研究バカは転生しても直らない!

犬ガオ

序章

研究魔、死亡する



 私は、オタクだった。


 オタクとはいっても、サブカルに傾倒したオタクではない。

 ジャンルに特化していろいろ調べて研究して、悦になる古いタイプのオタク——研究オタクだ。

 もちろん、サブカルも大好物。ラノベもゲームも大好き。

 ただ、三度の飯より好きだったのは、研究だった。


「あともおおおすこしいいい!!!」


 私の頭脳が真っ赤に燃えるぅぅ! 答えを掴めと轟き叫ぶぅぅぅ!

 赤き猛牛よ! 我に翼を授けよ!

 襲い来る眠気など知るか! トメル○ンのストックは十分だ!


「今日こそは解ける気がするうううう!」


 大量に積み上がった、栄養ドリンクの瓶と缶、携帯食料の空き箱、カップ麺の容器、A4コピー用紙に殴り書きの定理・公式・証明、足りなくなってそこら辺の本を破って書いた新定理と覚え書き。

 見た目はゴミ屋敷、しかし、他の研究者から見れば宝の山だったであろう研究室に、私の声が響く。


「ひゃっほおおおおう! あっとすっこし! あっとすっこし!」


 片手で量子CPU搭載スパコンにリアルタイムで命令を出しながら、片手はひたすら詰め将棋のように論理を当てはめて行く。

 集中力の限界はすでに超えている。今の私は死せても真理を解き明かすもの、つまりネクロマンサー! ちがう! リッチだ!

 脳内麻薬はすでにMAX値をたたき出し、私の脳髄を抽出したら麻薬の一つ二つは作れそうな勢いだ。


 研究魔……それが私に付いたあだ名だ。


 人は、目的のため研究をする。世界の謎を解明したい、人の心を知りたい、知らないことを知りたい。

 そんな知的好奇心を満たすために研究する。

 だけど、私はそこが壊れていたらしく、目的のための方法である「研究」という行為自体が好きだった。

 世の中からは天才だと私を評価する輩はいたけど、私は声を大にして言いたい。


 私は、天才じゃない。ただの『研究』オタクなのだ。


 なので、研究できれば対象は何でも良かった。

 物理学、化学、生物学、数学、神秘学、興味を持ったらなんでも研究し、満足したら論文にまとめてぽいっと置いておく。

 そんな感じで数多の研究は地層のように積み上がり、同僚が研究魔層と揶揄するバベルの塔はできあがっていた。

 そんな研究大好きな私だけど、さすがに物理的制約で時間のかかる研究は手が出しづらい。

 生物を育てるのも、天文台で星を眺めるのも好きだったけど、そういうのは老後の楽しみに取っておくことにしていた。

 なにせ、自然科学の基礎理論だけでも興味がいっぱいあったのだ。こっちを飽きるまでやっても良いじゃない?

 だけど、それは間違いだったかもしれない。

 私は、その研究テーマに出会ってしまった。


 『神の存在証明』


 それは、悪魔の証明とも言えるものだった。



 『神はいますか、いませんか』



 なんの信仰心もない日本人なら、「いません」と答えるこの問題。

 しかし、証明はできない。なぜならば、『神』を定義できていないからだ。

 神とは何か。人が作り出した妄想か、自然発生した宇宙の確率か、それとも、超存在か。

 多数の仮定とこの世界の真理を解き明かした果てにある『神』、その先にある存在証明。

 存分に研究できる、終わりなきテーマ。

 私の十代の青春は、これに捧げられた。


「ここまでは、予想通り! あとはHALちゃんの計算結果を待って……お願いだから『生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え』なんてオチはやめてよぉー!」


 即席で解明した物理理論で埋め尽くされたコピー用紙をばばっと払い、私はディスプレイを見つめる。

 ガクッ、と頭が下がった。

 そろそろ、貫徹七日目。十代という若さを生け贄にしても限界が近い。

 ディスプレイを注視しつつ、机の上に常備していたカフェイン剤をカプセルケースから取り出し、口に入れてボリボリ、同僚のお土産にもらった海外版の怪物ドリンクで流し込む。


 ゆっくりと、計算進捗のシークバーが右から左へ進む。


 緊張で心臓が高鳴る。


 50%


 手が震えて、汗が出てきた。


 75%


 息も荒くなってくる。


 90%


 集中しすぎなのか、目の前が昏くなってきた。


 そして計算結果がはじき出される。


 ——私はその計算結果を見ぬまま、死んでいた。


 死因は、たぶん、カフェイン中毒による心不全。

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