研究魔は今世のテーマを決める


 なんとか、逆子は回避できました。


 身体が小さいせいか、ぐるんと頭を抱え込むように回すと、無事に頭を下に出来て一安心。

 首にへその緒も巻き付いてないようだし、上々。

 後日、診察したアファトが首を捻っていたけど。

 そうそう、リンティライカーグは私のソナースキルと同じような機能を持った道具でした。

 ぶわっとした何かが私に当たって反射していくのを感じたからね。

 やっぱり、このスキルはこの世界でも一般的なのかな。


 私もこの世界で目覚めてたぶん2ヶ月、結構慣れてきたなと感慨深くなる。まだ産まれてもないけど。

 言語は日常単語と文法、口語表現はほぼ理解。分からなかった単語は今度産まれてから調べようと脳内保存。

 ソナースキルは、自由にON・OFFができるようになった。持続時間も二十分まで延びました。

 解像はまだ荒いままだけど、これは身体の成長次第で受け止められる情報が増えれば綺麗になると思う。

 暇のなせるワザである。


 それと、最近——夢を見るようになった。


 暗い部屋で、前世の姿のまま体育座りしている私。

 目の前には、虹色に光る光体。

 光体はふわふわ、ゆらゆらと明滅しながら、私の回りを回る。

 そんな夢が、ここ数日続いている。

 私はその光体を掴もうとするのだけど、いつも捕まえることが出来ない。

 私を避けた光体はそのまま私にぶつかってくる。硬質で結構痛い。

 そして、上下に震える光体。訳が分からない。


 そんな捕まえようとして逆襲されてを続けて、数日。


「もしかして、私?」


 夢で初めて、私はしゃべった。


 そして、光体は縦に震えた。

 イエス、ってことかな?


「そっか、ここは私の精神世界なんだね」


 イエス。ふむふむ、ちょっと状況が分かってきた。

 アストラルフィールドに似ている気がしたのはあながち間違いでなかったようで。


「それじゃあ、あなたは……今世の私?」


 イエス。答えた後、私の周りを回る。


「あれ、でも、私も私だし……二重人格?」


 光体は身体を横に振る。ノーか。


「じゃあ、私のなんだろ……意識は私だし……」


 思考を回す。魂は同じで人格も同じ、ではどこが残る?

 しばらく考えた後、ふっと答えが湧いた。


「……もしかして、私の無意識?」


 光体は縦に震え、イエス。


「なるほどね。ま、私が把握していない私なんて、それくらいしかないけど」


 意識と無意識はいろんな精神学で別々の定義がされてて難しいけれど、私は単純にそう解釈した。

 たとえば、本能的行動とか、三大欲求とかは、私を構成するために必要でありながら、私が意識していない私だ。

 魂の情報でもそれが言える。

 私が理解していない、意識していない情報をため込んだ無意識の情報を司るのが、目の前にいる光体なのだろう。


 ……これだけで四ヶ月はご飯が食べられそうな研究テーマだね。


「……それで、私は私に何の用で?」


 その質問を聞き、光体は私に近づいてくる。私の額と光体が触れるほど近づいた時、意識に映像が流れだす。


 それは、前世の、研究にかまけた不摂生の記録だった。


——今いいところだからご飯はあとでいいや!

——うわ、今日何日?! ああ、まだ三徹かぁ……。

——栄養ドリンクまだあったかな……。ないならカフェイン剤でいいや。

——ごはん、カップ麺でいいかなー。いやー、カップ麺は文明と文化の極致だね!


 うわあああやめてえええ!


——私の頭脳が真っ赤に燃えるぅぅ! 答えを掴めと轟き叫ぶぅぅぅ!

——赤き猛牛よ! 我に翼を授けよ!

——襲い来る眠気など知るか! カフェイン剤のストックは十分だ!


 極めつけは、死亡するまでの映像。

 トラウマになるからやめてください!

 映像が終わる。私は私が求める声を理解した。

 この光体は、生きようとする私なんだ。

 前世の私が研究優先で押さえ込んでいた、生存本能も司る私。

 今世でも同じ事にならないように、警告するために、ここにいるんだ。

 

 思い返してみれば、記憶のリッピングとか、知らない言語研究とか、未知の能力習熟とか、胎児の時点でやることじゃないよね。

 そりゃ私も怒るはずだ。下手するとまた死んじゃうよ、私。


「……ごめんなさい。身体を粗末に使って」


 光体が縦に震える。謝罪を受け入れてくれたらしい。


「もっといのちだいじにします……」


 光体が縦に震える。そうだね、っぽい。


 よし、決めた。


 今世のテーマは、『いのちだいじに』でいこう!


 その決意を聞き届けた光体がはじけ、世界を虹色に変えていく。そして、意識が夢から現実に浮上する。

 次の瞬間、羊水が減り、身体に皮が張り付く感覚が私を襲う。


 ——破水だ。


 ついに、私は産まれるようだった。

 がんばれ、セツカさん。私の、初めての母親となる人。

 イザドラさんとアファトさん、あと侍女の皆様、やさしく取り上げてね。


 そういえば、気道にある羊水は泣き叫ぶことででるんだっけ。

 よし、新しい家族を心配させないために、思いっきり泣こう!


 生まれた喜びを、精一杯味わおう。


 この世界で、思いっきり研究できることを思いっきり喜ぼう。


 こうして、私の異世界での人生が始まった。

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