第46話 少女の瞳に映るのは

 影の塔の最上階で聡次郎と合流した綾斗は、レムがいるという本社ビルの研究開発部へと案内された。

 

「プロジェクトの成功のために協力を惜しむつもりは無い。だが、レムをアドベントさせるのは難しいだろう」


 終始何か言いたげな面持ちで同行していた聡次郎はついに堪え切れず本心を打ち明けた。

 

「それは俺も分かっています。ただ、出来る事は全てやっておかないと後悔しそうな気がするんです。……嫌な役回りをさせてしまってすいません」


「いや、それは気にしなくていい。私としてもレムと綾斗くんが何かをきっかけに友好関係を築いてくれればと思っている。話をするきっかけが仕事の内容なら、レムも断りにくいだろう」


 そう話したところで部署の入り口にたどり着く。


『Automatically Generated Online(仮)』


 レムが開発に成功したという世界初オンライン型VRインターフェースと同時に発売されるMMORPGの仮タイトルだ。


「半年後の発売に向けて最終調整中だ。レムの仕事は監督官といったところか。まず私だけで掛け合ってみるから綾斗くんはここで待っていてくれ」


 頷き、綾斗はラウンジのソファーに座って待った。


 よほど説得に時間が掛かっているのか、聡次郎が戻って来る気配はなく、時計を見る度に焦りが募る。


 ――多少強引でも有無を言わさず突撃してみるか。


という無謀なアイデアまで浮かんできた頃、遂に白衣の紳士が姿を現し、その爽やかな顔で「待たせたな。さあ、入ってくれ」と招き入れた。


 部屋の中では職員達がパソコンを睨みつけながら高速でキーを打ち込む姿や、プレゼンの時に写真で見た次世代VR機が幾つか視界に飛び込んできた。


 次世代機のスペック等々が気にならないと言えば嘘になるが、今はそれどころでは無いと逸る気持ちを隠す様子もなく、レムのオフィスルームへと直行。

 聡次郎に続き、部屋に入る。


 自動開閉式のドアが閉まると、聡次郎は外側からは開けられないようにマスターキーカードをかざし、ロックをかけた。完全に外と遮蔽された密室の出来上がりという訳だ。


「それで御用とは何でしょうか?」


 穏やかで落ち着いた声。といった印象を受けるが、少女の視線は手元のモニターに向いたまま。作業しながらなら聞いてやる、と言わんばかりだ。


 綾斗にとって冷遇は予期していた事。だが、自分より年下の少女にされると予想していても堪えるものがあり、勢いがそがれる。


「忙しいので単刀直入にお願いできますか?」


 またも視線を合わせずに放たれた言葉。時間が経てば経つほど不利だと判断し、言葉の駆け引きなど後回しで綾斗は答えた。


「もう一度エデンの東にアドベントしてほしい」


 カタカタとキーボードを打つ音だけが響く。


「……なぜですか? と答えるところですが、事情は既に父から聞いています。その上でお答えします――」

 

 わざとらしい間を空けて、


「――嫌です」


 と無感情な声で言い放った。


「父がどうしてもと言うので直接話しただけです。一応これも仕事の内ですから。それが果たされた今、あなたと話す理由はありません。お引き取り下さい」


 ――そう簡単に引き下がれるか。


「しかし、お前がいないと――」


「他に方法があるはずです。それに、お姉さまの御報告を伺う限り、プロジェクトは好調です。きっとお姉さまもそうお考えでしょう。あなたが一人狼狽えている理由が私にはさっぱり理解できません」


 ――っく……。何も言い返せない。


「即刻にお引き取り下さい。もう時間が無いのでしょう? あなたの身勝手な行動でお姉さまの苦労を台無しにするようなことがあれば、私はあなたにさらに強い嫌悪を抱くことでしょう」


 レムは冷静な口調を保っているが、あと少しで瓦解してしまう。

 それをひしひしと感じながらも、綾斗は食い下がろうとした。


「俺は――」


 ダンッ!


 突然の机をたたく音に言葉が途切れた。


「こうしてあなたと同じ空間にいるだけで、私は気が狂いそうになるのです! さっさと出て行ってください!」


 レムは勢いよく立ち上がり、出口を指さした。


 その時、初めて目線を交わしたが、レムの瞳にはあの時の様に涙が浮かんでいた。それが、『論理的思考だけでは抑えられない感情があるのですっ!』と訴えているようで、綾斗は直視できなかった。

 

 結局、聡次郎に促され退室した綾斗は、辛酸しんさんを舐め切った顔で強い敗北感にさいなまれた。


 ――初めからこうなると分かっていただろ⁉ レムが言うようにエソラが介入してからプロジェクトは順調そのもの。俺は一体何を焦っていたんだ?


 もはや、レムに掛け合うという選択をしたことさえ愚かだった思える始末。


「すまない。まだ時期ではなかったようだ。レムは私が後で嗜めておくから、安心してくれ」


「いや……俺の方こそすいませんでした。焦るあまり余計な事をしてしまったようです」


 聡次郎は否定も肯定もせず、口を引き結んだまま深く唸った。

 彼から見てもレムとの交渉は時期早々であり、突発的な行動に映ったのだ。


 それを沈黙から読み取った綾斗は、ある種の気持の切り替えがつき、今すべきことへ集中できた。


 エソラ、そしてヴィアンテが待つ異世界へ。


 宣誓の儀まで残された時間はもう幾ばくも無かった。

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