第26話 一休み
空の支配者をいとも簡単に
――いや、もともとこの仕事にそこまで
そんな事を考えている間に目的地であるデザートコールに到着した。
デザートコールは白砂の
綾斗達が要塞内で空を仰ぐと澄み渡る青空がいっぱいに広がった。
デザートコールは本来、石膏を鋼鉄で裏打ちした
サーヴァントとは魔女に悪意を植え付けられたレベナルの騎士達の事を指す。それが魔女に次ぐ脅威だったのだが、今はもう魔女もサーヴァントも存在しない。
「修復が終わってないってことは、やっぱりまだ復興は進んでいないみたいね」
「そうだな」
綾斗もちょうど同じことを考えていた。
砂漠地帯は最強種のモンスターであるドラゴンの生息域。それをこんな状態で放置しているのだから、事態はかなり深刻なようだ。
そして町の様子を伺いながらブラブラと歩く。
すれ違う人々はみな、同じような反応をする。
綾斗達の輝かしい白装束を目にとめた瞬間、
ありがたやー、ありがたやー。
そしてあるものは、
「神様が降臨なされたぞ!」
と輝かしい表情で歓喜の声を張り上げ、それを聞きつけた
一か月前にアドベントした時は首都の中心部へ殆ど直行したのでこんな熱烈な歓迎は受けなかった。
人に称えられるのはどちらかと言えば悪い気はしない。だが、これでは身動きが取れない。
綾斗がそう思った時、目の前でエソラが腕をすっと伸ばした。
「
の一言で一同沈黙。完全に民衆の心をコントロールしている。
「私達がこの世界に来た目的は王国の再建を手伝う事。だけど先のドラゴンとの戦闘で疲れてしまったの。何処か落ちついて休める場所を提供してくれる徳の高い人はいないかしら?」
すると六人が一斉に挙手。
エソラは「ちょろいでしょ?」とでも言うように片目を細める。
――はあ……、
そしてさらにエソラは条件を絞っていく。
「……そうね、出来れば個室ジャグジー付きで、ムードのある照明や二人並んでも十分な大きさのベッドがあって、激しく揺らしても決して音が外に漏れないような部屋が――」
「待て、お前どこで何をするつもりだ⁉」
「もちろん休憩所で休憩よ」
「本当か?」
――どうしても別の物を
「静かな場所で6時間ほど休むつもりよ。今すぐオートレデンに向かっても十二時間の時差で真夜中だから。それに現実世界の私たちは本来寝ているはずだし」
「……まあ、そう言う事なら」
――だが、そんな部屋が都合よく見つかるだろうか。
挙手していた人たちが残念そうに手を下げていくが、一人だけ猫耳の娘がおずおずと手を上げ続けていた。
「あの……、大きいベッドがある静かなお部屋ならご用意できますが……」
「ならそこでお願いするわ」
「ただ……一部屋しかございません」
「一室あれば十分よ」
◇◇◇
そうして俺とエソラは外れにある一戸建ての宿を借りる事になった。
この要塞内の住居はいずれも背の低い建物で、その可愛らしい見た目と同じく部屋の内装も落ち着いた雰囲気だった。
心底ほっとした綾斗は、宿主が出て行くなり無言でベッドに飛び込んだエソラを見下ろしていた。
フカフカのベッドにスリスリと顔を埋めるエソラ。
「何やってんだ?」
「何って綾斗くんと――」
密室で二人っきりでテンション上がってのぼせた顔を誤魔化すためにベッドに飛び込んだ、なんてとても言えなかった。
「……いえ、疲れていたの」
「そうか」
――確かに本来なら寝ている時間だ。
外は明るいが睡眠リズムには逆らえない。いわゆる時差ボケと言うやつだ。
ログインした時は少し眠気が収まった気がしたが、ドラゴンとの
日光の当たる場所から静かで居心地のいい場所へ移動したことによって睡眠欲が目を覚ましたようだ。
「私はこれから眠るけど。綾斗くんはどうするの?」
体はうつ伏せたまま、顔だけをこちらに向けてくるエソラ。
「私は一緒に寝ても構わないのだけれど」
瞼を薄く閉じた挑戦的な表情が妙に
ふと思い出してしまったエソラの匂い。
それが今部屋一杯に漂っているような気さえする。
「なら――」
――俺も隣で、なんて言える訳が無い。
「……俺はまだ眼が冴えてるから、もう少し町の様子を見てくる」
綾斗はあくまで淡々とした口調でそう言い残し部屋を出た。
パタン、と扉を閉めた瞬間に溜め込んでいた空気を一気に吐き出し体の緊張を解く。
僅かに乱された呼吸を悟られぬように、肩や胸郭の動きさえも押し殺していた事を、綾斗は不思議に思った。
◇◇◇
宿屋で無料で貸し出していた砂除けのレザーマントを羽織って町へと繰り出した。
こそこそする必要も無いのだが、また足止めを喰らうのも煩わしいので、目立たぬように路肩を歩く。
――どうして俺は浮かれてしまっていたのか。
二ヵ月前とは違い絶対的な時間制限が無いためか。それにしても
軒を連ねる商店に並ぶ野菜や果物は二ヵ月前と変わらず痩せていて色も悪い。数も決して十分とは言えない。
道を行く亜人たちも表情こそ明るいが、頬はこけている。幸い子供たちは元気そのものだが、恐らくそれは大人たちが食料を優先して回しているからなのだろうと、綾斗は悟った。
――きっとヴィヴィもこの状況を
世界の中心に聳える始祖山。その遥か遠くから民を思う心優しき少女の祈りが聴こえたような気がした。
自分の未熟さ故に救えなかったアンジェリーナの顔が重なる。
――俺は彼女を苦しめる全てを、この世から取り去らなければならない。
強迫観念にも似た心の声に、綾斗はゆっくりと頷き返した。
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