研究魔は霊石が欲しい


『というわけで、お兄様、その霊石をくださいな』


 霊石パキン事件の後、壊れた霊石の代わりとして私はお兄様に霊石を譲ってもらえるよう交渉していた。

 お兄様は先生から貰った霊石を金属の台座にはめ、ペンダントして首から提げていた。

 強奪してもいいのだけど、さすがに理性はそこまで無くなってはいない。

 無くなっていないが、あの一個があればどれだけ実験できるだろうか、という内容で私の脳はフル回転だ。

 目の前においしい食べ物が吊り下げられているようだよ。そのせいで脳内のアドレナリンよだれが止まらない。


『だ、ダメだ』


 私の熱い視線に後ずさりしながらも、お兄様は頑なに拒否する。


『な、なんでですかー』


 数度目の拒否に耐えかね、私は頑な理由を尋ねる。はい、そこ、最初から聞けよとか言わないの。


『これはヴィーヴ先生から初めて貰った霊石だからね。大切に持っておきたいんだ』


 むむう、物を大事にするお兄様だ。きっと最後までエリクサーとか使わない人だ。

 ちなみに私は必要があればすぐ使っちゃうタイプ。


『使わなきゃただの石ですよ!』


 だって、使わなきゃただのデータだしね!


『使い切ってただの石にしたのはリンカだろう?』


 真っ向から正論を言われました!

 そうだよね、使えなくなったからって他の人の物をほしがるってただの横暴だね!


『うぐぐ……はぁ』

『そもそも、霊石なら拾いに行けばいい』


 仕方ないので諦めようかと思ったとき、お兄様は予想外の事を言った。


『え?』

『先生も言っていただろう? 木国の産業品の一つだってね』


 ニッとお兄様が口角を上げる。

 確かに、霊石を渡すときにそんな事を言っていた。


『確かにそうですけど、拾いに行くってどういうことですか?』


 そう、拾いに行くという部分が分からない。霊石って落ちているものなの?


『ああ、この城には【大霊樹】様という大きな霊樹があってね。

 大霊樹様の根元近くには、生成された霊石がいっぱい落ちているんだ。

 そこに行けばちょうどいい霊石を拾えると思うよ』


 驚愕の事実だった。

 確かに霊石がどんな風に出来るのか知らないけど、まさか身近に生産施設があるとは思わなかった。

 というかタダなの? フリーなの? 無料で家賃分の石が拾えちゃうの?


『そ、そんな……拾えるだなんて。しかもいっぱい……。

 お給料一か月分がー! って言ってた私がバカみたいじゃないですか』

『リンカの年齢でお金のことを気にするのは早すぎると思うけどね』


 お兄様が困った顔で苦笑する。

 最近、私の零歳児としての異常な行動になれつつあるお兄様らしい反応だ。


『研究資金がないと不安になるんですよ。早く自分で自由に出来るお金が欲しいです』


 研究とは得てしてお金がかかるものだ。

 機材に試料に実験施設、考えることにもお金がいるし、情報を得るにもお金が必要。

 前世はとある研究がヒットして研究資金を心配することが無くなったけど、これはある種のギャンブルだ。

 最初は王女だロイヤルだお金に心配することないとか言ってたけど、よく考えると王家のお金を自由に研究資金に出来るわけがない。

 私が好きな研究に没頭するには、資金不足は重要な問題なのだ。


『……研究資金を心配する零輪児なんて初めてだよ』


 さすがにこの内容についてお兄様は苦笑リアクションではなく、目を丸くしていた。

 またやっちゃった。そりゃそうだよね。零歳児は研究資金なんて心配しないよね。

 むしろ将来設計を零歳児の時点で考えてたら不気味以外何物でも無いよね。


『あははは……』


 私は明後日の方向に目を向けて、笑ってごまかした。


『外に出られるか、母上に聞いてみよう』


 こうして、私はお兄様に抱かれて、お母様の元に向かった。



*・*・*



「いいわよ〜」


 お母様に大霊樹行きをお願いすると、あっさり許可がでた。


「そろそろ、大霊樹様にリンカをお目にかけないといけないと思っていたところだし」


 にっこり、お母様は微笑む。朗らかな雰囲気を纏っているお母様は、まさしくこの館の癒やしだ。

 私と同じ白金色の長髪、琥珀色の瞳を持つお母様は、ザ・エルフといった感じの流麗な美女だった。

 決して胸がないとかそういうわけではない。大きくは無いけどちゃんとある。私はお乳を吸っているからよく知っている。人妻とは思えぬほど繊細な身体が綺麗すぎて毎回申し訳ない気分になるけど。

 前に垂れた長い髪をとがった耳の後ろに流す仕草なんかは、私でさえもドキッとしてしまう。

 これは私の将来も期待が持てそう。遺伝子万歳だよ。

 ただ、遺伝子に抗わなければいけない一部分もあるので、薄れつつある前世のバストアップ知識を活用しようと心に決めた。

 私はまだ将来有望のはずだ。未来に希望はあるんです、希望は。


 ちなみに大霊樹様とは、王城の広大な敷地内のおおよそ五○%を覆うほどの樹冠を誇る霊樹らしい。

 この王城の敷地も島全体の五○%ほどというのだから、島の二十五%も覆っていることになる。

 相変わらず、樹に関してスケールが掴みにくい世界だ。



「ああ、なるほど」


 とお兄様は納得顔で頷いた。なにがなるほどなんだろう。あとで聞こうかな。


「大霊樹様は御始祖様が植えたと言い伝えられる霊樹でね。血筋の者が生まれたら挨拶に行く伝統があるのよ」


 と、お母様は私に顔を向けて説明する。

 ん? 説明?

 あれ、言葉が理解できることがバレてる!?


「リンカはもう言葉が理解できるのでしょう? シェル」

「! よく気づきましたね、母上」

「あれだけシェルが喋りかけていたり、兄妹で見つめ合ったりしていればね。

 確信したのは、リンカが不思議な術でノートや紙に文字や図形を書いていた時だけど」


 あ……。

 そういえば全く周りを気にせず刻紋研究に没頭していた気がします。

 というかしていました。しています。しつづけています。


 ちがうんです。


 これもそれも、二時間という制限時間をつけたむーちゃんが悪いのです。

 周りのタイミングを計って研究してたら時間が足りないからね!


「……それもそうですね」


 お兄様のながーい溜め息が幻聴で聞こえましたよ、今。


「こないだなんて、部屋がまばゆく光って面白……大変なことになってね」


 ふふっ、とお母様が笑う。今、面白いって言わなかった?


「……リンカ?」


 ちらり、とお兄様が私を見る。これはきっと、何をしたんだ、とアイコンタクトしている。

 ちゃうねん、と思わずエセ関西弁で弁明しそうになる。


「大霊樹様に行きたいと言ったのも、きっとこの子の要望なのでしょう?

 昨日、霊石が割れて叫びながら眠っていたものね」


 うふふ、とお母様が笑う。

 私は今まで気にしていなかったお母様の存在感に震え上がる。

 


「うふふ、さすがシャドラの女で私の娘ね。

 私も奔放にいろいろやらかしたほうだけれど、それを上回るの自由奔放さ。

 将来は何をやらかすのかしら」


 満面の笑みで私を見つめるお母様。それは慈愛の微笑みというよりも、面白いもの見たさの期待心が現れた笑顔だ。


「やめてくださいよ、母上。それで苦労するのはシャドラの男ですよ」


 え、何をやらかしてるの、うちの家の女流筋。シャドラの女は自由奔放が十八番芸なの?

 お兄様もまだ子供なのに疲れ果てた顔をしないで。


「最近、この館に閉じこもっているから、体が鈍って仕方ないわ……なにかしようかしら」

「母上、リンカが真似するからやめてください、本当に」


 お兄様が嘆願するほどなんて……お母様ってお嬢様っぽい雰囲気なのに、意外と行動派なのかも。

 お母様への認識を改めながら、私の大霊樹様参りが決まった。

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