研究魔、先生と話す


『つまり、この姫様は、生後一輪経っていないというのに、言葉を理解し、文字が読め、さらには術精霊を用いないで術を使えるということか?』


 疲れ顔のヴィーヴ先生が私たちと、説明した内容を確認する。


『そうです、先生』


 お兄様が応え、私もこくりと頷く。

 口を開け、何か言いかけようとするヴィーヴ先生、だけど、口を再び閉じて眉間に皺を寄せながら額に拳を当て、しばらく沈黙した後、溜め息を吐きながら口を開いた。


『……俺の中の常識が崩壊しそうだ』


 その言葉にコクコク頷くお兄様。ひどくない?


『常識の否定から入ることも研究には大切な見方ですよ?』


 と私がアドバイスする。それを聞いてヴィーヴ先生は半目で私を見つめて言った。


『零輪児が研究について大人を諭す時点でおかしいからな? わかってるか?』

『……はっ』


 やってしまった。確かに零歳児のやることじゃないよね。

 吹けない口笛を吹く真似をしつつ、私は誰もいない場所に顔を向ける。


『なんだそのやってしまったみたいな声は。おい、そっぽ向くな、こっちを見ろ』


 ガシッ、と私の頭を片手で掴み、回そうとするヴィーヴ先生。


『やーだー!』


 先生の手をバシバシ叩くも、全然意味が無い。くぅ、大人の力ずるい!

 ギャーギャーと騒ぐ私と先生。傍目から見ると赤ちゃんを虐めてる青年の図だ。

 というか侍女さん達がおろおろしてるからそろそろ離して!

 そんな光景を見ていたお兄様が、クスクスと笑い始めた。笑い方もロイヤルなお兄様、まさしく王家の鑑です。

 わたしにはできない。


『何笑ってるんだ、シェル』


 訝しげにお兄様に詰め寄る先生。私はアイアンクローから解放されて一安心。


『お二人が打ち解けて何よりです』


 はぁ?

 私は眉間を寄せて『何言ってんだこいつ』みたいな顔。

 そのあと同じ顔をした先生を見て、むむむむ。先生もむむむむ。

 そのにらめっこ状態を見て、遂にお兄様は吹き出した。


 解せぬ。


 そんなこんなで、私はこの世界の研究者に初遭遇したのだった。



『それで、俺に質問だったか?』


 念話にすっかり慣れたヴィーヴ先生が、一人がけの椅子に座りつつ、私たちに尋ねる。


『はい。先生なら、リンカの質問にも答えられるかと』

『よろしくお願いします!』

『分かった。それで、質問の内容は何だ』

『今、この本を読んでいるんですが』


 私はエレメンタルハンドで『エスラトウス略史』を持ってくる。

 エレメンタルハンドはずいぶん慣れてきて、今ならこの部屋内であれば持ってくる事が出来るようになった。

 半径一○メートルくらいかな。


『……それは、なんだ?』


 半目で私が持ってきている本を指さすヴィーヴ先生。


『これですか? エスラトウス略史っていう本ですけど』

『本じゃなく、その本が浮いてる状態のことだ』

『あ、これですか? これは私の神霊石で霊素を集めて手の形を作って、それで物を掴んだり動かしているだけですよ』


 はぁ? と『何言ってんだこいつ』顔のヴィーヴ先生。結構感情が顔に出る人だ。


『だけ? だけで済むレベルなのか、それは……』

『先生、リンカは古き樹の民を受け継いでいるので、それでいろんな術を使えるんです』

『あのなあ、俺だって歴史研究者の端くれだ。今までいろんな生存書物を読みあさったが、こんな術を使う樹の民なんて読んだことがないぞ?』


 きょとんとするお兄様。私も「そうなんだ?」と首を傾げる。

 この世界に生まれて八ヶ月の私が知るはずもない。


『あと、術というのは霊素を消費して事象を起こす事だ。俺は【純人種】だから術は使えないが、それくらいは知っている。

霊素を集めて物を直接掴むなんてのは術と呼ばない、それは別の何かだ』


 真剣な顔をする先生。たぶん重要なことを言ってるんだろうけど、私には全く分かりません。


『はー、そうなんですねー、って先生って純人種なんですか!』


 そんなことより、私は先生が純人種と言う話が気になります!


『あ、そうだが?』

『今や全人口の○・○○○○一パーセントしか現存しない、樹の獣と交わらなかった人族! うわあレア人種だ!』


 レア人種! 希少性って研究材料にはもってこいだよね! 霊人種とはどう違うんだろう!

 興奮気味に私は先生を見つめる。しかし、先生はすごく不機嫌そうに顔をしかめた。


『事実そうなんだが、こいつに言われるとすごくむかつくのはなんなんだろうな?』

『先生、落ち着いて。他の人に聞かれたら危ないですよ、不敬と言われます』


 そう、忘れそうになるけど私たちは王族。先生は言葉を気を付けないといけない立場だ。

 それを忘れさせるぐらい、先生の竜の尾を踏んだらしい。今後は気を付けないと。

 ってやめてやめて頭を掴まないで、形変わっちゃう!


 ギャーギャーと騒ぐ私と先生(二回目)が終わって落ち着きを取り戻した先生が、ふと一言。


『ただ、この術?は便利だな』


 お、分かります? このエレメンタル糸電話(もうこれでいいや)の便利さ。

 私は胸を張って自慢する。ドヤァ。


『不敬な発言や説教も周りに聞かれないと言う点が特に』


 そして、次の言葉で私とお兄様が固まる。

 いくら精神・知能の発達が速い樹の民の血を受け継いでいても、私たちはまだ子供。

 怒られる恐怖は共通だ。


『リンカ、今すぐこの会話方式をやめよう』

『そうですね、お兄様』


 兄妹の意見が一致する、しかし、


『やめたら質問に答えてやらんぞ』


 ヴィーヴ先生がニヤニヤしながら足を組み直し、逃げ道を塞いだ。


『……ずるい』


 大人って、ずるい。

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