研究魔と死後の世界
すとん、と足下がどこかに着いた。
見渡すとそこは、壁がない黒い空間だった。
黒い床はふわふわ波打っていて、至る所に光るビー玉のような存在が震えている。
確か私は……うん、確か私は死んでしまったのだ。
うーん、ちょっとやり過ぎちゃったか。
ま、いっか。
研究中に死ぬのは本望だったし、私にとってはある意味幸せな死に方だったかもしれない。
いやいやいや、良くないでしょ。
まだぴっちぴちの十代ですよ、十八歳なんて、人生中途半端すぎやしませんか。
それに、あともうすこしで答えが見えるところだったのに、いるかいないかわからない神様、ちょっとひどいよ。
はあ。
まあいいや、それよりもまず、死んだのに私はなぜ記憶と意識を持っているというこの異常事態について考えよう。
たぶん、人類、というか知性体の集合意識ネットワークにある私のバックアップが私の意識を引き取って一人歩きしている状態、かな?
神の存在を調べる上で私が仮定していた、魂の物理的解釈の一つだ。
物質を介する力場の他に、情報を介するの力場があることは、すでに私は机上では存在を示唆していた。
でも、残した資料からはわかんないだろうなぁ。あの理論が残っていれば、人類の歴史は百年単位で進んだだろうに。
ともかく、私はその情報の力場を『アストラルネットワーク』と仮呼びしていた。
魂、つまり生命の存在情報は、アストラルネットワークを介して、世界の情報へと相互に影響しあっている。
そこから神さまを証明できるかなと考えたけど……、まあそれはいいや。
そして、魂のバックアップは、アストラルネットワークの波として、常に保存されている。
ただ、バックアップが常に最新状態で保持されるのは、発信源である生命が生きている必要がある。
情報の発信源たる生命活動が止まると、波は拡散され、いずれ消え去ってしまう。
ただし、例外はある。
たとえば、死ぬ間際、強力な情報の波を作った場合。
たとえば、情報の波を増幅するようなきっかけがあった場合。
たとえば、完璧な情報のバックアップを生命以外に保存していた場合。
情報の波は強くより返し、その波に乗って意識はアストラルネットワークに保存される。
……心当たりがあるなぁ。
ということは、ここはあのアストラルネットワークなんだ。
足下でふわふわ波打っているのは、私が認識した情報の波。
そして、転々として震えている光体は、生命の魂(情報源)。
ぷるぷるしてたり飛び跳ねてたり、ちょっと面白い。
もちろん、その震えている魂にちょっかいはしない。
私、死んでるしね。死者が生者に手を出したらダメですから。
でもこうして俯瞰してみてるいると、ちょっとした超越者の気分だ。
私は魂たちを踏まないように歩き出す。
死後の世界の解釈はいろいろあるけれど、これはこれで、研究者である私らしい死後の世界なのかもしれない。
星を映し出した夜の海の上を歩くように、その幻想的な世界を認識する。
一つ、光体が生まれ、震え出す。
一つ、光体が消え、波が収まっていく。
チカチカと命の営みを表現する水面を見ながら、私は歩いて行く。
そして、だんだんと私の意識はなくなっていく。
だんだんと、私だった記憶を失っていく。
楽しかった研究の結果も消えていく。
ああ、もったいないなぁ。
もっと研究、したかったなぁ。
もし次があれば……。
私は最後の一歩を踏み出す。
えっ。
急激な落下感覚。
——私は、死後の世界から踏み外した。
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