちゃん以外の話し相手が欲しい』


 なにそれ、私じゃ不満だって言うの?


『……最近は来てもずっと考え込んだままなのに?』


 次からはお話タイムも設けますので許してください。


 そんなこんなで、大霊樹様から離れる時間となった。

 お兄様が侍女さん達に手頃な光属性の霊石を集めてくれとお願いし、それが終わったらしい。

 メインミッションなのに、イベントが強烈すぎて忘れていたよ。


 お兄様ぐっじょぶ!


 あ、そうだ。霊石で思い出したよ。

 私はそのまま、大霊樹様に一つだけお願いをした。



 そして数日後、私は『複合型霊素供給紋』を完成させた。

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