研究魔、霊素眼を開発する


 なんで私、眼を作ろうなんて思ったんだろ。


 思い立ったが吉日から一週間、思った以上の難航っぷりに、真っ暗なむーちゃん空間で頭を抱えていた。


『バカだから?』


 隣にいたむーちゃんが何を今更と返す。

 身も蓋もないよね? こう、もう少しオブラートに包んで?


『アホだから?』


 オブラートにも包んでないよね? 形が変わっただけで中身そのままだよね?


『どうでもいいけど、あんまり長くいるなら追い出すから』


 すみませんでした。もうちょっとだけいさせてください。

 むーちゃん空間、思考整理に便利なのよね……。


 って漫才してる場合じゃなかった。


 今問題になっているのは、『眼』の構造についてだ。


 生物的な眼を再現するのでなく、機械式カメラのような眼を作ろうと頑張っているけど、霊素で光センサーってどう作るの!

 あとレンズの代わり。どうすれば霊素で光を屈折できるの?


 ……わかるわけがない。わたし、この世界初心者だし。生まれてまだ一年経ってないし。


 分からないので、現実ではぐにぐにと霊素をこねる毎日。こねるイメージこねるイメージ。

 ちなみに、眼に繋げるケーブル、つまり視神経の代わりは糸電話の糸を応用する予定。

 霊素をこねてびょーんと伸ばす。伸ばすイメージ伸ばすイメージ。

 ついでに音声だけでなく画像も送れるようになったらいいなーと思いつつ、伸ばす伸ばす。

 霊素は情報を伝える媒介にも使える——というよりむしろ、把握出来る情報を全部を伝えてしまう。

 私が胎児だった時に暴発したエレメンタルソナーも、部屋全体の物理情報(原子も波もなにもかも)を取得してたっぽいし、そりゃ脳もパンクするよね。

 現在実装している糸電話の糸は、その情報を音声のみまで絞るイメージだ。今回は逆に、視覚情報と記憶画像情報まで拡張する。

 よし、画像拡張型のテレビ糸電話完成。近くにいたお兄様に許可を取ってテストする。ぴとっとな。

 イメージするのは、お兄様のかっこいいところ傑作選。


『なるほど、音だけでなく思い起こした絵も伝わるようにしたんだね』

『そうです、便利でしょう?』

『かなり便利だ。だけど、視界全部を覆うのは不便かな。目の前いっぱいの自分の顔はちょっとね』

『あ、なるほど』


 改良の余地あり、と。某グラスみたいに、視界端に小窓を用意しようかな。いや、それは悪手だね。

 やっぱり、自分の好きなように配置できないと。

 何度か糸を作り直し、お兄様から画像を送って貰い、テストする。イメージがそのままソフトになるのは楽だね。

 ハンドサインでの呼出し、位置調整、拡大縮小、視界共有切り替えまで作って完成した。必要があるかわからない通知機能もつけておく。

 完成したスキルは、私の怪しい記憶領域に保存する。よほど間を空けない限りは、すぐに使えるはずだ。

 ……なんというか、前世でよく使ってたAR(拡張現実)チャットみたいになっちゃったなぁ。

 私が作ってるから、前世の記憶が影響するのも当然かな?


『……この術が普及したら、どれだけ世界が変わるんだろうね?』

『あははは。……みんなに神霊石みたいなのを取り付けたらできるかな?』

『検討しなくていいよ……。現実になってしまいそうだし』


 あら、残念。


 ちなみに、お兄様の『樹の民の眼』も視界共有可能と判明。便利だね。

 これも先生を生け贄に捧げて確認済み。


『便利どころじゃないだろう、俺にも霊素が視えるんだぞ。霊素を持たない純人種の俺がだ。画期的すぎて——』


 うん、便利だね。先生が喜んでくれて何よりです。


 ということで、『眼』の視神経となる伝達ケーブルと表示機能はできた。

 だけど結局、本体のカメラ部分は出来ず。

 ちょっと自分が出来ることを含めて整理しないと、難しいかな?


『諦めたら?』


 諦めたらそこで研究終了ですよ?

 というか、こういうのが研究の楽しいところじゃないですかー。やだなーもー。


『駄目だこの子はやくなんとかしないと』


 同僚から何度も言われて耳タコな台詞だよ、それ。


  *・*・*


 発想の転換って大事だと思う。


 目の前に広がる城下の景色を見ながら、私は開発の成功を噛みしめていた。


 ヒントとなったのは、私が一番最初に発現したエレメンタルスキル。


 そう、エレメンタルソナーだ。


 最初は霊素をぶっぱして反響する霊素を取得すると勘違いしていた。

 実際は微小のエレメンタルハンドを放出して周りの物理情報を取得するというスキルということが分かった。


 そう、エレメンタルソナーは『情報を取得する手を伸ばす』のだ。


 そう考えれば、後は簡単。伸ばさなければいい。

 伸ばさなければ、勝手に飛んでくる物理情報——主に大気中の原子や光を代表とする電磁波と音波を拾うだけなのだ。

 微小のエレメンタルハンドを【エレメンタルドット】と改名。

 そのエレメンタルドットを半球状に細かく配置すれば……。


 あら不思議、エレメンタルソナーの眼球バージョン——【エレメンタルアイ】の完成!


 答えって身近なところに潜んでるものよね。

 あとは伝達ケーブルに繋げて、神霊石に繋げて、と。

 エレメンタルハンドで培った移動操作も問題なさそうだね。内視鏡のごとく、くいくいっと動く。

 そのまま、ケーブルを伸ばしてガラス窓を透過し、居館の上を目指す。

 結構遠くまで伸ばせるようになったことに驚きつつ、私は屋上のさらに上を目指した。

 自分が住んでいる島の全景を見たかったからね。

 島の形は円が大きい前方後円墳のような形で、円の部分が城や居館がある王家の敷地だ。通称、シャドラの森。

 眼下には青々と生い茂る森が見えた。その中でも大霊樹様は別格で、本当に島の半分を覆うほどの大きさだ。

 前方部、つまり台形の部分は城下町、つまり首都だね。

 首都カティアの名の通り、乳白色の建物と木々と花で彩られた美しい町並みだ。

 ただ、森とは違い、街の木々に生えている葉の色は黄色から赤色を帯びていた。


 そういえば、居館の中って一定の温度で保持されてたなあ。

 シャドラの森の木々を見る限り、森全体が春のまま保たれているようだけど、どういうことなんだろう。

 お陰で過ごしやすいんだけど、すごく気になる。これも霊素の不思議ぱわーなのかな。それとも術?

 ともかく、エレメンタルアイは完成した。


 早速、目的である足の観察をしよう!

 

 エレメンタルアイを侍女さんのスカート内にすすす、と忍び込ませる。

 では、お御足拝見! 私の研究のために観察させていただきます!

 わくわくしながら、エレメンタルアイの視界窓を拡大する。


 エレメンタルアイが捉えた映像は真っ暗だった。


 そりゃそうだよ! スカートの中が光ってるわけないじゃん! 


『いーちゃんって変なときに抜けてるね』


 うるさいうるさい。


 かといって来光の刻紋を書くわけにはいかない。ばれちゃうし。

 暗視モードを今から作るのも面倒。


 私は仕方なく、眼に配置していたエレメンタルドットをスカート内に飛ばすのだった。

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