第10話(旧第10話前編) 旋風の檻
翌日はまだ薄暗い夜明け前に目が覚め、寝ぼけ眼のスグリと一緒に日の出を拝むことになった。
始祖山の切りたった頂から太陽が昇り始め、朝焼けに染めていく。
この世界の特性上、始祖山を挟んで西側からは朝焼けを見る事が出来るが、日の入り時は浄化の光とともに一瞬で夜になる。
逆に東の果てにあるオートレデンから見れば浄化の光とともに朝が訪れ、始祖山に夕日が沈むことになる。
光の海、天動説、モンスター、共鳴術。
――どの角度から見てもファンタジー世界と呼ぶにふさわしい、と思っていた。軍から借り受けたビークルを見るまでは……。
綾斗の予想では荷車を四足歩行の生物が牽引するというもの。
しかし、実際に目の前にあるのは無機的な機械仕掛けの箱。
バスのような形で大きな窓が幾つもあるが、車輪は無く砂漠に
それがいざ起動すると静かに唸るような駆動音とともに宙に浮き制止したのだ。
その光景はファンタジーではなくまごうこと無きSF。
「これはホバービークル。みんなが『ホバービー』と呼ぶ乗り物です。共鳴術で電流を流す事によって誰でも簡単に起動する事ができます。もちろん、操縦にはテクニックが必要ですが」
起動させたスグリ本人が昇降口から顔を覗かせる。
巻き上がる白砂を浴びて綾斗は唖然としていた。
――どう考えてもオーバーテクノロジーだろ。
「これは前人類の遺物か何かか?」
「いえいえ、綾斗殿。正真正銘レベナル製です。首都のオートレデンにはリニアモーター駆動の環状線もありますよ」
綾斗の質問に答えたのはガリレジオ。
振り向くと彼の後ろに三人の騎士の姿。彼らにの容姿に綾斗は見覚えがあった。
――確か四人組だったはずだが……。
「綾斗殿としては不服があるかもしれませんが、こ奴らがどうしてもと聞かぬのでどうかお許しを」
先頭に立つのは燃えるような赤髪ウルフ。
「片手剣騎士のレイドです。昨日は失礼いたしました。無礼をお許しください」
片膝をつき頭を垂れる姿は服従の証。同一人物とは思えない程の礼儀正しさ。
「本人もこう言ってますんで、どうかチャンスを」
レイドの頭を後ろからぐいぐい抑えつける様にして一緒に頭を下げる黄金色ショートへアの長身男性。年は一個上程。
「こら、ジャスティン。まずは名乗らぬか!」
ガリレジオにダメ出しを受けるも妙におどけた調子で敬礼を決めて一言。
「はいっ、俺はハルバート使いのジャスティンっていいます。この部隊のお目付け役ってとこです」
「お目付け役? トラブルメーカーの間違い」
可愛らしい声の主を捜すが見当たらない。
――まさか、ジャスティンの後ろに控える全身に鋼鉄の鎧を纏った重戦士か。
ヘルムの奥の眼光だけが不気味に光った。
「グレゴーリ、どいて、被ってる」
重戦士の影からひょっこり現れたのが本物の声の主。
低身長で見た目も幼いエメラルドグリーンのもさもさセミロング。
「私は共鳴術士のファロム。私が年長者だから、私が隊長でお目付け役」
――は? 年長者? どう見ても最年少にしか見えない。スグリよりも明らかに年下に見えるのだが。
眠たそうな瞼に小さな顎。声も寝ぼけた子供のように虚ろで、平坦な感じがどこかエソラを彷彿とさせた。
「綾斗様、気をつけて下さい。ファロムはこう見えてやり手です。『空回りする淫魔』の異名がありますから」
「ジャスティン。空回りは余計」
――淫魔は否定しないのか。その幼児体系でどう異性を誘惑するのか……。
少し背徳感漂う興味を抱きながらも綾斗はスルーした。
「それで、そちらは……」
まだ一言も発していない重鎧戦士に話を振るが返答は無い。それどころか凝り固まったように微動だにしない。
「そいつはシールドアックス使いのグレゴーリです。極度の恥ずかしがり屋で人前ではほとんど喋りませんし、鎧を脱ぐことも滅多にない変わったやつです」
ジャスティンの紹介に合わせて微妙に頷いたような気がしたのでそれを挨拶と受け止めた後、「よろしく頼みます」と言いかけ、まだお礼を言っていない事に気付き、頭を下げる。
「昨日はドラゴンから助けてくれてありがとうございました。あなた達が同行してくれるなら心強い。どうかよろしくお願いします」
――一見ヘンテコに見えるパーティーだが、実力は昨日目にした通り。たった四人で最強種のドラゴンと対等以上に渡り合える人達だ。
綾斗が伸ばした手をレイドが代表して握り返した。
「恩があるのはこちらの方です。もし、暴走した共鳴術で誰かを殺めていたら自分の命はありませんでした。後悔はさせません。死力を尽くします」
掌から伝わる熱がとても頼もしく思えた。
レイドは心を入れ替えた訳ではない。警戒心が強いだけの本当は良いやつ。時々その生真面目すぎる性格と思い込みで暴走してしまう事があるだけ。
昨日の仕合で綾斗の力を認めてくれたのだ。
そう言った意味でも昨日の仕合はとても意義のあるものだった。もちろん、もう一つの収穫である『サイトヴィジョン』と『共鳴術を無効化する力』を実戦で使える様にするのが重要な目的であることは言うまでもない。
「彼らに作戦内容は伝えてあります。後はビークル内で情報共有を」
ガリレジオが急かすのも無理はない。時間的余裕が無いのだ。
そこは共通認識であるようで、みな次々にホバービーに乗り込んだ。
搭乗が完了するとガリレジオと騎士四名は姿勢を正し敬礼。
「第七師団第三部隊に告ぐ! シュバリエの名に懸けて綾斗殿とスグリ殿を安全にメイソン氏の元までお連れしろ!」
「「「「ウィ、ムッシュ!」」」」
四人の声がピタリと重なる。
レイドが操縦席に着き、短い共鳴術を唱えると機体がさらに数センチ浮上し、エンジン音を高くする。
「ご武運を!」
その駆動音に負けない程の声を張り上げるガリレジオに手を振ると、ホバービーは水平方向に加速。
緩い
スグリに言われ、シートベルトを装着するとさらに加速。最高速度の時速百キロまであっという間に到達した。
「なるべく平坦な道を通りますが、少々揺れると思いますのでお気を付けください」
レイドのアナウンスの数秒後に体がふわりと浮き上がり肝を冷やした。
穹窿を飛び越えたのだろう。着地の衝撃に備えたが、僅かに下向きの重力がかかるだけで、バスよりもはるかに快適なものだった。
移動時間を利用して隊員各位の能力について情報を得た。
レイドはフォトンとの親和性が高く、光や電気系統の術が得意で片手剣に熱、氷結、電撃などの属性を付加して戦う。
ジャスティンはバランス型で逆に言えば突出した才能は無いが、騎士ならほぼ誰でも使用できる重力子系統の加速術『アクセラ』と減速術『ディセラ』の発動タイミングが秀逸で、超高速かつ重たい突きを持ち味としている。
グレゴーリは主に盾役で減速術『ディセラ』で速度を落とす代わりに吹っ飛びに強く、ドラゴンの攻撃でさえ受け止める。
最後にファロムだが、特にウィークボソンとの親和性が強く、爆炎、氷結、雷撃などの上位攻撃呪文だけでなく皮膚効果などのサポート系の術も使える万能型魔法使いと言ったところだ。
綾斗はファロムから爆炎『プロミネンス』の詠唱を教わったが、長文かつ難解でとても一朝一夕で覚えられるものではなかった。
詠唱は全て神聖語(フランス語)だが、最後に神聖語から派生した古代語(主に英語)で技名を言うのが通例。これは周りに術の内容と発動タイミングを知らせる為であり、仲間への誤射を避ける配慮だ。
綾斗は万が一の事態に備え、詠唱呪文は覚えられなくても、せめて技名と大まかな特性だけは把握しようと、到着までの間は仲間が使用できる術式を可能な限り覚える事に励んだ。
窓から覗く景色は代わり映えの無いものだったが、いつの間にか砂粒が石ころに、石ころが岩に。そして巨岩と呼べるものが視界にちらつき始めたころ、茶褐色の地面が辺りに広がっている事に気がついた。
「レイド。ダストデビルに捕まるなよ」
「まかせろ。安全なコースは何度も確認した」
――ダストデビル?
それは現実世界においては火星に吹き荒れる竜巻の名称。
っと、右舷を何かが通り過ぎた。
「ひゅうっ、今のはかなり際どかったな。本当に大丈夫か?」
「大丈夫、ジャスティン。いざとなったら私が吹き飛ばす」
レイドの援護に立ち上がったのはファロム。
突き出された小さくか弱い掌の先が示すのは荒れ狂う竜巻の群れ。
高さ二百メートルは裕に超え、巻き上げた土埃が太陽光を遮り、黒い影を纏うその異形はまさに悪魔と呼ぶにふさわしい。
ホバービーの進行方向に縦横無尽に駆け抜ける黒き疾風は明かに人間の進入を拒んでいるように見える。
「おい、まさかあれに突っ込むのか⁉」
綾斗は立ち上がり、声を張り上げずにはいられなかった。
――自殺行為としか思えない。もしそのつもりなら俺はここで降りる。
「大丈夫です。ファロムさんがきっと何とかしてくれますから」
ニコリと微笑むスグリは能天気にしか映らない。
――本当に大丈夫なんだろうな⁉
そう突っ込みたかったが、ジャスティンとファロムがにやにやとするものだから、一人だけうろたえるのも馬鹿馬鹿しくなって、グレゴーリの横にドサッと腰を下ろしフンッと鼻を鳴らす。
「ファロム、準備はいいか?」
「いつでも」
レイドは頷くとさらに速度を上げて告げる。
「三十秒後にインタラクト」
それを合図にファロムはうっとりとした表情で呪文を唱え始める。
「コンバーティラーゾーテン・ニー・トーロウジェン…ルミエール・ディコレクション…ブルレール・トゥ・セラ……」
――聞き覚えのある呪文。そう、確か……。
「……プロミネンス」
瞬間、地面から噴き出すように燃え上がる爆炎。
竜巻たちは尾っぽに火がついたみたいに暴れ狂う。
あっという間に天へ向かって爆破が連なり、根こそぎ持っていかれる形で消し飛ぶ。
嵐の割れ目に晴れわたる快晴の空。そこをビークルは悠然と突っ切った。
「……気持ちいい」
大人の快楽を早く知りすぎた子供のような退廃的な表情を浮かべ、ファロムは「んはっ」と甘い吐息を漏らし身をよじらせた。
「ファロムのエスは『快楽』。あれがあいつの本性なので気をつけて下さい、綾斗様」
ジャスティンがそっと耳打ち。綾斗はゴクリと生唾を飲み込んだ。
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