第38話 コントロールされた怪物

 エソラの転移術『アブリビエイション』で平原に降り立った綾斗は迫りくる脅威を見据えていた。

 号令により、騎士達は外壁まで退去させ総勢十二体の大型モンスターに対峙するのは綾斗一人だけだ。


 ――全く、死んでも死なないからと言って、扱いが酷すぎる。


 綾斗は心中で溜息をついた。

 この異世界で死んでも仮想世界側のエデンに戻るだけ。

 だが、絶命するまでに受ける痛みは本物で、死ぬ間際の恐怖は決して無視できるようなものではない。


 ――それでも亜人たちに怪我人が出ないのならば、この作戦も悪くはない。


 綾斗は静かに覚悟を決め、深呼吸した。

 


 改めてターゲットを視認する。

 前方には先ほどの大猪が三体。

 そのやや右方に地を這うように進むトカゲ型モンスターが四体。

 群れを成すのはその二組で後の五体はそれぞれ異なる種族のモンスターが点でバラバラの方向から迫っていた。

 綾斗は最も進行速度の速い大猪の群れ、その先頭に立つ一匹に標準を絞り、レイストライトを放った。



 作戦はこうだ。



 エソラの禁忌級の超広範囲共鳴術『フォーリング・カラミティ』。

 それはグルーオンがメインの術式で大気中の分子を原子核レベルで無理矢理結合させて、超高密度の物質を作り出し、引力に従い自由落下。地面に接した瞬間にその力を開放し、放射性崩壊による大規模な爆発を引き起こす、と言うものだ。

 勿論、対象以外が被爆しないようにコントロールされているが、それでも爆発に巻き込まれれば命など脆く消し飛ぶ。

 したがって、安全範囲で術を放つため、エソラは平原に散らばる敵を一か所に集める様に綾斗に指示した。

 つまり、綾斗は命を張った囮役という訳だ。

 


 綾斗が放った光の槍は大猪の眼球に直撃し、怒りの咆哮が高く鳴り響いた。

 エソラの言う通り、敵視をとるのは簡単だった。

 湖の大蜘蛛もそうだが、モンスター達は攻撃をした者に対しての捕食を優先する。

 それがレイストライトのような最弱の術であっても例外では無く、何者かがそれ以上の攻撃をしない限りは、モンスターにとって真っ先に倒すべきは綾斗という事になる。

 続いて大トカゲに対しても同様にレイストライトを放つと、トカゲの群れは一斉に進行方向を綾斗へと変えた。


 ◇◇◇

 

 その頃、見張り台のエソラはフォーリング・カラミティの式句を既に唱え終えていた。

 この術は式句を終えてから爆発までかなりのタイムラグがある。

 戦場で大猪の突進を躱しつつ、別のモンスターにレイストライトを放つ綾斗。次いでその遙か頭上でゆっくりと質量を増しつつある禍々しい点をエソラは見据えていた。


「しかし、本当に綾斗様お一人で行かせてしまって良かったのでしょうか……」


 壮年の騎士の一人が申し訳なさそうにエソラに問いかけた。


「心配ないわ。綾斗くんには共鳴術を発動前後に関わらず無効化するマスターアームがあるから。それに万が一、発動に失敗して命を落とす事があっても、綾斗くんの魂は滅びない。何度でも蘇るわ」


「不死身と言うのは神話の通りなのですね⁉ さっ、流石神様……」


 そう言いながらも騎士の表情は不安を隠しきれていなかった。


 ――まあ、不死身と言われても簡単に信じられないのは無理ないわね。


 魔女との死闘で綾斗の死を目の当たりにしたのは異世界人ではヴィヴィだけ。他の民はヴィヴィから伝え聞いているだけで、それが無ければ、『類まれな共鳴術の才能に恵まれた王族の生き残り』と言われた方がすんなりと受け入れられるかもしれない。

 フォトン以外の共鳴術の才能がゼロの綾斗は特にそうだ。


 ――だからこそ綾斗くんの凄さを見せつける事に意味がある。


 エソラはにやりと微笑んだ。

 


 その思惑通り、不安そうに戦場を見守る騎士達の顔は次第に驚愕、あるいは恐れを抱いたそれになった。もちろん、四人の騎士達を除いて。

 


 ◇◇◇


 十二体全ての敵視を一身に受けた綾斗は四方八方からの攻撃を最小限の動きで躱していく。幸い全てのモンスターが同時に仕掛けてくることは無く、他種族の攻撃の合間を縫っての連撃なので避け切る事は可能だった。


 綾斗は忙しく視線を動かし、敵を捕捉し続ける。


 大猪は直線的、巨体だが突進攻撃には加速のための距離が必要なため、その軌道は読みやすく避ける時間も十分。むしろ、他の敵が飛び退って避けるため、時間稼ぎになるくらいだ。


 トカゲは手足が短く、咬みつきとリーチの長い尻尾振りまわしの予備動作にさえ注意しておけば、問題ない。


 サーベイスタンスで避けに徹する綾斗は分析を進めていく。


 ――厄介なのは二体。


 中距離から毒針を放ってくるサソリ型モンスターと二足歩行の巨体、サイクロプスだ。

 的が小さく常に動いているため、毒針が命中する事は無いが、その予備動作は僅かで尻尾の先端を軽くしならせるだけ。これを見過ごしかつ動きを止めてしまうと被弾する恐れがある。


 そして最も注意すべきは一つ目の巨人。


 黒く不気味に光沢を放つ皮膚に筋肉隆々とした体つき。背中に黒い羽があればデビルと呼んでしまっても差し支えない禍々しい外見。

 どっしりとした佇まいは一見トロそうだが、思いのほか機敏で、素手での叩きつけ攻撃を躱した後の切り返しが早く、リーチ差をS.C.Sの先読みで埋め合わせなければ、回避が間に合わない程だ。


 初見でサイクロプスと認識するだけあって眼球と呼べるものは一つなのだが、その一つの白目の中に虹彩が無数にあって、虫の複眼の様になっている。したがってその瞳を全てレイストライトで焼き尽くす事は困難。それに作戦上、モンスターには綾斗を視認してもらわなければならないため、元々目を潰すという選択肢は無い。


 頭上を見上げるとはるか高みに点として認識されるエソラの禁忌術は今だ落ちてくる気配を見せない。

 

 作戦開始から数分しか経っていないが、敵は十二体。集中力とスタミナの消耗が激しい。

 

 三度目の大猪の突進を横っ飛びで躱したところで、綾斗は一計を試みる事を決意した。


 腕を振り上げながら迫りくるサイクロプスに焦点を合わせ、他のモンスターは周辺視野で認識。叩きつけの確定初動を肩関節の動きで見極め、バックステップ。着地点に合わせて飛来したサソリの毒針を、弾道予測と研ぎ澄まされた動体視力を以て、最低限の体のひねりだけで躱す。

 当然、サイクロプスの攻撃はそれで終わりではなく、地面を打ち鳴らした怪腕を軸にして前傾に体を跳ね上げ、タックル。綾斗はこれを長椅子の下をくぐるかの如く躱した。


 巨人が体勢を立て直す間にも、モンスターからの攻撃は止まない。


 鋭い爪を持つウルフの引っ掻き攻撃を軽くステップを踏むような動きで捌き、僅かな重心のブレを見つけて掌底を叩き込んだ。

 完全二足歩行のサイクロプスと違って、ウルフは安定性が乏しく、巨体でも姿勢を崩しやすかった。

 

 態勢を崩され地面に転がったウルフの直上を鞭のようにしなり通過するのはトカゲの尻尾。


 三体の息を合わせた広範囲の一撃を綾斗は宙で悠々と躱す。


 トカゲのシンクロ攻撃を予測し、ウルフの肩を跳ね板代わりにして高く飛翔していたのだ。

 

 空中で前方一回転する間に三百六十度を確認して着地。少し大きめに息を吸って呼吸を整える。


 先ほどまで猛攻を仕掛けていたウルフたちは嘘のように飛び退る。

 それは敵わぬと思い知ったからではない。サイクロプスが攻撃を再開したからだ。


 歯茎を剥き出しにするほどに怒りを露わにした巨漢は突進ざまに片腕を振り上げた。

 綾斗はその異変に気付く。


 ――叩きつけじゃない⁉


 それは拳を頭上に掲げるのではなく、肘を後ろに引き込むような動作。さらに腰のひねりを加えた予備動作からアッパーと予測し、十分なマージンをとった上でその軌道上から横に飛び退いた。しかし――。



 ドファアァァッ!


 怪腕は地に突き刺さった。地面を抉り飛ばし、土塊を放射状に飛散させたのだ。

 攻撃を見誤った綾斗に泥混じりの土塊が荒波の様に覆いかぶさる。

 それ自体は大した威力は無い。問題なのは視界が遮られたこと。


 その時遠くで悲鳴が聞こえた気がした。


 黒肌のサイクロプスは天に向かって拳を高々と掲げ、躊躇なく振り下ろす。



 ドカァッ!



 重機同士が衝突したような衝撃音が鳴り響いた。


 それを聞いて勝利を確信したのは――。




 ――綾斗だった。


 両手で受けた泥をはねのけ、その惨状を確認する。

 後に仰け反る巨人の脇腹を反り立つ白い牙が貫き、噴き出る赤黒い血。

 明らかに大動脈系を損傷している兆候ちょうこうだ。


 思わぬ視界封じを喰らったが、秘かな抵抗は上手くいったと言える。

 モンスターの中で、明らかに柔軟性に欠けるのは大猪。彼らは突進を開始するとあらかじめ定めた目標地点を通過するまでその軌道を変える事は無い。それを他のモンスター達は理解していて、大猪が接近すると必ず攻撃を中断して離脱していた。


 逆に最も柔軟性が高いのはサイクロプス。間違いなく、群の中で最も知能が高く、俊敏性も抜きん出ている。が、その自負故にギリギリまで対象を追い続けていた。


 加えて綾斗は大猪が死角に来るようにサイクロプスを誘導した。視界封じが無ければ、レイストライトで足止めするつもりで。


 成功したのは運が良かったと言わざるを得ない。


 先に目標を仕留めるのは自分だと言わんばかりの巨人のプライドに賭けたのだから。


 これで二体のモンスターを封じる事ができた。


 ――リスクもあったがこれで作戦の成功率は上昇したはず。



 しかし、その考えは甘かった。

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