研究魔とあの日の代償
あの日から二ヶ月が経過した。
私も遂に地球換算で一歳になりました。
この二ヶ月、私が何をしてたかというと、
(……今日も空が赤いなぁ)
大きな霊樹の下、根っこを枕にしながら、ひたすらひなたぼっこをしてました。
つまり、この二ヶ月間何もしてないという、研究魔の私としてはあるまじき事態。
違うんです、いろいろ理由があるんです。
(私の神霊石、大きくならないなぁ)
額に手を置くと親指大の硬質な触覚がフィードバックされる。
鏡はないけど、小さな神霊石が額にちょこんと乗っているだろう。
とがった耳殻を触ると、小指サイズの、小さな神霊石もあった。
これが、あの日の代償、一つ目。
あの竜人さんを止める為、限界数を遙かに超えたエレメンタルハンドを使用して、私の霊素が枯渇した。
それが原因で、ふやけた爪がべりべりと剥がれるように、私の神霊石がぽろぽろと取れた。
取れたときはさすがにあんぎゃー!って叫んだね。というか取れるんだ神霊石って。
神霊石ありきだったエレメンタルスキルが軒並み使えなくなり、私はただの一歳児の赤ちゃんに逆戻り。
さらに言えば、新しい神霊石を作るために体内霊素も全部神霊石に吸われているので、霊人種最弱の赤ちゃんになったのだ。
そうだよねー、明らかに育ちが早かったもの。
こうして身体が満足に動けないという代償もついでに貰ったのだった。あの日の代償、二つ目。
この状態を解消すべく、おっきな中庭に植えられた大きな霊樹の下で、霊素をひたすら吸収する不自由な二ヶ月を過ごしているのだった。
攫われ先の、『施設』の中で、だ。
四方を囲んだ城壁、広い中庭、大きな霊樹とその隣に大きな居城といったシンプルな城砦である『施設』。
城の正面を神霊樹に向けて、長い日陰を考慮した長方形の中庭スペースなど、効率よく斜光の光を取り入れている。
最初見たときはよく考えられているなあと感心しちゃった。
いや、敵(?)の城砦を褒めてどうするの。
そんな縦長な中庭の向こうから、三つの足跡が聞こえてきた。
「まーた姫さまが寝てるぜ!」
「ひめさま」
「ひめー」
右から、斬髪オレンジ角頭の生意気快活少年、ジン。
肩までストレートな黒髪に右半分が凹凸のない能面のような石仮面で覆われた少女、ラーラ。
白い小さな翼をはためかせながら飛んでくる金髪の幼児、パトラ。
ジンは五歳、ラーラは三歳、パトラは二歳くらいの背丈だ。
地球換算の目測だけど、大体合っているはず。
そして、この子達が、エンエと共に連れ出さなければならない四人の内の三人だ。
「じん、あたち、ねちぇない」
私は自分の声で、言葉でジンの言葉を否定した。
エレメンタルスキルが使えないということは、エレメンタル糸電話もつかえないということ。
それに、前回の『言葉忘れ』の反省を踏まえ、私はいま発声を頑張って練習している。
自分の声ながら、すごくたどたどしくもどかしい。
「ずっと倒れてるなんて、寝てるのといっしょだぜ!」
「じん、たんらくすぎりゅ」
「たんらく? なんだそれ」
「……せちゅめい、めんどー」
短絡をこのもどかしい口で説明する気になれない。
ちなみにこちらの短絡は刻紋のほうでも使われたりする。
経年劣化で霊素路が重なると、霊素があらぬ方向に行ったりとかすると
刻紋を彫ってるとき、何度かやったなぁ。
というか、ジンとほぼ同年代のはずの兄様、やっぱ天才過ぎない?
比較対象があって初めて思い知ったよ。
まさかザ・少年との会話がこんなに疲れるなんて。
生意気少年の相手疲れが決めてになり、もともとふんわりしていた気分が睡魔へと変わる。
大きいあくびをすると、右側に冷たい感覚、左側に温かい感覚が転がり込んだ。
右側に【石族】のラーラ、左側に【翼族】のパトラのサンドイッチだ。
冷たい温かい、さらには小気味よい霊樹の葉音が響き、ジンの不満げな声を除けは最高の睡眠環境が構築される。
寝る子は育つ……。
私は早々に意識を手放した。
*・*・*
頭がぐらぐら動いて、私の意識が覚醒する。
目の前には、胸、その向こうに星空を宿したような眼が見えた。
頭に感じる柔らかさを鑑みるに、どうやら、私はエンエに膝枕してもらっていたらしい。
「えんえ」
「あっ、起きてしまいましたか」
「ん、ありがと」
お陰で硬い木の根っこで首がカチコチにならずにすんだ。
ラーラとパトラは私の両隣でエンエの太ももを借りつつ寝ていて、ジンはエンエの隣で肩を借りるように寝ていた。
慕われているんだな、と一目で分かる光景だ。
「大分、喋れるようになりましたね」
「うん、まだ、いっぱいしゃべれ、にゃい、けど」
「零輪でそこまで喋れれば立派ですよ」
「めじゃせ、にくしぇい、で、さくしぇん、かいぎ」
「……目標、高いですね」
「しょうしにゃい、と、ままにゃら、にゃい」
エレメンタル糸電話(もう定着しちゃった)が使えない以上、ここからエンエを含めて六人で脱走するという無茶な計画を立てるには、肉声での意思疎通は必須。
手記会話なんて紙に残っちゃうからね。そもそも紙もペンも貰えないけど。
結局、エンエは私の世話係兼監視役になった。
『この子の世話はエンエがやりなさい』
『組織のお偉い様』からの、鶴の一声……こっちでは竜の一声だっけ、それで決まった。
ちゃんと統率が取れてる組織ってすごいね。
「あ、姫様。しずかに」
「ん?」
「宗主様がお見えに」
「あい」
エンエの注意を受け、私は押し黙る。
城の方から現れたのは、灰色のローブを纏った銀仮面の女性。
組織を束ねる、宗主と呼ばれる人物だ。
「眠っていたの?」
「いえ、今し方起きたようです」
「丁度良かったぁ。おやつと飲み物を持ってきたの」
「その……いつもありがたいのですが、宗主様にそのようなことを」
「いいのいいの。こっちの趣味だし、子育てなんていつ振りかな」
組織の長とは思えない、やわらかな口調で話しかけてくる宗主様に対し、恐れ多いと顔を強ばわせるエンエ。
組織と施設は嫌いとエンエは言っていたけど、宗主様にたしては敬拝の念を持っている感じだ。
そんな組織の長がバスケットを持ちながら軽くスキップして向かってこられても、私にはただの可愛いお姉さんにしか思えない。
もちろん、これから離反する予定の組織を束ねる人なので、気を許したり油断してはダメだ。
この人の前では私はただの赤ちゃん、ただの赤ちゃん……。
「さあ、リンカちゃん、ミルクですよ」
宗主様に抱きかかえられて、乳首部分が特殊な木製の哺乳瓶に口を付ける。
……おいしい。一気に飲み干してしまった。
「あと、おやつも持ってきたの。食べる?」
ふやかして食べれそうな煎餅っぽいおやつを目の前に出される。
受け取って食べると、味は薄めながら、塩味と甘味の塩梅が最高のおやつだった。
んまい。
食べている間に宗主様が私の神霊石を手で触れる。
「霊素の蓄積は順調ね。良かった」
宗主様は、今は私の主治医みたいなことをやってくれている。
古き樹の民の身体を分かるなんて、同じ神霊石持ちだからだろうか。
いろいろ聞きたいことはたくさんあるけど、私は赤ちゃんを演じる。
げふっ。
「じゃあ、他の子が起きたら中のおやつをあげてね、エンエ」
「分かりました」
「ふふ、素直な子が多くてうれしい」
そう言って、颯爽と宗主様は去って行った。
「……ちゅむじかじぇ、みたい」
「つむじ風、言い得て妙ですね……」
その背中を追いつつ、私達はぽつりと呟く。
「そういえば、姫様」
エンエが宗主様が見えなくなった後、エンエが私に尋ねる。
「むーちゃん様には……会えました?」
「……まだ」
あの日の代償、三つ目。
あの日以来、私はむーちゃんに会えていない。
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