研究魔への死の宣告
「私に、徴術がないってことですか……?」
「違うわ。あなたの徴術は【名にも無し】よ。意味は『名前がない』、『枠が存在しない』、『規定の意味が無い』、『万に一つの名前を付けられない』」
「ちょっと待って、だって今『なにもなし』って……あれ?」
って、あれ、『なにもなし』だけ日本語?
その事実に、私の頭は混乱した。
それはつまり、私以外の日本から来た転生者か転移者が過去に居たと言うことになるのでは?
「これは共用語と関わりを持たない特別な言葉なんだけど、あなたは一発で意味を推測したようね」
「前世で私が住んでた国の言葉によく似ていたので」
「あらあら、そうなの? ふふ、面白いことを聞いたわ」
「どこでこの言葉を?」
「さぁて、どこだったかしら。それより、『名にも無し』について聞かないの?」
明らかに話を逸らされた。うーん、問い詰めても出なさそうだし、話を進めるとしよう。
「聞きます」
「はい、では説明しましょう」
軽く咳をつき、大霊樹様は人差し指を立てつつ、言葉を続ける。
「あなたの得意なことは、この世界では名前が付けられていないの。逆に言えば、名前が付けられていないのは全部『名にも無し』と言えるわね」
「ああ、やっと意味が分かりました。『名にも無し』ですか」
さすがに日本特有の同音異義語をこの世界で聞くとは思わなかった。
そりゃ勘違いするよね。
脳内変換も難しい言い回しするなんて、名前付けたの絶対日本人だよそれ。
「つまり、私の徴術は正体不明ってことですか」
「そういうことね。ただ、この世界で名前が付けられない事象はそうそう無いわ。
『名にも無し』はそれだけ珍しい。
だって、現在までこの『名にも無し』を持っていたのは、ただ一人。
『枝の賢者』だけだもの」
その事実に、私は驚愕の二文字しか浮かばなかった。
「え? 枝の賢者というと、英雄時代の?」
「ええ、そうよ」
「でも、先生は枝の賢者は純人種といってましたけど」
「それも合っているわ。彼は純人種の中でも珍しい、霊素を扱える人だったから」
「え、なにそれ珍しい!」
私はぐっと身体を前のめりにする。純人種で霊素を扱えるとかレア中のレアじゃない!
ああ、調べたいなぁ……! 今からでも過去に飛べないかな……。
「でしょう? 術は使えなかったけど、その代わり彼は名前を見つけたの。
自分の徴術の名前を」
「その名前は?」
「さあ、知らないわ。彼は教えてくれなかったから」
「そうなんですか」
ちぇっ、残念。ちょっと興味があったんだけどな。
「だけど、知ったとしてもあなたにとって意味は無いわ。彼とあなたでは違うから」
「そうなんですか?」
「ええ。彼とあなたとは、得意なことは違うから」
なるほど。つまり、私だけのオリジナル徴術の名前だから、他人のユニークスキルは参考にならないってことね。納得。
「でも、似通った部分はあるかもしれないわね。だって、あなたも彼の血を引いているし」
「……はい?」
「あなた、シャドラ王家の本系でしょう? なら、カティアと彼の子よね?」
「えーと、全く知らない事実なんですけど」
確かカティア女王は夫を取らず、父親が分からない男子を産み、育て上げたと先生の本に書いてあった。その父親の正体をカティアは決して喋らなかったと言われている。
私が住んでいる居館の名称が『父知らずの館』と言われているのはここから来ている、とヴィーヴ先生が言っていた。
で、その父親役が、枝の賢者様?
「ああ、そういえばこれは口外しない約束だったわ」
しまったわ、と言う大霊樹様。
「……歴史の新事実を思わぬところで生き証人から聞きました」
この大霊樹様、いつか絶対ヴィーヴ先生と引き合わせよう。
私は心の中で固く誓った。
「でも、面白い話だわ。いままでシャドラで発現しなかった『名にも無し』が、あなたという外からの転生者で発現するなんて」
「確かにそうですね」
本当、不思議な話だ。もしかして、純人種にしか発現しないのかな、この『名にも無し』は。
私の仮説リストに付け加えておこう。うーん、こういう時、秘書子が居ないのが辛いなぁ。
「だけど、そのせいでいろいろ問題があるのよね。私もあなたの覚醒を手伝えないし」
「覚醒?」
「ええ、徴術は自分を理解することで覚醒するの。逆に言えば、徴術は覚醒しないと使えない。 私の大霊樹としての役割は、徴術の名前を教えることで、自身の理解を助け、徴術の覚醒を促すことなの」
なるほど、アクティブ化するには覚醒という段階を踏まないといけないのね。
それを助けてくれるのが大霊樹様、と。
「そして、霊人種は徴術を覚醒しないと、身体の中に溜まった霊素に喰われて死んでしまうわ」
「……へ?」
え? 死ぬ?
「普通の霊人種だと成人前に徴術か術精霊と契約して事なきを得るのだけど、樹の民の特徴を受け継いだシャドラの王族は、幼い頃に霊素を取り込みすぎて死んでしまう可能性があった。
そのことを憂いたカティアが、徴術の覚醒を助けるために植えたのが私という存在よ」
「おお……ご先祖様ありがとう……。あれ、そのままだと私は死んでたりしたの? 樹の民の眼は使えるし、問題無いと思うんだけど」
「そういえば、あなたの場合はすでに黒ちゃんのなりかけ徴術を使っていたようね。
でもそれは曲がりくねった管に不純な水を流していたようなもの。
そのままだとどこかが詰まって死んでいたかもしれないわ。
今は覚醒したから大丈夫だけど」
「ひい!」
危ない、あのまま使ってたら死んでたとか、とんだブービートラップだよ!
「だけど、私が整備したのは黒ちゃんの方。白ちゃんの方は整備できなかった」
「でも、むーちゃんの方の徴術で霊素を消費すれば大丈夫じゃ?」
「それが、あなたの身体は複雑なのよ。
黒ちゃんが司ってる身体と、白ちゃんが司ってる魂で、それぞれ霊素を取り込んでいるの。
つまり、あなたの身体は二人分の霊素を取り込んでいることになるわ」
おお、つまり私はツインドライブ持ちってことですか!
ちょっと私の厨二病心を刺激しましたよ!
「だけど、霊素を貯蔵する身体は一つしか無い。
黒ちゃん側の徴術か術精霊で使えばしばらくは大丈夫だけど、いつか使い切れず決壊するわ」
なるほどなるほど、つまり一つのゴム風船に二つの蛇口で水を注いでいるってことね。
そして、排出口も一つだから、水を排出しきれなかったら……パーンとなるわけね。
ダメじゃん私のツインドライブ! 貯蔵も二倍にしてよ!
「マジですか?」
「マジよ。あと、あなたの身体の成長速度が早いのは、身体に充満した霊素のせいね」
「あれ、てっきり古き樹の民の特徴かと」
「古き樹の民の特徴を持っていたカティアも、身体の成長速度はほかの霊人種と同じだったわ。
霊素を集めるために必要な知力も精神力もないただの赤子だった。
だけど、あなたは一応成人した女性で、知力も精神力も並のそれでない。
そのせいか分からないけど、あなたは霊素と親和性が高すぎるの。
得意とかそういうのではなく、まるで『霊素そのものを扱っている』と言えば良いのかしら」
「霊素そのものを扱う?」
「あなたがエレメンタルハンド、と言っている不可思議な現象がそれに当たるわね」
「おお、なるほど。確かに先生が『それは術じゃない』って言ってましたね」
「その通りよ。だけど、その使い方があなたの命のリミットを決めているわ」
「えーと、つまり、私の霊素操作自体では霊素を消費していないから、ですか」
大霊樹様が頷く。
わーお、エレメンタル系列のメリットが、実は私の命にとってはデメリットだったよ!
「ちなみに……私が徴術に覚醒しないままだと、どれくらいまで生きられるんでしょう?」
私はおずおずと尋ねる。
「そうね……これまでのあなたの行動を加味した私の予測だけど」
大霊樹様が下唇に人差し指を当て、しばらく考え込み、そして、
「あなたの世界で言うところの、6歳までに死ぬわ」
——私に死の宣告をした。
なんだ、意外と余裕あるなぁと思ったら、後ろのむーちゃんに後頭部を叩かれました。
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