研究魔は誘拐犯をスカウトしたい


『やばい、涙でそう。ティッシュない?』


 残念ながら、綺麗なおべべか霊素を吸収するっぽいコートしかないです。

 あ、服で拭ったらだめだからね! イザドラ師匠の渾身の作品なんだから!


『こんな小さな頃から、訓練と任務に出されて……それでいて家族思い……ううっ』


 むーちゃんって涙腺緩いんだね。

 まあ、気持ちは分かるけど。


『いーちゃんも泣いてるくせに』


 これは汗だよ。汗。心の汗。

 私はコートで眼の端の汗を拭った。


『へー』


 疑いの眼差しを感じるよ。なんで自分に疑われてるの、私。

 というか、他人の深層意識を見るの、マジでヤバイ。

 この子の大変つらい半生をダイジェストでVR体験だよ。

 実体験そのままだから、ダイレクトに感情に来てやばいやばい。

 糸電話にAR機能付けたのは失敗だったかも。

 お陰で白黒一緒に感情を揺さぶられてるし。


『それだけ、この子がこの現状に追い詰められているってこと。走馬灯ってやつ』


 そうなんだよねー。

 そして追い詰めたのはだれであろう、この私!

 私の行動がまさか誘拐を自発させていたとは思わなかったよ。

 失敗失敗。


『……余計にこの子が可哀想になってきた』


 その点は申し訳なく思っております。

 今後はこのようなことがないよう十分注意します。


『無理』


 失敬な! まあ多分無理だけど!


 ただ、このおかげで結構重要な情報を得ることが出来た。

 この世界は(特に枝の外は)、そんなに平和じゃないってこと。

 私を狙う『組織』の存在がいるってこと。

 その『組織』の『施設』でこの子が育ったってこと。

 そして——この子が霊人種第一世代、つまり七英雄レベルのすごい子ってこと。


 事実、この子は本当にすごい子だった。


 見たこともない徴に徴術を持っていたり。

 光と陰という相反する属性相を持って、光と陰の術を操っていたり。

 (まさか光子化して光速移動するなんて、この世界でも普通やらないよね?)

 地球換算の九歳で『組織』の依頼をこなすスーパーチャイルドだったり。


 なにそれ、『ほしい』。


 スーパーが五つくらい付きそうなレアな存在に、私の研究魔としての収集心に火が付いてしまった。


 ああー、研究したいなぁー!

 うちの子にならないかなぁー!

 スカウト出来ないかなぁー!


『またいーちゃんのサンプリング癖』


 またっていうない、またって。

 一応、先生のときは我慢したんだよ?

 いつか絶対調べるけど。

 それにこの子、『組織』に不満があるっぽいし、そこを突いたらスカウト出来ると思わない?

 と、私は心の中で両手の人差し指をむーちゃんに向ける(イメージ)。


『なんで、誘拐犯をスカウトしようという発想になるの? 加害者だよ』


 え、だってこの子、いい子だし問題ないよね?

 自己犠牲にいきすぎな所はちょっと危なっかしいけど。

 誘拐も不可抗力だし。別に私に敵意があるわけじゃないでしょ?


『王族を誘拐なんてしたら、普通は極刑』


 はっ、そうか。

 ……どうしようね?


『知らないよ』


 うーん、お兄様から説得して貰うとか。


『お兄様はそんなに万能じゃないと思う』


 そりゃそうだよね。お兄様も子供だもんね。

 あ、それとも、スカウトに応じたら誘拐を無かったことにする?

 そうだ、『組織』や『施設』について供述してくれたら、司法取引で軽い罪にしてもらうとか。


『いきなり具体的な提案になったね』


 そりゃあ、目の前に特S級食材……でなく、希少検体……でもなく、えっと、そうそう、可哀想な女の子がいるんだよ!

 助けなくてどうするの!


『思いっきりこちらのエゴだけど……まあ確かに、『組織』から助けるのはやぶさかじゃない』


 よし、むーちゃんの言質を取った!

 じゃあ、早速話しかけようか、そろそろ私がこの子の胸で窒息死しそうだし。


『ちょっと待って、いきなり話しかけるとエンエちゃんが混乱する』


 糸電話を通話モードにしてっと。

 あ、ちょっと、そんなにきつく抱かないで、『痛い痛い』。


 声を繋げると、キッとした目つきでエンエちゃんが周りを見回す。

 あ、第三眼も開いて見てる。開いていないときは目立たないんだね、それ。

 『過去視』ってどんなのかな。通常の視覚と違うのかな。

 おっと、それよりも今は自分の生存のために、この胸による窒息死を回避せねば。

 胸に溺れるなんてことになったら、前世よりも酷い結末だよ。

 やはりエンエちゃん以外の巨乳は滅ぶべき。慈悲は無い。


『ちょっと、抱く力を緩めてくれないかなぁ? 圧倒的弾力で死にそう』

『……まさか』


 エンエちゃんが私の方を見る。黒目と星空のような時詠の眼が驚きで見開いている。


『えーっと、どうもはじめまして。リンカティア・エ・ル・シャドラこと、リンカです』


『王名を名乗った?!』


 さらに驚くエンエちゃん。ああ、王名って『シャドラ』のことね。

 シャドラの名に誓って、と言うのが王家での最上級の誓い方だから、私は絶対に使わないようにって、先生も言ってたっけ。

 名前にまで権力があるだなんて、やっぱり王家に力がある世界なんだなぁ。

 おっと、脱線脱線。


『エンエちゃん、だっけ』


 すでに知っている彼女の名前を出す。


『どうして、知っているの』


 あ、そりゃ疑問に思うよね。

 でも、説明するのも面倒だし、あえて無視して私は本題を話す。


『そんな『組織』やめてさ、私の元に来ない?』


 カモン、我がシャドラ家へ! 大歓迎の上、私のお付きに登用するよ!

 あとちょっと実験につきあってくれたらお小遣いもあげる!

 福利厚生も充実させるよ! 結婚後も安心して働ける職場です!


 そんな勢いで伝えると、エンエちゃんの視線が右往左往して、


『——どうして、うちは誘拐した姫様に誘われてるの?』


 という言葉と共に、エンエちゃんが後ろに倒れた。

 何がどうしたの、と彼女の丘を乗り越えて顔を見る。

 ……目を回してました。どうやら、脳内処理の限界を越えたっぽいね。


『だから言ったのに』


 むーちゃんの声が溜め息と一緒に聞こえた。


 えー。私のせい?

 ……どうかんがえても私のせいか。


 仕方ない、と私はコートから脱出した後、エレメンタルハンドでエンエちゃんを起こしてあげた。

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