研究魔は暇を潰す
記憶の移植は成功したようで、私の中で明確に覚えようとした記憶だけが残った。
移植終了と同時に、薄くあったアストラルフィールドと繋がっている感覚も途切れた。
というか、途切れてから気づいたんだけどね。
ともかく、前世の私は無事、今世の私に記憶を引き継げたようだ。
はー、一安心。
そして、同時に私は気づく。
産まれるまで暇だなぁ、と。
もちろん、赤ん坊は寝るのが仕事なので、私が意識を持てている時間は少ない。
やはり本能には勝てないのか……でも研究したい……胎内でも、私は研究したいのだ。
なので、ここの言語を研究して覚えることにした。
ときどき発生する、母親と誰かとの会話イベントをじっくり聞き、何を話しているかを推測する。
こういうのは専門外だけど、人間の意思疎通はだいたいはパターンだし、感情をくみ取れば類推出来ていくはず。
父親(仮)と母親の会話、子供と母親の会話。女の人と母親の会話が複数、あれ、なんだか多い気がするよ?
しかも女の人は常時いるようだし。
うーん、なんでだろう?
疑問はつきないけど、疑問が多いとやっぱり研究は楽しい。
私はしばらく、言語学のまねごとをしながら暇を潰すのだった。
私が意識を持ってから七日後。正しくは私の母親になる人が七回寝た後のこと。
私の身体に、五感とは違うもう一つの感覚を見つけた。
意識がぶわっと広がる感覚。そして、広がった後また戻ってくる何かをキャッチする感覚。
キャッチすると、一気に情報があふれ出す。
あふれすぎて、情報処理が追いつかない! まだ目も見えてないのにくらくらと目を回す感覚に陥る私。
暗闇になれた目にフラッシュライトを受けたような感覚だ。
……正直、頭が痛い。
なんだこれ……ついに超能力者にでもなったの、私。
しかも、これが持続的に続くのだ。一度始まると、体内時計で十分ほど。
さすがにこれは私もこの身体も耐えられない。
何かしらの対策が必要だわ、これ。
そして、問題発生から三日後、変な感覚の制御に成功した。天才か私。
イメージとしては、超音波のソナーが適切だった。
ぶわっと広がる感覚は、私から何かを広げているようで、戻ってくる何かは広げた何かがキャッチした情報だ。
つまり、出す超音波が多すぎて、キャッチアップする私が耐えられないという、私の身体手加減しろよ的な状態だったのだ。
だから、私はダダ漏れだった蛇口を閉めることにした。
どうやら私の額と耳あたりからそれが広がっているようなので、意識を集中して、広がる何かを絞るイメージを作る。
私の場合は今は珍しいハンドル式蛇口。
ハンドルをキュッキュッと締めていきます。出る水の量が減ります。広がる何かも減ります。
すると、フラッシュライトのような過多な情報は、一種の像を結び出した。
それは外の情報だった。
色が付いていない立体映像といえばいいだろうか。
頂点数が多すぎて像の形がとげとげしている白黒ポリゴンのような情報が私の脳内に広がる。
しかも、その情報はぐりぐりと動かして見渡せるようだった。これがなかなか、CGソフトみたいで面白い。
……なんだろう、これ。
謎は多い能力だけど、外の情報を得ることが出来るようになった。
とりあえず、この能力はソナースキル(仮)としよう。
正直、色も付いてないし見てくれも悪いけど、聴覚だけよりも圧倒的に有用な情報だった。
このソナースキルで分かったことは、私が生まれるこの世帯は、上級階級ということ。
母親にずっと付き添っている女の人はどうやら侍女さんだったらしい。
さらに言えば、部屋の広さ。一部屋で東京の1LDKの敷地面積くらいありそうだった。
その部屋の中央から少し離れたところにあるソファで、母親が私がいるお腹を大事そうに抱えて、編み物をしている。
そこに、たぶん侍女の女性が近づいてくる。
『セツカ様』
『なぁに、エザドラ』
そうそう、私の言語研究も結構進んでたり。
単語がいっぱいの話は分からないけど、ちょっとした会話なら大分理解できるようになってきた。
セツカというのが私の母親予定の人の名前で、エザドラはこの部屋によくいる侍女さんの名前だ。
『アファト様がおいでになっております』
『あら、いつもより早いかしら?』
『はい、[リンティライカーグ]をお持ちになったためと聞いております』
『そうですか……アファトには苦労をかけますね』
アファトは、たぶんセツカの主治医。
私がすくすく安全に成長してるのもアファトのお陰。産まれたらお礼しなくちゃね。
産まれるときはお世話になりました、っていったらちょっとサイコっぽいだろうか。
それにしても、また新しい単語。リンティライカーグ?
『この子が無事に産まれるといいのだけど……』
『そうですね……』
え、なに、私、そんなに危ないの?
『[ディエノ]だなんて……』
『私の知り合いも[ディエノ]で無事に産むことができましたから……』
『ふふ、ありがとう、エザドラ。心配かけてごめんなさいね』
『いえ、そんな』
ディエノって何だろう。お産用語? ここの言語は名詞の作り方が独特で難しいなあ。
でも、私の身体は本能のお陰か、健康そのもの。何が問題なんだろ。
ソナースキルで作った立体映像を見ながらしばらく考えて、それに気づいた。
あ、そっか。私、逆子なんだ。
頭が上だよ、そりゃ心配になるよね。
ディエノは逆子、覚えましたし。リンティライカーグは、恐らく胎内検査する道具か何か。
……今から逆子を直すの、間に合うかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます