狭間の英雄、時詠の子
物心ついたときには、うちはそこにいた。
『施設』と呼ばれる場所に。
*・*・*
『施設』と『組織』からエンエと呼ばれるうちは、枝の外で産まれた子——らしい。
らしいというのは、宗主様が私に教えてくださった内容なので、くわしいことはわからないけれど。
うちの母は今では希有な純人で、父親は特別な樹の獣という、大昔の英雄話に出てくるような両親だったそう。
そのおかげか、うちはすごい力を持った特別な子、と宗主様はおっしゃっていた。
その言葉の証拠である、うちの額にある眼に力を込める。
目の前の建物。父知らずの館と呼ばれる、シャドラ王族の居館。
それを囲うように範囲を固定。観測対象を明確にして、術を発動する。
自分の掌に現れたのは、目の前の館を小さくしたような、半透明の精巧なミニチュア。
私は発動を確認した後、さらに眼に力を込める。
人が少なくなったその館の中に、突如人が現れる。
現れた人々は、いつもとは逆向きに歩いて館の中に入っていく。
つまり、現在から過去へ、時を逆さにする。
時間を遡行して、彼らが寝床に付くまで、その光景を高速で進ませる。
それから、時間を進め、彼らの行動をミニチュア越しに、つぶさに観察する。
【過去視】の徴術。
うちだけの、特別。
【時詠の眼】。
父親である樹の獣、【狭間の獣】の徴である額の眼は、光の煌めきと陰の脈動を捕らえ、過去と未来との狭間を幻視することが出来る眼らしい。
伝承によると、狭間の獣はこれを使い、現の隙間に入り込んでいたらしいけど、真偽は不明。
ただ、過去を見える力は確かで、うちはこの力を使って何度も『組織』の調査を受け持った。
過去を暴く行為、人の秘密を掘り起こす能力、人の闇を覗く眼。
うちは、うちだけの特別が、大嫌いだ。
『組織』の仕事は嫌だった、けれど、寄る辺のないうちは生きるためにも『組織』に従うしかなかった。
それに、『施設』の弟妹たちを『組織』の仕事から守るためにも、うちが仕事をやめるわけにはいかない。
弟妹達とは、血のつながりはないけど、うちの大切な弟と妹達です。
あの子達を守るために、うちは『施設』の院長様と約束した。
『組織』の依頼を受け続ける限り、あの子達に仕事をさせないと。
うちは、『組織』が嫌い。
でも、現状を変えられない『うち』は、もっと嫌い。
*・*・*
目の前の館の過去視を始めて一刻ほど経った頃、うちの近くで草を分けるような足音が聞こえた。
過去視をしている時、現在を見れないのが欠点。
その対策として、光の【理術】で姿を隠蔽してるけど、ここに近づくような人物はいないはず。
不思議に思って過去視を解除。現在を見ようと顔を上げると、
目の前に、白い花が、咲いていた。
違う。
目の前に、白金色の髪を持つ赤ちゃんがいた。
というか、私の任務対象。
リンカティア・エ・ル・シャドラ。
白い神霊石を宿した、カティアの再来。
まだ零輪ながら、言葉を理解していると噂が流れている、シャドラ家の秘宝。
木国の第二王女、その人。
そして、いつか『組織』が攫わなければいけない子供。
なんで、そんな存在が、うちの前に立っているのか。
ってなんで立ってるの? まだ産まれて四節ほどなのに?
しかもじっとうちを見てるし。
隠蔽術は……ちゃんと発動している。術写しも失敗していない。
うちは後ずさりする。
まって、なんで付いてくるの。
*・*・*
「承知しました。それでは切ります」
うちは右手で【霊器】のねじり蓋を開ける。
声届の霊器をコートの胸ポケットにしまい、再び走り出す。
左手には、動く白いモノ。
先ほど、捕まえてしまったターゲット、リンカティア・エ・ル・シャドラが手足を振って暴れている。
さすがに零歳児に力負けしない。
『施設』で弟達を相手したうちにとっては零輪児を片手で抱くなんて朝飯前だ。
しかし、脳内は常にどうしよう、という言葉が回っていた。
逃げる? どうやって、どこから、いつ。
うちは目の前の森をみやる。
シャドラ城は城壁内に一つの森を抱えた、自然と人と術による複合要塞だ。
城全体を包み込む半球状の結界は許可無き人を拒む。
城壁は人の叡智で作られた城石の壁。伝う隙間のない、登れずの城壁。
中に入れば自然の迷宮と化した森。一度道を外れてしまえば、濃密な霊素により方向感覚を阻害され、帰ってこられない。
唯一の出入り口は、城門のみ。その城門から城に至る道でさえ、複数の関門を置くという徹底ぶりだ。
前は光の理術で姿を隠蔽して、城門と関門を突破したけど、今回はもう隠蔽できない。
確実に脱出するには、余り使いたくない奥の手を使うしかない。
目の前に見える関門。門番はいるけど、この術の前では監視も意味が無いので無視する。
うちが通過できるかどうか、重要なのはそこだ。
通過に問題無いことを確認してから、うちは左の人差し指に付けている指輪に霊素を流し、光の術精霊を呼び起こす。
霊素量は十分、というか霊素吸収機能を持つコートからの供給が多すぎて、身体強化をしているのに身体から漏れ出しそうだった。
枝の内は霊素が豊富でいいな、と思いつつ、術を発動した。
全ての感覚が間延びする。景色は消え、音は聞こえず、無音の闇を越える。
発動と同時に、右人差し指に填めていた指輪に霊素を流し、陰の術精霊を呼び出し、術を発動。
私の感覚が現実に戻った。
狭地の技。
光の術精霊と陰の術精霊と契約し、光と陰という相反する術を組み合わせて始めて使える、うちオリジナルの技だ。
光化の術により光となって高速移動し、陰化の術によって肉体に戻って着地する。
これにより、何者にも追えない移動を可能にする。
特に肉体に戻るタイミングが肝要で、これが長すぎると移動しすぎるし、短すぎたら中途半端になってしまう。
光になってしまうと全ての感覚がなくなってしまうのも欠点だけど、そんな欠点をさっ引いてもこの技は逃亡時はひたすら便利だ。
なにせ、一直線で通過できる場所なら一瞬で距離を飛び越えることが出来るのだから。
うちの主な任務、つまり隠密任務との相性がばっちりな奥の手。
幾度も私の窮地を救った技の信頼は厚く、うちは関門を突破できたと確信し、眼を開いた。
目の前には、緑の髪と琥珀色の眼を持った少年がいた。
王家の正装を身に纏って、馬車から丁度降りている彼と目が合う。
シェルヴェス・エ・ギ・シャドラ、木国の第一王子その人だった。
どうして?
疑問で埋められた頭で周りを見ると、目の前には白亜と緑の蔦で彩られた城砦が見えた。
シャドラ城だ。
どうして、お城前まで移動してるの?
肉体に戻るタイミングを間違えた?
ううん、タイミングは最適だったはず。間違えることは絶対無い。
と言うことは、一度に移動する距離が増えた?
まさか、こんな時に限って術の力が上がったっていうの?!
あー、と言葉を出すリンカティア姫。
「リンカ?」
その声に反応したシェルヴェス王子。
うちは即座に光となってその場から消えた。
*・*・*
その後、なんとか城壁外に脱出し、首都カティアの港にある倉庫にうちは身を置いた。
狭地の技乱発の効果か、追ってきている様子はなかった。ならば下手に動くよりも待機したほうが得策だ。
ただ、さっきから『どうしよう』がうちの頭の中でぐるぐると回っている。
これで捕まったら、うちは即刻処刑されるだろう。
そうなったら、『施設』にいる弟妹はどうなるのか。
処分はないだろうけど、うちができなくなった仕事に回される可能性。背筋が凍る。
絶対、そんなことはさせない。
うちはぎゅっと、両手で抱えているそれに力を込める。
『痛い痛い』
眼で周りを見る。周りには誰も居ない。
『眼』で周りの過去を見る。数時間の過去にもいない。
『ちょっと、抱く力を緩めてくれないかなぁ? 圧倒的弾力で死にそう』
まさか、とうちは胸の方へ視線を向ける。
リンカティア姫が、胸の狭間からこちらに手を振っていた。
『えーっと、どうもはじめまして。リンカティア・エ・ル・シャドラこと、リンカです』
開いた口が塞がらない。
頭の中に響く声の出所が、こんな小さな女の子だという推測を否定したくなる。
でも、この子は王名を使って名乗っているのだ。
王名を使って名乗るなんて、枝の外の赤子でもしない。
『エンエちゃん、だっけ』
そのリンカティア姫と思われる声は、うちの名前を呼んだ。
どうして、知っているの。
『そんな『組織』やめてさ、私の元に来ない?』
どうして、うちは誘拐した姫様に誘われてるの?
私の思考はついに破裂した。
だから言ったのに、と呆れるような声も聞こえた。
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