研究魔、異世界の歴史に触れる


 エスラトウス略史をエレメンタルハンドでページをめくりながら、読み進める。


 【神話時代】は記述が少ないなー。

 ま、そもそも人が存在しない時代の話だし、精霊の口伝を元にまとめてあるからしょうがないか。


 精霊曰く、『二柱の神が、この世界の有り様と行く末について言い争うようになり、そして戦いが起こった。』


 意外と人間くさい神様だねー。ギリシャ神話みたい。


『永い戦いの果て、二柱の神は相打ちとなり、海に倒れた。』


 相打ちになったのね。力が拮抗してたのかな。


『その戦いの最後、二柱が放った神の力により、世界は滅亡寸前になった。』


 えっ、滅びかけたの? 二柱とも世界の行く末を考えてたのに本末転倒だよ!


『残った神々は世界を守ろうと、自らを犠牲に神の力を抑えた。』


 うわ、残った神様はいい迷惑じゃない。


『その後、世界に神々の遺体が残り、神々戦いの影響を受けた世界は、果てを見失った。』


 ……って、神様死んじゃったじゃん! この世界は神様は不死じゃないのね……。

 世界は果てを失ったというのは、世界はずっと続く果て無き世界になったらしい。


 次は、【霊樹時代】。

 この時代も、前半は神話時代のように精霊からの口伝が主だ。


 まとめて言うと、神々の遺体から神霊樹が生え、世界を光で満たした。

 神霊樹から【樹の獣】が生まれ、大地から【地の獣】が生まれ、大海から【海の獣】が生まれた。

 

 樹の獣っていうのは、地球での幻想の動物にカテゴライズされる系統っぽい。

 霊素を自在に操り、【秘術】による圧倒的な力を行使する、神霊樹より遣わされた世界を守護する獣。

 

 【地の獣】は、【霊素】を操れない動物の総称。つまり普通の動物だね。ファンタジーが出来ないカテゴリ。


 びっくりしたのは、歴史書なのに進化論のような話が出てたこと。

 猿から産まれた人は〜とか普通に書いてあるし! 精霊さんは正直だね!


 話がずれてしまった。もどそもどそ。


 【海の獣】は海にいる魚類とか、詳しい説明はあまりなかった。なんでだろう?


 人が情報を保存するようになって以降、歴史の内容が具体的になってきた。


 人は産めよ増やせよ地に満ちよって感じに世界に拡散していき、多数の国や文化が誕生したようだ。


 もちろん、こちらの世界の人も戦争をしたらしい。


 ただし、物的資源を奪い合うような戦争は少ない。

 なぜかと言えば、世界に『果て』が無かったから。

 神霊樹を中心に、同心円状に広がっていく世界では領土問題なんて起こりようがない。

 それよりも、探索し開拓する人材不足のほうが問題だ。

 戦争なんて人が死に資源が減るだけで何の利益にもならないしね。

 そのため、この世界の戦争というものは統治者同士の諍いや、人的資源や航路の奪い合いで起こったようだ。


 意外と平和だね、この世界。


 そして、この世界の暗黒時代である【霧魔時代】。

 簡単に言えば、世界の危機だった。

 発端は、世界の端のほうに見えた、黒い霧、名前はそのまま【黒霧】。

 その黒霧は、徐々に世界の中心の世界樹に迫る。

 黒霧は樹の獣を殺し、神霊樹の枝葉を腐らせていく。

 そして、樹の獣の遺骸から【霧の王】が産まれ、地の獣を殺し、さらにその遺骸から【霧の獣】が産まれた。

 海の獣も例外ではなく、霧によって海は腐り、生活圏を脅かされていった。

 霧の王と霧の獣の総称である【霧魔】による侵攻。

 

 うわー、これはひどい。なにこのゾンビパニックのような世界の危機。

 神霊樹の枝葉が腐るってことは、世界の光も無くなっていくってことだよね。

 世界が暗くなるわ狭まるわ、生命がどんどん減っていくわ、ひどい二乗みたいな時代だよ。


 そして、ターニングポイントと言える、【英雄時代】。

 霧魔に対抗するため、この世界に生きる生命達が取った手段。

 それはなんと、地の獣である【人族】と樹の獣の王である【樹の王】達との混血を作ることだった。


 え、なにそれ異種交配?!

 どうやって子供作ったの!?

 き、気になる……。



 樹の王と人族との間に産まれた【英雄】たちは、霧の影響を受けない身体と、霊素による術の力により、霧魔を圧倒していく。

 特に、【七英雄】と【竜の娘】、【枝の賢者】が参戦した戦いは、かいつまんだだけでも、この略史では書き記す事が出来ないほどの量らしい。

 彼らの活躍によって、霧魔時代は終わりを迎えたという研究者もいるくらいだそうだ。

 七英雄に竜の娘、そして枝の賢者かぁ。これ、テストに出ますね。間違いない。


 英雄時代からコラムというか詳しく説明した欄外記事がおおいなー。

 ま、気になる部分を詳しく読めるからいっか。


 えーと、


——『英雄』とは、樹の王と選ばれし人の女子、【姫子】との間に出来た、世界で初めての【霊人種】の第一世代を指す。

 特に、七つの徴と呼ばれる【樹の王】と、七つの偉業を分かつ姫子との間に産まれし英雄は最古の【英雄】、【七英雄】と呼ばれる。

 後に、現在に続く六国の王や女王となる者達だ。


 なるほどなるほど、つまり今世での私のご先祖さまってことね。


 えーと、七つの徴はっと。


——七つの徴とは、

 秘術をもたらす角を持つ「竜」の徴

 形容をもたらす岩を持つ「石」の徴

 叡智をもたらす耳を持つ「木」の徴

 轟力をもたらす牙を持つ「牙」の徴

 繁栄をもたらす蹄を持つ「蹄」の徴

 循環をもたらす鱗を持つ「鱗」の徴

 拡大をもたらす翼を持つ「翼」の徴

 を示し、長らくこの世界を導いた【樹の王】のことを指す。


 ああ、なるほど。これが今の国名の由来になってるのか。

 あれ? 七つ? 今は六つ国があるよね?

 あ、蹄の国がない!

 もしかして……牙の国に食べられちゃった?

 あとでお兄様に訊いてみよっと。


 そういえば、私のご先祖様ってどんな人だったんだろう。

 ぱらぱらとめくり、それらしい記述を見つけた。


——「木」の徴を持つ古き樹の民の王、シャドラは、自らの相手として【神霊樹の種を盗みし偉業】を果たした姫子、ティアリス・リーンを選んだ。本来であれば、大罪人であるティアリス・リーンだったか、シャドラの懇願により罪は許され、そして二人の間には女子が産まれた。その子こそ、後に【木の英雄】、【霊樹栽培の祖】、【木の女王】と呼ばれる、カティア・シャドラである。


 ……ご先祖様の偉業って、盗みだったんだ……。

 なんかショック。

 いや、たぶんすごいことには変わりないだろうけど。

 ほら、ル○ンみたいでかっこいいと思えば……。

 もしくは神さまから火を盗んだプロメテウスみたいな?

 そもそも、神霊樹の種ってどんなモノなんだろう。


 カティアって私の名前にもお母様の名前にも付いてたから特別な意味があると思ったけど、英雄だったご先祖様から取ってたんだね。

 納得したよ。


 さて、英雄時代を読み進めていこう。


 七英雄が歴史に初登場する「スターダ島端の戦い」。

 黒霧の軍勢に対して歴史的大勝を得た「ヘリオッツ島平原の戦い」。

 七英雄のうち、【翼の英雄】が命を賭して世界の破滅から救った「マリグリラ島丘陵の戦い」。

 そして枝の賢者が参戦し、歴史上初めて霧の王を討伐した「オドラーフ島くちばし干潟の戦い」。


 特にこの「くちばし入り江での戦い」は、丸い干潟全体が盆地になるほどの大規模な戦いだったらしい。

 しかも、干潟を盆地にしたのは【木の英雄】、つまり私のご先祖様のようだった。

 なにやったの、ご先祖様……。


 その後、英雄達は大精霊と契約し、【大精霊級魔術】を扱えるようになったり、【霧払いの武具】を手に入れたり、といったパワーアップイベントを経て、霧魔の軍勢に勝利していく。

 枝の賢者と竜の娘も、彼らのサポートをしつつ、人類側をまとめたりとか、霧払いの武具から【霧払いの術】を開発したり、【術精霊】を生み出したりしたらしい。


 精霊かぁ。


 確か、私たち霊人種は肉体に霊素を貯めることが出来るようになったけど、自由に利用することが出来ないんだっけ。

 七英雄でさえも、得意不得意があったようで。

 そのため、外部から霊素を利用するための器官が必要になったらしい。

 その問題を解決するために取った手段が、【精霊】との契約。

 精霊は意思を持った霊素の集合体のような存在で、霊素を事象に変換する【術】を構成する能力に長けていた。

 ただ、術を行使すると存在を構成している霊素が減ってしまう。

 なので、霊人種が貯めている霊素を渡し、精霊に術を行使してもらうのは共生関係とも言えた。

 特に七英雄は大精霊と契約したので、世界の理を変えるレベルの術を使用できただとか。


 そして術精霊。

 これは養成精霊とも呼ばれている。

 生まれたての白精霊に人の技術や精霊の魔術を教え込み、目的に沿った精霊を作るというもの。

 この術精霊ができたお陰で、英雄の術を後世まで残せたり、達人の技術を学べるようになった。

 もちろん、霊人種限定だけど。

 しかし、術精霊として保存できたら、技術の断絶とかなくなるなんて、技術革新にもほどがある。

 これを創ったって言う枝の賢者って何者なんだろ?


 お兄様に質問してみようかな。


 私はエレメンタルハンドで本を閉じる。重厚な閉じる音が部屋に響く。


 ……やっぱり重いよこの世界の本は。

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