研究魔、先生に会う


 しかしあれだね。筆記会話はすごくめんどくさい。

 ただでさえ会話がワンテンポどころか数テンポ遅れる上に、書くのが辛い。


 とても、つらい。


 そりゃそうだよね、零歳児が書き物する時点で重労働だよね!

 ……そろそろ自重しないと、むーちゃんにまたどやされる。

 だけど、声帯も発達してないしどうしよ。


 周りを見渡し、目に付いたものを見て、ひらめいた。


 最近動かすのに慣れてきた、エレメンタルハンド。

 これは霊素の塊をこねくり回して、『手』の形に固定化し、物理干渉が出来るようにしたものだ。

 だったら、振動を起こすことも可能じゃない?

 試しにマイクと拡声器のイメージを持って霊素をこねくり回し、固定化する。

 エレメンタルマイクの誕生である。それでは早速、


「あ」


 部屋を震わせるほどのどでかい声が響いた。


 お兄様がなにごとか!と見渡す。

 侍女さん達も全員構えて戦闘態勢だ。

 やばい、どうしよう。

 とりあえず、私が『間違えちゃった』と書いてお兄様に見せる。お兄様は「ならいい」と言って侍女さん達を落ち着かせる。相変わらず性格もイケメンですわ、お兄様。

 しかし、だめだこれは。調節が超難しい。おっきな音は簡単に出せるけど、小さな音は難しい。

 端的に言うと、操作の解像度が足りなさ過ぎ!

 さすがに霊素操作でナノレベルの粒子振動を調節するのは、私の赤ちゃんスペックじゃ難し過ぎる!

 この解像度の足りなさはエレメンタルソナーでも問題になってるし、何かしら対策しないとなぁ。


 しょうがない、別の手猫の手孫の手。


 要するに、お兄様にだけ私の意思が伝われば良いのだ!

 そう、例えば、糸電話。あれは非常に分かりやすい、1対1の振動を伝える装置だ。

 それをイメージしながら、霊素を細い糸にして、私の額にある神霊石と繋ぐ。

 私の意思伝達レベルに合わせて霊素の糸が震えるように調節する。思っていること全部伝わったら嫌だしね。

 そして、その糸をお兄様の額にぺちっと貼った。あとは骨振動とかで声が伝わる……はず。


 これぞ、エレメンタル糸電話!


 ……名前はあとで考えよう。

 うん。決して私のネーミングセンスが悪いとかじゃないよ。


『あーあーあー、マイクのテスト中。お兄様、聞こえますか?』


 びくっ、とお兄様の身体が震える。そして私の方に向き返る。


「……この声、リンカか?」

『はい、そうです。お兄様の妹の、リンカですよ!』

 私の声を聞いて、深くため息を吐くお兄様。

 なんですか、その何もかも諦めたような顔は。

「とりあえず、僕も声をださずに意思疎通できるように出来るか?」

『んー、ちょっと難しいけどやれないことはないですよ。でも、何でです?』

「零輪児にひたすら話しかける姿を見て、他の人はどう思う?」


 あ。


 うん、それは変人以外何者でも無いよね。


 その日の夜、私はむーちゃんに「なんでそういう方向にすすむの、バカなの」と怒られた。

 解せぬ。



 後日、私はエレメンタル糸電話の双方向通信を実現した。

 私の額にある神霊石を解析することで、表層意識の音声化をエレメンタル糸電話(仮)に組み込んだのだ。


『どうです、お兄様?』


『これは凄いな。ちゃんと言いたいことだけ伝わっているのか』


『そうなんです。これで内緒話がいっぱいできますね!』


『そういう兄弟の内緒話は当分先と思っていたが……。

そういえば、何か聞きたいことがあるんじゃないか?』


『え?』


『リンカのことだ。この術を作った理由があるんだろう?』


 はっ、すっかり忘れてた。そうそう、円滑に質問するためにこれを開発したんでした。

 私は枝の賢者についていくつか質問する。その質問を聞くたびに、お兄様は難しい顔をする。

 そして気づいた。

 お兄様もまだ子供じゃん! なんで歴史の質問を答えられると思ったんだ私!


『す、すみませんお兄様! 難しい質問をして』

『いや、僕の勉強不足だ。すまない』


 しかも向こうから謝ってきたし! うわああ、余計に居た堪れないよ!


『ただ、その質問に答えられる人物を知っている』

『え、本当ですか?!』


 さすがお兄様、社交もバッチリですか!


『ああ、そろそろリンカに会わせるべきと思っていた。……会いたいかい?』

『会いたいです!』

 私は即答した。



『ウキウキワクワクしすぎ』

 余りに興奮して寝られなかった私を強制睡眠状態にしたむーちゃんからの一言でした。



 そして翌日。

 本を読んでいる時に、扉の鐘が鳴った。

「リンカ」

 扉を開けるお兄様を見つけるやいなや、エレメンタル糸電話(仮)をぴょん、と額に付ける。

『お待ちしてました!』

『反応早いな……』

 はあ、と溜め息を吐くお兄様。最近私への反応がワンパターン化してませんか?

「先生、こちらに」

「……ああ」

 そう言って、お兄様の後から出てきたのは、黒髪の男だった

 くせっ毛のない短い黒髪を撫でるように右側に流す髪型。

 径の短い丸眼鏡からは、釣り上げた目尻と、透き通る灰色の瞳がチラリと見えた。

 体つきは、長身痩躯というのだろうか、全体的に線が細い。

 このまま枯れていったら、すごい美形の枯れおじさんになりそうな、そんな印象の青年だった。


 そんな男性が白いワイシャツと黒いズボンというシンプルイズベストな格好でそびえ立っていたのだ。


 そうです、そうなんです! つまり、美形の眼鏡男子ですよ、奥さん!


 というかこの世界、眼鏡ってあったんだ! うわあ気になる!


「先生、こちらが僕の妹の、『リンカティア・エ・ル・シャドラ』です。

リンカ、こちらは僕の宮廷教師を務めていただいている『ヴィーヴ・ガーガリル』先生だ」

「ご紹介にあずかった、ヴィーヴ・ガーガリルだ。どうぞよろしく、リンカティア姫」


 なるほど、お兄様を教えている先生か。それなら私の質問に答えられるかも?


「……なあ、シェルよ。本当にこの姫様は理解できているのか?」

「理解できていますよ、リンカは」


 どうやら私のことを疑っているらしい。

 私はにっこり笑って右手を振ってみる。


「……右手上げて」


 はい。私は右手をピーンと挙手。


「……左手上げて」


 はいはい。私は左手を以下略。


「右手下げて左手下げて両手上げる」


 はいはいはい。私は以下略。


「……本当に理解してるな」


 はっ、実験された、だと……!

 まさか私が実験される側になるとは思わなかった!

 私には分かる、この人、かなりすごい研究者だよ!


『ヴィーヴ先生でしたっけ、すごいですね、お兄様!』

『すごいだろう、先生は』

 私とお兄様は目線を合わせてニッと笑った。


「いや、しかし……零輪児で言語理解できるのか……?」


 ブツブツ言い始めるヴィーヴ先生。おお、これは研究者の匂いがするよ?


『お兄様、そろそろヴィーヴ先生も繋いで良いです?』

『そうだな。僕が忠告してから繋いでやってくれ』


 私とお兄様のアイコンタクトが終わってから、お兄様はヴィーヴ先生に声をかける。


「先生、これから驚くべき事を言いますが、驚かずに心を落ち着かせてください」

「驚くべきことなのに驚くなというのか、意味が分からん」


 もういいかな。糸ぺったん。


『どうも初めまして、リンカです、ヴィーヴ先生!』


「は?!」


 驚愕するヴィーヴ先生。


『……リンカ、繋げるのが、早い』


 あっ、早すぎた!

 お兄様が呆れた顔でこっちを見てくる!

 やめて! その目線で私の残念娘度が上がっていくからやめて!


『えっと……あははは』


『なんで説明する前に繋げたんだ……』


 はあ、と溜め息ングなお兄様。


「なんだ、声が脳内に……?!」


 そして絶賛混乱中のヴィーヴ先生。


『あはは……どうしよう、お兄様』

『……とりあえず、説明しよう』


 その後、ヴィーヴ先生が落ち着くまで、小一時間かかりましたとさ。


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