研究魔、先生に質問する
『それで、質問だったな』
『やっと本題……』
ちょっと疲れ気味になりつつ、私はエレメンタルハンドで『エスラトウス略史』を持ってくる。
しかし、ヴィーヴ先生はそのエレメンタルハンドで持ってきた本を手のひらで止めた。
『内容は見なくても分かる。その本のことなら何でも答えられる』
『すごい自信ありげですね?』
『ああ、それはそうだよ、リンカ。作者を見て』
作者? と背表紙に書かれた題名の下を見る。
【ヴィーヴ・ガーガリル 著】
と書かれていた。あれーこの名前どこかで。ええ、さっき聞きましたとも。
『先生が書いたの?』
『そうだ。それは俺の代表作でな。その本の内容なら誰よりも詳しいぞ?』
作者だからな、と自慢げな先生。
『ふあー、先生すごいですね! あ、すごく面白かったです!』
『はっはっは、そうだろうそうだろう』
『特に最初の詩的なこの世界の説明部分とか!』
『……そこは、ほかの歴史書でもよく使われている世界詩だな』
あら、褒めて気分アゲアゲ作戦失敗。しかたない、そのままプランBに移行する!
『でもでも、面白いのは本当ですよ。私もこの本でご先祖様のことを知ることが出来ましたし』
プランBでも褒めるしか能が無い私であった。
『ああ、ティアリス・リーンと古き樹の民の王シャドラのくだりか? あれは『姫子と樹の王物語』のなかでも人気のエピソードだぞ』
『おー、ご先祖様人気者。それも先生が書いたんですか?』
『俺がラブロマンスを書くようなやつに見えるか?』
『内容知らないのに分かるわけないじゃないですか』
『それもそうか。姫子と樹の王物語では、古き樹の民の王シャドラがティアリス・リーンに一目惚れしたという逸話を拡大解釈していてな。あとは女子のロマンス全開だ。俺には書けん』
『……確かに、書けなさそうですね』
先生は多分モテるけど彼女が出来ないタイプだ。そうに違いない。
恋する気持ちが分からない残念系だ。
『……こいつに言われるとむかつくのはなんでだろうな?』
じろり、と私をにらむ先生。
『知りませんよ!』
先生と私が顔をにらみ、むむむむ。
そこでお兄様がついに吹き出した。
そのまま私たちはお兄様をにらむ。ごほん、とお兄様が咳をした。
『俺は笑劇をしに来たのか?』
『違います違います。質問です答えてください。
【枝の賢者】って何者なんですか?』
『……そこか』
先生が苦虫を噛み潰したような声を出す。
『あら、聞かない方が良い質問ですか?』
『いや、それは大丈夫だ。それに『枝の賢者』について俺より詳しい者は一人しかいないだろう。
なんせ、俺の歴史研究の専門が『枝の賢者』だからな』
『おおおお、専門家! かっこいい!』
興奮しすぎて私の鼻がぴすぴす鳴る。
『なあ、シェル。この姫様の感性はどうなってるんだ?』
『僕に聞かれても……』
その様子を見て呆れる先生。さすがのお兄様も苦笑い。
え、そんなに変かな。
専門家ってかっこいいよね?
スペシャリストって憧れるよね?
『それでそれで、『枝の賢者』って何者なんですか?』
『わからん』
『え?』
専門家でも分からないって、どゆこと?
ハテナ顔の私を無視して、先生は言葉を続ける。
『【神の枝を持つ者】、
【英雄の導き手】、
【全て刈り伐る剣】、
【風の化身】、
【知恵を携える者】、
枝の賢者には通り名や逸話はたくさんあるが、その正体は不明だ。
種族も生まれも、果たしてどこで死んだのかも不明で、謎が多すぎて、歴史家の一部は後年で創作された人物とか馬鹿げたことを言う始末だ』
へー、存在してたけど、史実と創作が混ざり合っているのかな。
アーサー王みたいな人だね、枝の賢者って。
『俄然興味が湧いてきますね、謎の人物って』
『……なかなか見込みはあるようだな』
にやりと笑う零歳児と、それに呼応してニヤリとニヒルに笑う男。
それを見てお兄様はちょっと足を後ろに下げた。
『あ、さっきの通り名についてくわしく教えてください!』
『いいだろう。
【神の枝を持つ者】は枝の賢者の別名だな。神霊樹の枝を持っていたという逸話から来ている。
【英雄の導き手】は、まだ未熟だった七英雄の指導者、また軍師として大戦に参加したと言う伝記からだな。
【全て刈り伐る剣】は眉唾ものだが、口伝では枝の賢者が振るう輝く剣は全てを斬り伏せたという。
【風の化身】は、大精霊契約時に風の大精霊から授かった風の大霊石で風の鎧を作った事からのようだ。
【知恵を携える者】については後年、その偉業を称えて付けられた通り名だな。
現代からすると真偽を問われる内容ばかりだが』
『これだけ通り名の所以が分かってるのに、正体は分からないんですか?』
『あのな、英雄時代は千年も前だぞ?
それに【精霊破局】のせいで散失した英雄時代の資料が多すぎる』
『精霊破局?』
『なるほど、まだ【探記時代】は読んでいないようだな』
いや、それは英雄時代のコラムが多すぎるからですよ、先生。
小さい文字で某殻の中の幽霊並に書かれてたら時間掛かりますって。
どんだけ英雄時代大好きっ子なんですか。
『精霊破局ってのは、かいつまんでいうと、一人の馬鹿が精霊を虐待したことがきっかけで起こった精霊達の暴走による災害のことだ』
『精霊達の暴走?!』
うわ、ファンタジーっぽい災害だ!
『それはもうひどかったらしいが、その中でも人類史に大打撃を与えたのは、書籍の改竄だ』
『ええっ!』
そして思ったよりも深刻だった!
『精霊達の中に木の精霊がいてな。彼らは植物で作られたあらゆるものに【いたずら】をした。
木で作られた家は人が住めないほどに曲がり、木工品はその場で木に育ち、そして、木から採れた紙に書かれたあらゆる内容が改竄された。
お陰で、人類が記してきた歴史書の大半は消失、かろうじて残ったのは植物製の紙が情報媒体として使われる前の石版や皮紙、精霊達の口伝、そして精霊破局でかろうじて生存した書物、つまり生存書物だけ。これが約五○○年前の出来事だ。
補足だが、植物製の紙は霧魔時代前には発明・普及していて、霧魔時代と英雄時代の資料が一番被害を受けたんだ』
なるほど、それでこの世界の建築は石材や金属が主材料なんだね。
木の精霊達のいたずらを防いでいると。
その言葉を聞いて、私は感想を率直に綴った。
『とりあえず、その馬鹿を極刑に処したいです』
『気持ちは分かるがもう死んでるからな』
『魂も消し去りたい……』
『わかる……』
うんうん、と頷き合う先生と私。
来世も滅びれば良いと思うよ。
『お二人とも、物騒です』
この中で唯一の良心であるお兄様が釘を刺す。おっといけない。平常心平常心。
『そのおかげで歴史研究家にも仕事があるし、精霊破局から探記時代が本格的に始まった、という歴史家もいるな』
『はー、功罪相償うってわけですか』
なるほどーと納得する私を先生は片眉を上げつつ見る。
『おい、シェル、ほんとにこいつ零輪児か』
『僕もその言葉初めて聞きましたよ』
ひそひそ話すお兄様と先生。
転生とかばれたら説明がめんどくさそうだから、適当にはぐらかさなきゃ。
『辞書からですよ、辞書から!』
『ほんとかよ……』
疑いの目を向ける先生。心外な、という顔を作る私。
内心では、ばれないか汗がだらだら流れてますけどね!
話、話を変えよう!
そうだ、話を変えるついでにこの重い本について聞いてみよっか。
『そういえば、この妙に重い本の材料は何ですか? 植物が原材料だといたずらされますよね?』
『石が材料だ』
『石?!』
『石の国で生産される紙石、または頁石と呼ばれる鉱物から作られている。
蝕石インクで印刷すれば石版並に保存が出来る上、破れにくく燃えず、精霊破局が起きたとしても内容改竄が起きない。記録の保存には最高の素材だな。
ちなみに、かなりの高級紙だ。原本保存、公文書の記録、貴族向け出版物にしか使われない。
一般流通の本は今でも植物紙が主だ。信頼性は無いけどな』
『でもいくら信頼性があったとしても重いですよ……。
石版を持っているようなものじゃないですか』
『軽さを取るか、保存性を取るか、だな』
なるほど、トレードオフってことですか。
でも、やっぱりこの重さは辛いなぁ。良い方法考えないといけないかも。
今後の課題に追加しておこうっと。
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