飛べる者と飛べない者
俺、ヴィーヴ・ガーガリルが他人の才能に嫉妬したことは二度ほどある。
俺が言う才能とは、決して霊人種の徴術や術精霊などではなく、自分では到達できない『向こう側に踏み出す』才能のことだ。
正直、俺は新しい物事を発見、開発することが苦手だ。
新しい法則を発見する事において師匠に勝てたことがない。
新しい領域、つまり、向こう側に行ける者と自分との違い。
それは、歩き方が違うのだろう、と俺は思っている。
普通に歩くこと、歩けることに疑問を持つ者。
歩いている状態を善しとせず、そこから跳躍しようとする者。
『向こう側に飛ぶことが出来る者』。
俺は、そんな才能に嫉妬した。
嫉妬するだけだ。悔しいだけだ。憎みはしない。
それに、今では俺は何が得意かを理解している。
俺が出来ること、得意なこと。
それは、『向こう側に飛んだ軌跡を見つけ、他の人が進められるよう整備する』ことだ。
師匠は新しいことを考えつくことが出来る人だったが、それから先を考えない。
新しいことをどう生かせるか、俺が考えるしかなかった。
師匠は、新しい刻紋を考え出すが、実用にはほど遠いものだった。
俺はその刻紋を改良し、実用化までこぎ着けた。
師匠は舌足らずで、刻紋学について教えるのが苦手だった。
俺は師匠の教えをかみ砕き、今はこうしてリンカに教えている。
つまり、俺は『向こう側に飛ぶ者を歩いて追える者』だった。
そして、三度目の嫉妬。
それは、俺の弟子である、リンカに対してだ。
三連型刻紋を見たとき、俺は頭を鎚で殴られた後、脳に氷を入れられたような衝撃を受けた。
そして、霊素充填符紋を見つけた時、俺は自分でも押さえ切れないほど嫉妬した。
その結果、リンカを怯えさせてしまったのだ。あの時、自己嫌悪で死ぬかと思った。
リンカは、『飛ぶことが出来る』。
俺は、『飛べない』。
俺は地べたを這いずり回って鳥が飛んだ先に追いつくように努力する憐れな蜥蜴なのだと、再認識した。
だが、嫉妬したままでいいのか?
俺はあいつの師匠だ。リンカが刻紋を研究し、暴走しないようにする責任がある。
あいつが飛んだ先に追いつけるように努力しなければ、俺はいずれ後悔する。
誰かがあいつの足を掴めるようにしなければ、あいつは誰にも追いつけないところまで飛んで、そして、消えてしまう気がした。
飛べる者に追いつける者がいないと、いずれ孤独になる。
師匠がそうであったように。
リンカがどこかに飛んでも追いつけるようにしなければ、彼女を理解しなければ。
あえて、包み隠さず言おう。
リンカという存在は、異常であり、危険だ。
零輪児とは思えない思考力、精神力、『研究に対する妥協のなさ』。
それは、古き樹の民という種族特徴を鑑みても、度を逸している。
零輪児から世界そのものを進歩する発見をしている彼女は、すでに世界を変える存在だろう。
だからこそ、危険だ。
世界を救うか、滅ぼすかの二択を彼女が背負っていると言っても過言ではない。
零輪児が背負うようなものじゃない。
だからこそ、俺は知らなければならない。
リンカとは何か。
古き樹の民とは何か。
彼女を彼女たらしめる『何か』を。
そして、考えなければならない。
俺は彼女の師匠として、『何をすべき』なのかを。
*・*・*・
その日、俺はシャドラ城の地下にある特別な場所を訪れていた。
地下にあるその場所は、石壁で出来ており、扉までも石で出来ている。
扉を開ける事すらも大変なその部屋は、それだけ重要なモノが保管されている。
なんとか扉を開け、扉近くの刻紋に霊石を填める。暗い地下室の天井に、等間隔で光が点った。
そこは、石の本棚に囲まれた図書室だった。本棚には、もちろん本が並んでいる。
ただ、それらは石紙の本ではない。植物でできた紙の本だ。
空気を嗅ぐと、石紙では出せない、年経た紙とインクが織りなす、おやつの種のような香りが広がっていた。
ここは、精霊破局を免れた本を保管する図書室。俺のような歴史研究者の憧れの場所である。
前にも何度か足を運んだことがあったが、今回はある目的のために訪れた。
とある本を読むために。
その本とは、育児日誌。
もちろん、ただの育児日誌ではない。
現存する唯一の、七英雄を育てた時の記録。
ティアリス・リーンの育児日誌だ。
その本は、図書室の奥にある刻紋が描かれた石箱の中に保存されている。
その刻紋は、起動紋を正しい順番で押さないと箱が開かないように出来ており、失敗すれば大音量で警告音が鳴る刻紋だ。箱を動かしても鳴る。
さらに、箱自体がかなり重いため、箱ごと盗み出すことも不可能だ。
俺は起動紋を正しい順番に触れ、起動する。錠の術が発動し、石箱が微かに動く。
重い石箱の蓋を取り、俺は箱の中から一冊の本を取り出す。
『シャドラとティアリスのらぶらぶ子育て日誌』
当時を知る上で貴重な資料だ。題名はともかく。
本を持ち、図書室の真ん中にある石室へ赴く。
石室の周りには刻紋がさらに彫られていた。
この刻紋は『空間内の精霊の働きを阻害する』という機能を持った、術図のない刻紋だ。
俺はその刻紋の起動紋に触れてから石室に入る。
中の刻紋に霊石を填めると、本が読める程度に石室の中が明るくなる。
書見台に本を置いてから、懐からメモ帳を取り出し、本を読み始めた。
さすが、ティアリス・リーンというべきだろうか。千年以上前の古書なのに、とても読みやすい。
他の古書では共通語の対訳辞書などが必要なのだが、この本を読む場合、必要が無かった。
なぜなら、共通語の生みの親がティアリス・リーンだからだ。
彼女は出自の関係上、様々な土地を放浪し、その土地の言葉や言語を覚えていた。
そして、姫子となった時、姫子達とその関係者同士で言葉が通じるように、共通した言葉の読み方や文法、表現をまとめ、共通で読み書きが出来る言語を作り出した。
その言語は七英雄にも引き継がれ、英雄軍での連絡に使われるようになり、現在は共通語として使われるようになった。
そのティアリス・リーンによる初めて共通語で書かれた書物が、この育児日誌なのだ。
中身は木の王シャドラとティアリスの結婚生活の様子が赤裸々に書かれているだけなのだが。
まあ、世俗文化の資料とは大体、愛とお金にまみれているものだ。
しばらく読み進める。
カティアが産まれて三節ほど経った日のタイトルに目が止まった。
『古き樹の民と転生』
転生、という言葉に目が釘付けになる。
初めて目にする言葉だった。意味を理解出来ない。
俺は、本文を読む。
『その日、シャドラはカティを抱きつつ、額の神霊石同士をくっつけていた。
何をしているの、と私が尋ねると「この子がどの同胞の転生者なのかを確認していた」と言った。
転生って何、と聞くと「魂を神霊樹へと還さず、知識と意識を持ちながら新たに産まれた身体に入ることだ」だって。
よく分からないけど、古き樹の民はそうやって神霊樹を守るための知識をため込んで来たらしい。ちなみに、シャドラは三回目だって。
古き樹の民の寿命って前に聞いたとき二千年くらいって言ってなかった?
最低でも四千輪相当って、うちの旦那はすごい年上だわ。
それはさておき、シャドラが確認したところ、カティは誰の転生でもなく、真っ新な魂が入っているとのこと。
よかった。
愛娘がいきなり「私、カティアじゃなくて前に生きてた誰かさんなの。今までお世話になりました」とか言って出て行ったらお母さん耐えきれないわ。
その後、シャドラはまた転生するの? と聞いたら、「君がいない世界に転生しても意味は無い」なんて言うもんだから、今日は彼が好きなサラダを作ってあげた。』
俺は頭を抱えた。
古き樹の民が行えるという『転生』。
それをリンカに当てはめると、今までの異常行動をほぼ説明できることに気づいてしまった。
彼女は、幼い身体でも動けるように頑張っていた。なぜなら、前にそれが出来ていたから。
彼女は、零輪児らしからぬ高い知性と精神を持っていた。なぜなら、すでに育った知能と人格を持っていたから。
彼女は、研究できることを求めていた。これの理由は不明だが、前の人生で研究が好きだったからだろう。
俺も研究は好きだし、転生できたら恐らく研究者の道を歩むだろうしな。
しかし、不可解な点があった。
彼女は、この世界を知らなすぎる。
刻紋はもとより、この世界の言語も歴史も知らない。なにより、術も霊素も知らなかった。
転生元が『枝の外』だったから? それでも術や霊素ぐらいは知っているだろう。
転生元が遙か過去だったから? それでも樹の獣や神霊樹を知らないのはおかしい。
その両方の可能性? そもそも、『枝の外』が出来たのは英雄時代からだ。矛盾している。
あるいは、あるいはだが、
この世界の魂ではない、と言う可能性。
*・*・*・
俺の質問から、リンカは驚いた顔の後、瞳を左右に数度往復させて、そのまま目を瞑った。
俺は、じっと待つ。ここで刺激してはいけない。
彼女の口から聞き出さないと、真実に辿り着かない。
永遠に続くかに思われた無言の時間は、リンカが眼を開いたときに終わった。
『私は——竜胆輪花。こことは違う世界『地球』にある『日本』という国で生きていた者です』
彼女、リンドウリンカは、そう答えた。
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