第10.5話(旧第10話後編) ポテンシャル


「綾斗、あれを見て下さい。荒野のキャラバン『ストームウィード』です!」


 土煙除けの簡素な布地で周囲を取り囲み、ドーム型の移動式テントが軒を連ねる小規模の集落。

 大規模なサーカスの一団のような佇まいだが、華やかさは無く、周囲の土色に溶け込むような茶色、肌色、白を基調とした地味な配色。

 一見防衛力に欠けているようだが、ダストデビルに周囲を取り囲まれ、進入するには自然の猛威を退ける程の力がいる。


 つまりはモンスターには突破できない旋風の檻に守られているという事だ。


 レイドの操縦するホバービーがキャラバンの入り口に到着し、下車。先導するレイドが僅か二人の見張りに敬礼し、六人はキャラバンへの入場を許可される。


 集落に足を踏み入れて間もなく、何処からかゴーッという連続音が耳朶を打った。

 ダストデビルからは既に遠く離れているので風の音ではない。

 綾斗はあたりを見回しながら、騎士達の後に続く。


 キャラバンとは行商の意。その名の通り簡素とは言え、商店が軒を連ね、店先には新鮮な農作物が陳列されている。

 静かに賑わう場景はとても平和的でそれはとても良い事なのだが、綾斗の頭の隅にふとした疑問が浮かんだ。


 ――品物は一体何処から?


 ストームウィードの規模は明かに白砂の要塞よりも小さいが、物資は潤沢。おまけに今朝採れたばかりのような水々しいトマトやキュウリ、ふくよかな赤々としたリンゴたちが台車で運ばれてきている。


「なあ、スグリ。共鳴術は食料も精製できるのか?」

「えっ? んーとですね。確かにウィークボソン系統であれば錬金術のような事が可能ですが、それは主に無機物や単純な組成の物だけです。複雑な有機物の生成となると、ほとんど神の御業ですね」


 ――ふむ。だとすればこれらの作物はここで栽培している事になる。


 見たところ土は痩せていて栄養分など皆無。


 だが、商店街を越えたところで答えが出た。

 さっきから聞こえていたゴーッという音。それが一気に強くなる。


 そして乾いていたはずの空気に水しぶきが舞った。


「これは……畑か?」


 地面に逆ピラミッドで型を取ったような、段々畑が地下へと続く。

 地底を流れるのは川と言うには可愛すぎる水平に迸る瀑布。


 ――氾濫はんらんしないのが不思議だが、そこは共鳴術でコントローしているのだろう。


「凄いでしょう? この荒野の地下には幾つもの水脈があるのです。その水源は始祖山の中腹の真水と塩水の二つの湖。そこから溢れ落ちた水が肥沃な森で幾つもの川を形成し、地下の水脈へと続きます。つまり、たっぷりの栄養を含んだ水源が荒れ地の地下に眠っているのです」


 両手を掲げしぶきの中で踊るスグリ。


「地下にあるものをどうやって掘り当てたんだ?」

「そう! それがメイソン様の偉業なのです。畑の周りを見て下さい」


 赤々としたリンゴを実らせた木々が点々と取り囲む。


 ――わざわざ森から採取して植林したのだろうか。


 だが、綾斗の予想は間違っていた。


「このリンゴの木は元々この土地に生えていたものです。リンゴは生命力が高く、やせた土地でも根を地下深くまで伸ばし、水源にたどり着いたものが群生します」


 それで納得した。


「……つまり、逆を言えばリンゴの木が密な場所に水源がある」


 スグリは飛び跳ねて喜んだ。


「その通りです! 今となっては当たり前の事ですが、それを発見したのがメイソン様。おまけにダストデビルの自然の防壁まで兼ね揃えた土地に人々を導き、今では農作物の殆どがこのストームウィード産です。段々畑にすることで照射時間と水量を調整しているため、多種多様な作物を育てる事が出来ます」


 スグリの話を聞く限り、メイソン牧師と言うのはかなり聡明な人物の様だ。


「それでその牧師様はどこにいらっしゃるんだ? 一刻も早く共鳴術を教わりたい」

「あそこです。あの教会です」


 畑を挟んだ向こう側に、白い建物が見える。

 白砂の教会と同じ三角屋根の建物で集光レンズも設置されているが、材質は白樺のような朽木で風が吹けば崩れそうなほど脆弱な作りだ。


 一行は畑を迂回しながら目的地へと向かう。


 爽やかな空気とリンゴの甘い香りが漂う道を通り抜けたところでスモークの香りが鼻についた。


「この匂いは?」

「たぶんメイソン様です。教会の傍の小屋で火竜肉の燻製くんせいを作っていらっしゃるのでしょう」


 スグリの言葉を頼りに若干の軌道修正。


 教会に隣立する掘っ立て小屋。小窓付きのドアの前に立ち、綾斗がノックする。


「すみません。メイソン牧師様、ガリレジオ師団長の紹介で伺いました。俺の名前は龍崎綾斗。魔女打倒のために共鳴術をご教授下さい」


 綾斗はかなりへりくだったつもりだった。だが、返答は、


「帰れ。魔女打倒などという虚言を吐く者に教えることなど無い」


 スグリに「どういうことだ」と細目で訴える。


「メイソン様。綾斗はエソラ様と同じく光の海の向こうから来られた神族。魔女打倒のためどうかお力を――」


 小窓がさっと開き、鋭い眼光が覗く。皺の刻まれた目尻に威厳が漂う。


「スグリか。確かに、エソラ殿の才能は群を抜いておった。あのヴィアンテ様を凌ぐほどじゃ」

「ならば、どうして――」


「それでも魔女を倒す事は敵わん。直接対峙したワシじゃから分かる。例え神族でも『悪魔』には敵わんのじゃ」


 メイソンは食い下がるスグリの声を勃然とした剣幕でねじ伏せた。

 語尾には怒りよりも憂いの色がなびいていた。


 一同は閉口したが、レイドだけはむしろ、火をつけた様に吼えた。


「綾斗様なら魔女を倒せます! 共鳴術を使わず俺を倒したのですから!」


「共鳴術を『使わない』じゃなくて、『使えない』が正しいけどな」

「ジャスティン! 余計なことを言うな!」


 ――なんだこのやり取りは……。


 綾斗は文字通り頭を抱えた。


「はっはっは、共鳴術を使えずにどうやって魔女と戦おうと言うのじゃ。付け焼刃で共鳴術を覚えたところであの強大な力には敵わん。自殺幇助を請け負うつもりは――」


「待って。いくらメイソン師でも、それは判断が早すぎ」


「その声はファロムじゃな。お主が意見するとは珍しいな」


 一同の視線がファロムに集中する。繋ぎとめたメイソンの好奇。


 ――頼む、ファロム。なんとかしてくれ。


「綾斗様は……マクスウェルの悪魔」


 たったその一言で良かったのだ。

 少女の口から漏れた吐息が頑固な老人の固定観念を打ち破った。


「何じゃと⁉ ならばあの預言の解釈が……いやいやいや、ファロム。お主は儂を――」

「からかってない。事実。疑うならメイソン師の事嫌いになる」


 奇妙な間が空いてからドアがゆっくりと開いた。

 姿を現したメイソンは紺色と紫を基調にしたローブ姿で、豊かな白髭と結った長髪で如何にも大魔導士といった風体。

 ただ、両手を挙げて降参の意を示しているところが、何とも情けない。


「悪かった。若者の話を直ぐに否定するのは年寄りの悪い癖じゃな。取りあえず教会で話を聞こう」



◇◇◇


 それから場所を聖堂に移し、現状報告。

 スグリから事のいきさつを聞いたメイソンは飛び跳ねそうなほどに驚愕きょうがくした。


「エソラ殿が魔女の手に落ちたとは……。それで綾斗殿がこちらの世界に来られたという訳ですな。しかし、フィブリルが見えるとはとても信じられませぬ」


 ファロムが一睨ひとにらみするとメイソンは咳払い。


「オッホン。まあ、時間的余裕が無い事は分かりました。しかし、そんな時こそしっかりと手順を踏まなければなりませぬ」


 そう言って祭壇さいだんから小さな楽器のような物を取り出した。


「それは笛……ですか?」


 笛と言っても、先端に四つの平行する弦が張られており、弦楽器という可能性も捨てきれない。ただ、手前にリコーダーの口のような形状を認めるため、笛と判断したに過ぎない。


「これは神器『析出せきしゅつのオンジスター』。神器とは古代の神が造られた現代の技術では再現不能の超物。エスを満たした状態でこの神器を吹くと、四つの基本の力に対応する弦が振動します。その振れ幅から各系統の適性を知ることが出来るのです」


 綾斗は差し出されたそれを片手で受け取る。


「待って下さい。綾斗のエスはまだ――」


 綾斗はもう片方の手でスグリの進言を止めた。


「いや、今ならできるかもしれない」


 神器を口元に当て、瞑目する。


 ――サイトヴィジョンを発動した時の事を思い出せ。


 それは背後で起き上がったレイドに気付き戦闘態勢に入った瞬間だった。

 S.C.Sにおける戦闘態勢――それは怒りとは真反対の感情。すなわち、凍り付く程の冷徹さ。


 整った呼吸のまま、ゆっくりと息を吹き込んだ。


「おお、これは……」

「……何て美しい音」


 メイソンとスグリは声を出して驚き、騎士四人は目を瞑り酔いしれる。

 単音だが深みがあって透き通るような清浄な音色。

 不思議な事に息を吹き込むのを止めても、笛の音は響き続けた。

 そして音が光へと昇華したように宙に紋様を描いていく。


 綾斗がちらとメイソンの顔色を伺うと顎が外れんばかりに驚愕していた。


 ――何か秘めた才能があるのだろう。そうでなければ不公平すぎる。エソラだけがチート級の才能を持つなど。


「それでどうなんですか、結果は」


 綾斗は期待に胸を膨らませながら問う。


「あー何というか……こんなパターンは……見た事が無いんじゃ」


 どうも煮え切らない解答。


「つまりどういう事ですか。はっきり言ってください」


「そうじゃな。この際、はっきり言おう。総合的に見て綾斗殿の共鳴術の才能は――」


 誰もが息を飲んで良い答えを期待した。


 だが結果は、


「絶望的じゃ」


 ――嘘だ……ろ……。


 世界が揺らぐほどのめまいに襲われ、倒れそうになる。


「絶望的とはどういうことですか! 綾斗様は確かに俺の術を見切って素手で消し飛ばしたのです! それが非凡な才能だとは言わせません!」


 激昂したのはレイド。

 相手が目上の者であっても憶する事無く意見する所は立派だと綾斗は感心した。


「まあ、落ち着け。あくまで総合的にと言ったんじゃ。この四つの弦を見るのじゃ。三本は全く振動しておらんが、一本だけありえない程に振れておるじゃろ。その一本とはフォトン。他の三つの系統が絶望的な代わりに綾斗殿のフォトンの才能は群を抜いておる。恐らくエソラ殿以上じゃ」


 全員が固まった。


 綾斗自身も反応に困った。喜んでいいのか嘆くべきなのか判断に困った。


 ――たった一つでもエソラを凌ぐ才能がある事は喜ぶべきことなのだが……。


「三つの系統が使えないとなると、その……すごく……困るんじゃないですか?」

「困ると言うレベルではない。なんせ共鳴術の殆どは四つの系統を様々な程度で組み合わせたものがほとんど。つまり純粋な光系統の術以外は使用できませぬ」


 それ以上聞くのが恐ろしくなったが、現実逃避するわけにもいかず、震える声で問う。


「純粋な光系統……と言うと?」


「誰もが使用できる超がつく程の入門術。レイ・ストライトのみじゃ」


 逆に笑えそうな現実。


 実際、お調子者のジャスティンは一瞬笑いかけたが事態の深刻さを理解して押し黙った。


「それはおかしい」


 突破口を開いたのはまたしてもファロム。


「綾斗がレイ・ストライトしか使用できないなら、あの技の説明がつかない。……サイトヴィジョン」

「そうだよ、そうそう。俺もそれを言おうとしたんだよ」


 ジャスティンの言葉は軽く受け流してメイソンが答える。


「その通りじゃファロム。その矛盾にこそヒントがある。すなわち綾斗殿の固有術は純粋な光系統という事になるんじゃ。そして純粋な光系統という事はレイ・ストライトと同様に無詠唱で発動可能。つまりはもう習得しとるも同然という事じゃ。まあ、言うよりも実際に試してみた方が早いじゃろう」


 メイソンの提案により、場所をキャラバンの外に移し、デモを行う事になった。

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