研究魔と大霊樹様
「久しぶりに人と話せると思って、ちょっと厳格そうな雰囲気を出していたのに、無駄になったわね」
私の成長した姿を借りた大霊樹様が下唇に人差し指を当てつつ、困った顔をする。
私だって初の神様っぽい存在との面会なんですよ。そこはもう少し持続して欲しかったです。
親しみやすさはぐーんと上がりましたけど。
心の中でぶつぶつ言っていると、大霊樹様が微笑みながら声をかけてくる。
「それにしても、あなた面白いわ」
「面白い?」
初対面の人からとは思えない評価をされて、私は首を傾げた。
「ええ、私の正体に見当をつけつつ、緊張も慌てもしないなんて」
ふふ、と微笑みながら私を見る大霊樹様。
そういえば、私って緊張したことないんだよね。
爆発物作った人が作った賞とか紫なんとか勲章貰ったときも普通に受け答えしてたし。
その度に友人や同僚が驚いてたっけ。懐かしいなぁ。
「あー、昔からよく言われます。お前は緊張を知らないなって」
「あら、産まれたばかりなのに昔から?」
「はっ!」
しまった! 精神世界で話ができるから、うっかりむーちゃんと話す感覚でしゃべっちゃった!
これは違うんですよ、と私の慌てる様子を見て、大霊樹様は落ち着きなさいとばかりに手をあげる。
私は口をつぐんだ。
「うふふ、あなた、とても迂闊ね。
嘘をつけない訳でもないのだから、秘密を守るならもう少し言葉のタガをしっかりと付けないと。
ね? ——研究魔さん?」
研究魔、その言葉で私の心臓が飛び上がった。
研究魔というのは、私の前世で付けられたあだ名であり、この世界の人が知るわけがない。
つまり、この大霊樹様は私の前世を知っている。
精神世界で心臓があるか分からないけど、早鐘のように打つ鼓動を抑えながら、私は尋ねた。
「わ……私のこと、知ってるんですか?」
「知ってるより、知ったと言うのかしら。あなたの記憶を見せて貰ったから」
「プライバシーの侵害だ!?」
「えーと、個人情報保護法……かしら。そういうのはこの世界の法にはないわ」
「ひどい世界だ!」
「それに関しては同情するわ」
うんうん、と頷く大霊樹様。私の記憶の中で外の世界を見たのだろう。
確かにこの世界と比べたら、快適度は前世に軍配が上がるしね。
「まあ、偶然拾った命なのだから、この世界の境遇に文句は言わないわよね?」
大霊樹様の確認するかのような言葉。
「文句? むしろ感謝してますよ?」
しかし、私はその内容に異を唱える。
「あら、そうなの?」
意外ね、という大霊樹様。記憶を見ても感情や私の性格は見れなかったらしい。
ならば、私は声高々に言おう。
「だってこんなに面白い、研究しがいのある世界に生まれたんですよ?
私にとっては理想郷です! ユートピアです!」
その言葉を聞いて、大霊樹様は目をぱちくり。その後に、ふふふ、とさっきよりも大きな含み笑いをした。
「やっぱり、あなたって面白いわ」
「一応、誉め言葉として受け取っておきます」
「ええ、誉め言葉のつもりよ。そうね、あなたなら別の答えを導けるわ」
「別の答え? 何のことですか?」
気になる言葉に私は反応する。
「あら、面白すぎて私も言葉のタガが外れてしまったわ。これ以上は秘密にしておくわ」
「ふーん?」
まあ知られたくないことは人間誰にしもあるだろうし、詮索はしないことにする。
ん? 大霊樹様って人間だっけ? まあいいか。
ともかく、転生したことについては他言無用で、と私は念を押した。
別にバレても良いんだけど、家族から転生した理由で気味悪がられるのは嫌だしね。
*・*・*・
「さて、徴術だったわね」
話は遂に徴術に進むらしい。私は即座に反応した。
「そうです、徴術です! 一体どういう仕組みの術なんですか?」
「えっ、そこ?」
「えっ」
大霊樹様は驚いた顔。私も驚いた顔。あれ、何かミスった?
「普通の子はどんな徴術を持っているかを聞いてくるのだけれど」
苦笑する大霊樹様。なるほど、普通の子とずれていたのね。
「ほら、私、研究魔ですから」
「本当、面白い子ね」
また来た面白い子。私は軽く頭を掻いた。
「なんか褒められすぎな気も」
「さっきは呆れも入っているのだけれど」
なぬっ、いきなり変化球だとっ。
「そんな言葉の機微が分かるほど意思疎通能力ないですよ……」
「うふふ、でしょうね」
ニコニコ顔の大霊樹様。私はそんな目の前にいる私をジト目で見つめた。
「徴術の仕組みね。私の感覚でいえば、個々の霊素親和性を具現化した術かしら」
徴術について大霊樹様直々に説明を頂けることになった。
私は正座をして大霊樹様の講義を受ける。
「霊素親和性?」
「簡単に言うと、人も樹の獣も、相性の良い霊素の使い方があるの」
「使い方?」
「ええ。例えば、『見る』という使い方と相性が良ければ『何らかを見ることができる徴術』を得るし、『聞く』という行為が得意な人は霊素を通して『聞く』ことが強化される。
得られる徴術の内容は大元である樹の獣によって限られるけど、使い方は個人の素質に関わるわね」
「なるほど、じゃあ、お兄様は『見る』ことが得意なんですね」
「そういうこと。あなたの兄というと、シェル君ね。
あの子はすごいわ。すでに霊素の流れまで見えているなんて。この調子なら、古き樹の民の階位に辿り着くかもしれないわ」
おお、大霊樹様に褒められてるよ、お兄様!
私も鼻が高くなるね。と思っていたけど一つ言葉に引っかかりを覚えた。
「ん? 古き樹の民の階位?」
「ええ。古き樹の民の階位。古き樹の民の徴術はね、樹の民の徴術よりさらに上の階位に属するの」
「……なんですと?」
「あなたがいた世界の言葉では、『強化版』っていえばいいのかしら」
なんと……努力せずとも強化版とか、相変わらず古き樹の民のポテンシャルがすごい。
ほぼ古き樹の民ぱわーにおんぶ抱っこだよ、私。
「もちろん、使いこなせるかは本人次第だけど……あなたに言うことじゃないわね」
「あ、はい」
使いこなしについては思う節はありありアリーヴェルチです。あれ、これは別れの言葉か。
「徴術については分かったかしら」
「おおよそは」
つまり、得意なこと+霊素+種族特性から作り出された術が徴術ってことね。
「では、そんなあなたたちの徴術をお教えしましょう」
「あなたたち?」
いきなり複数形になったところで、私は首を傾げる。
「ええ、あなたたちよ。表と裏。魂と身体。自意識と無意識。白と黒。『いーちゃんとむーちゃん』」
大霊樹さまが手を上げて、私の後ろを指す。
そこからは三人目の私……いや、髪が濡れた烏のように黒い私が顔を覗かせた。
もしかして……むーちゃん? いつの間にいたの?
うわー、ストレートな黒髪だよ。すごく美人の髪だね。
……他は同じで良かった。これで差異があったら立ち直れなくなるよ。
「バレてた。記憶の走査とかずるい」
むーちゃんがむすっとした顔で機嫌が悪そうに言う。
そうだよね、ずるいよね。私はコクコクと頷く。
「ふふふ、【大精霊】の特権と思って我慢して」
「なら仕方ない。それで、私たちの徴術はなに?」
はっ、話の主導権がいつの間にやらむーちゃんに!
「ええ。じゃあ先に黒ちゃんの方から教えるわね」
ゆっくり大霊樹様が歩き、私の後ろに隠れるように座っていたむーちゃん(黒ちゃん)の額にある神霊石に手を触れる。
「はい、おしまい。
徴術の名前を知った影響で、いきなり徴術の階位が上がるから気を付けて。
制御に苦労するだろうけど、黒ちゃんなら大丈夫よ。
あと、白ちゃんには簡単に使わせないこと、いいわね」
「……分かった」
むーちゃんはこくりと頷いた。他人の言葉に応えるむーちゃんはなんか新鮮だなぁ。
いつもは私を叱ってばっかりだもんね。
「ってあれ、私には秘密なの?」
「いーちゃんに教えたら絶対悪用するからだめ」
「悪用って酷くない?!」
そんな変なことには使わないよ!
使ったとしても実験のサンプリング程度だよ!
「何か思いついたら使うくせに」
ぐぬ、むーちゃんの言葉に言い返せない自分が憎い。
「さて、次は白ちゃんの方ね」
すぐ横の大霊樹様は私に向き直る。そして、びしっと私の神霊石を差し、
「白ちゃんの徴術、それは『名にも無し』よ!」
大霊樹様が何故かテンション高めで宣った。
「……ん? 『なにもなし』?」
これってつまり、私には徴術が無いって事?
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