研究魔と進化するスキル


 むーちゃんがいない。

 呼びかけても反応がない、むーちゃん空間に行くことができない、多少無理したときのシャットダウンがない。

 いままで隣に居た存在が居ない。私は胸にぽっかりと穴あいたような空虚感を、あの日から引きずっていた。

 霊素も無くなり、身体も弱くなり、むーちゃんもいなくなり、何も出来ない私は、ただただ怠惰な日々を過ごしている……。


 なんてことはなかった。


 よく考えてみれば、自分の身体に霊素がほぼゼロの状態なんて、ツインドライブ搭載の私にはめったに無いことだ。

 つまり、いまなら、この身体をもって、霊素がない自分とある自分で対照実験ができるってことだ。

 なかなかない実験条件。しかも周りに霊素が少ない枝の外。

 身体も動かない私は、自分と霊素という存在に向き合い始めた。

 毎夜寝る前に、エレメンタルハンドを出そうとする。

 出そうとするけど、霊素がない身体では、そもそも私の中で動かせる物がない。

 そもそも、出力機とも言える神霊石がないのだ。エレメンタルハンドがでないのも当然だった。


 本当にそうだろうか?

 神霊石がないと私は、エレメンタルスキルが使えないのだろうか?


 その疑問から、私の研究魔としてのスイッチが入った。


 体内霊素がないと何故エレメンタルスキルが使えないのか。

 神霊石がなくなる前の感覚をもっと深く思い出せ。

 最初のエレメンタルソナーは何故発動したのか。

 最初のエレメンタルハンドは何故造れたのか。


 当たり前を当たり前にするな。

 当たり前になった必然を探せ。

 その必然を疑え。ぶっ壊せ。

 当たり前から先に進め。

 見かけに騙されるな。

 真実を見つけ出せ。


 仮説を立てろ。

 実験しろ。

 実践しろ。

 実証しろ。


 うぬぼれるな。

 私は、最初から摩訶不思議な力などない、ただの人だ。

 ただのヒトだからこそ、工夫し、研究し、進歩する。

 研究魔の私に出来ること、それは研究すること。

 それが出来なければ、ただの力の無い赤ん坊だ。

 もう、あの時のような無力な自分になりたくない。


 身体に本当に霊素は無いのか。

 身体の霊素を本当に使っていたのか。

 なぜ神霊石からエレメンタルスキルが発動していたのか。

 そもそも、この思考を何故、霊素が受け取っているのか。


 私はひたすら、自分の中で霊素と自分に身体に向き合い、思考を回して、空に手を伸ばし、を掴もうとした。


 そして、二ヶ月目、新しい私での、地球換算で一歳の夜。


 私はで、隣のベッドで寝ているエンエの胸を掴んだ。



 めっちゃ怒られました。



  *・*・*



『つまり、私のエレメンタルスキルって言うのは、私の意思、明確な意図を霊素自体に働きかけて実行してもらう能力だったというわけ』


 次の日の朝、朝食の時間。

 復活した、と言うよりもエレメンタルハンドを十組くらい浮かせて、私はエンエに熱弁していた。

 ニューエレメンタルハンドは、描画の都合上かんがえるのがめんどう三つ指で細めのロボットハンドのデザインにしている。

 五指はいろいろ出来る分、制御が複雑だしね。


『はあ、そうなんですね』

『今までは神霊石っていう霊素の塊をブースターにして、周りの霊素を巻き込んでエレメンタルハンドとかを作ってた訳だけど』

『はあ』

『霊素が無くなったことで、その根本である『意図の糸』がより鮮明になったの』

『はあ』

『自分の中の霊素を使わずにエレメンタルスキルを実行するにはどうするかってところで、外部の霊素にお願いすればいいと気づいた時は目から鱗だったね』

『えっと』

『と言うことで出来ました、エレメンタルスキルⅡ! 遠隔発動出来るようになって自由度が格段アップ! なんと神霊石を介さずに利用可能! さらに自分の霊素を使わないから『意図の糸』の限界まで作っても体調が悪くならない!』

『姫様』

『Ⅱになったことにより、糸電話も無線式になり意思疎通も便利に! 糸がない糸電話とはこれ如何に!』


 嗚呼、やっと進んだ研究の成果を他人に話す時のなんと甘美なるものか! 自然と早口になり言葉に熱がこもる。

 私の興奮ボルテージは有頂天に達しようとしたとき、エンエが肉声で私を呼んだ。


「姫様」

「あい」


 三眼で見つめられ、私は言葉を止める。

 エンエは私に近づき、首と手首を触り、脈を取る。


「興奮しすぎです。弱い身体で脈が速くなれば死にますよ?」

「ひっ」


 私はその言葉で、先生が師匠になったときの興奮でむーちゃんにシャットダウンを食らった時を思い出す。

 霊素切れの弱い身体で、いまはむーちゃんもいないのだ。自重しないと本当に死にかねない。


「姫様の力が復活したことは良いことですが、あまり無理しないように。

 移動とお世話はうちにまかせて、今は体力と霊素の回復を優先してください」

「あい……」


 精神年齢的に十歳下の子に諭される私。先生なら爆笑してただろう。


「思考の会話ばかりじゃなくて、発声練習のためにちゃんと声で話しましょう」

「あい……」

「あと、もっと食べて寝て、体力を付けましょう。今は雌伏の時、です」

「あい!」


 エンエはなかなか厳しいです。

 さすがこの施設の最年長さん。四人のお姉さんをしているだけはある。

 私はおとなしく、エンエが差し出した匙にのった穀物粥を啜った。

 魚介系の出汁がきいてて、おいしゅうございます。

 ただ、ここの食事のラインナップに文句があるとすれば……・


『お肉がもっとあればなぁ』


 思った瞬間、あっ、と声が出た。

 伝達思考深度をミスってた! 思ったこと全部伝わるようになってたよ!


「姫様?」

「ちがうにょ」


 暴発しそうな無線式糸電話を切り、即座に否定する。


「そうでしたか……お肉……」

「あっちゃらいいにゃっちぇくらいでほちいとかじゃにゃくって」


 違うんだよ、そんな強い要望じゃなくって!

 ああ、伝えたいのに口がうまく回らない!


「鳥肉でもいいですか?」

「むりしにゃくちぇいいからあ!」


 エレメンタルスキルⅡに慣れるまで、エレメンタル糸電話(無線式)はしばらく封印しておこう……。

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