研究魔と大霊樹の丘


 そこは、夢のような場所だった。


 神霊樹様を最初に見た時以来の、ファンタジーな衝撃。


 第一印象は白い砂浜。透明なビーズが積み重なって出来た砂浜だ。

 だけど、私の眼がその一つ一つが霊素が詰まった霊石だと教えている。

 つまり、その眼に移る全ての砂が霊石だったのだ。

 たまに大きめの『石』と認識できる霊石が転がっている。

 その大きさの霊石であれば中心当りが属性色に染まっているため、そのお陰で白い砂浜に鮮やかな色を落としていた。

 確か、あの橙に近い赤は火属性、深めの青は水、明るめの緑は風、深めの茶色は土、薄い黄色は光で、暗めの紫は陰。

 私はヴィーヴ先生の授業内容を復習しつつ、砂浜の先を見渡す。

 その白くも鮮やかな砂浜を突き破るように、大きすぎて一目では端が見えない白い幹があった。

 砂浜は幹に近づくほど高くなり、霊石も大きく、さらに属性色が鮮やかになる。

 落ちている霊石が大きいせいだろうか、白い幹周辺の霊素も濃くなり、まるで極彩色の陽炎が霊石の砂浜からゆらゆらと揺らめいていた。

 わたしは、そんな幻想的な光景に興奮していた。


『お兄様、霊石が、霊石が雪のように積み重なって! って大霊樹おおきっ!』

『リンカ、落ち着いて。また倒れるよ』

『はっ』


 ここまで来てむーちゃんにシャットダウンされてなるものか、私は心を落ち着かせる。

 私は今、お母様が押している手押し車の中——ではなく、何故か侍女さんの腕の中だった。

 付いてきた侍女さん達とお母様が代わり番こで私を抱いているのだ。

 初めて外に出るということで、過保護になっているのかな。

 さすがに興奮して暴れるわけには行かず、エレメンタル糸電話上でお兄様と話すだけになっていた。

 狙ってるなら策士ですな、侍女さん達とお母様……。


『ところで、どこまで行くんですか?』

『ああ、大霊樹様の幹まで行くよ』


 あの大きな、直径でも数キロメートルありそうな幹に行くという。

 積み重なった霊石による小高い丘の上にだ。

 しかし、霊石は職人さんが丹精込めて作りましたって物かとてっきり思っていたけど、まさか霊樹から直接生産されるものだとは思わなかった。

 今でも、大霊樹様の枝葉の下で霊石が生み出されている。ただ、果物が樹に生るように繋がってはいない。霊石は、何もない空中で創られているのだ。

 確かに大量の霊素が集まっていくのが見えるのだけど、そこからどうやって霊石に圧縮されるかが分からない。これも霊樹にしかできない神秘なのだろうか。


『大霊樹様のところまで行くと、何があるんですか?』

『ああ、自分の【徴術】を教えてくれるんだ』

『徴術?』

『僕たち、霊人種には、樹の獣から受け継いだ術を産まれながらに持っているんだ。

 例えば、僕は【樹の民の眼】という霊素を見ることが出来る徴術を持っている』

『へー、この霊素を見るのって、徴術だったんですね。普通のことかと思ってました』

『……まあ、リンカがすごいのは今に始まったことじゃないか』

『なんですか、その諦めたような声は』

『なんでもない。ただ、リンカはすでに例の「手」も使えるし、樹の民の眼も持っているし、一体どれだけ徴術を持っているんだろうね』

『そうですね、楽しみです!』


 そんな話をしながらも、幹に近づいていく。

 幹に近づくほど、霊石の丘の傾斜はきつくなっていく。まるで、砂漠の砂丘を登っているようだ。


「そろそろね」


 しばらく霊石の丘を登っていると、お母様が呟いた。

 お兄様も少し息が上がるくらいの高さまで登ったところで、平坦な場所に出た。その先には、巨大な白い壁……ではなく、大霊樹様の幹が見えた。

 形は普通の樹の幹だが、表面はつるっとなめらかに見えた。

 その壁に、お母様に抱かれた私が近づいていく。


「さあ、リンカ。大霊樹様にお触れなさい」


 なるほど、徴術を得るには触れれば良いのね。


 私はえいやっと右手を出し、大霊樹様に触れる。



 その次の瞬間、私は白い空間にいた。



「はい?」


 私はその変化に素っ頓狂な声を出してしまった。


 大霊樹前の光景も白成分がほぼ占めていたが、まだいろんな色があった。

 それがいきなり『RBG 255:255:255』の空間に飛ばされたのだ。

 そりゃ私も驚きますよ。


 いや、私はこの空間に似た場所を知っている。

 むーちゃん空間とそっくりなのだ。

 ここも、所謂『精神空間』というものなのだろう。

 ただ、黒い空間と白い空間というネガポジみたいな色の違いがあるだけ。

 その事に気づくと、脳が冷静さを取り戻し、周りが見えるようになってきた。


 まず、むーちゃん空間に比べると、私の視線が高いことに気づいた。

 手を顔の前に上げる。赤ちゃんのぷにぷにした手ではない。成長した人間の手だ。

 私の姿が変化していた。

 零歳の赤ちゃんの姿では無く、中学生ぐらいまで順当に育っていった場合こうなるだろうなという姿だった。


 ちなみに裸です、全裸です。

 まあ、むーちゃん空間でも常に全裸だったし、いっか。

 私はついでに将来の身体を確認しはじめる。


 白金の髪は緩いカールを描いたまま腰まで伸びていた。

 ここまで伸びたら邪魔になるなあ。後ろで括るか、編んでまとめないとね。

 顔はぺたぺた触る限り、お母様に似て綺麗な小顔に育つことを確信した。

 ふーむ、自画自賛になっちゃうけどなかなかの美少女!

 これはすごい……前世とは比べものにならないなあ。

 私の魅力度はかなり高いのでは?

 自力転生だから転生特典なんてものは無かったけど、これはずいぶん破格の特典だ。

 化粧とか全く興味無いから、化粧いらずのこの顔は非常に嬉しい。


 そして、私は希望を確認するために、ゆっくりと、今まで見ないようにしていた下を見る。


 床が見えて絶望した。


 お腹が、見えて、絶望した。


 がくり、と私は床に片膝をつく。


 ……パッド……シリコン……部分的遺伝子治療も視野に?

 いや、ま、まだ、十三年くらいあるんだから……日頃の努力でどうにかなる……はず。

 前世と同じ悩みを、今世でも抱えることになるとは……。

 パンドラの箱を開いたんだから、希望ぐらい残しておいて欲しいよ……。

 くそう、いるかいないか分からない神さま、恨むよ!


「あら、やっと繋がったわ」


 絶望から立ち直ろうとしたとき、目の前にいた『私』が言葉を発した。

 姿形は今の私と同じ。

 だけど、額と耳の神霊石が六つの属性色を宿しているところが違っていた。


「ごめんなさいね。あなたの姿を借りてしまって」


 最初に頭を落としながら謝る目の前の私。


「いえいえ……こちらも貧相な体を貸してしまって……申し訳……わけ……」


 そんな今の私と同じ体を直視し、私は再び絶望の淵に落ちかける。


「え、ちょっと、何故いきなり泣きそうになってるの?!」


 その様子を見て、私の体を借りた誰か——おそらく、大霊樹様が慌てることになった。

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