第45話 それは悪夢か福音か
現実世界に戻った綾斗は毎晩のように夢を見た。
と言ってもその内容の殆どは目が覚めた瞬間にふっと消え失せてしまう。
唯一思い出せるのは怪しく揺れる白銀の髪。
それだけで悪夢と決めつけるには早計かもしれない。
アンジェリーナが刺された過去を夢に見た時のような、心臓の高鳴りや冷汗はなく、不思議なほどに心が落ち着いていたのだ。
だから最初の内こそ気にしないように努めた綾斗だった。
しかし、日を重ねる毎に、不吉な予感が心を支配し始めた。
まるで黒い影が夢を浸食していく様に――。
『何かとても良く無い事が起こりそうな気がするのです』
宣誓の儀が予定された日の朝。
目覚めて間もない夢うつつの中にヴィアンテの言葉が浮かんだ。
胸騒ぎは無い。まるでS.C.S使用時の冷徹さを再現したような、いや、それ以上の冷たく研ぎ澄まされた感情の残滓が、ひんやりと胸の中に残っている……そんな感じだ。
――俺はヴィヴィの言葉を気にし過ぎていたのか? だから彼女の夢を何度も……。
今はまだ朝の五時過ぎ。
宣誓の儀が行われるのは現実時間で言うところの午後七時から。アドベントまで、まだ半日ほどの時間が残されている。
ヴィアンテの預言。『真実に身を委ねよ。真実こそが平和をもたらす』。
この真実とは何か。
綾斗はもう一度考えてみる事にした。
◇◇◇
「ログインする前に話しておきたいことがある」
そうエソラに告げたのは綾斗。
時刻は午後五時。
影の塔の最上階、モニター前での事だ。
「何かしら? スケジュール的には余り余裕が無いのだけれど」
宣誓の儀の前に最終確認や細かい擦り合わせが行われるのは知っていた。
しかし、エデンの件以外でも様々なプロジェクトに携わっているらしいエソラの事情を考慮した上でも、今伝えるべきだと思ったのだ。
「お前はヴィヴィの預言をどう思う?」
「真実こそが平和をもたらす……ね。漠然としすぎていて何とも言えない、というのが正直な所よ。国の立て直しは順調に運んでいるのだから、今はまだ気にする必要は無いと思うわ……」
考えすぎよ、といつもならバッサリと切って捨てるエソラも、綾斗の険しい表情に疑問を抱いた。
「綾斗くんには何か考えがあるのかしら?」
「『神と王族を信用するな』……。俺はどうしてこんな噂が町で流れているのか考えてみたんだ。ヴィヴィが言うように、レベナルの民達がただの善良な市民なら、こんな噂は流れるはずはない。だから、国民が俺達やヴィヴィ、それからアリシアに不信感を抱いているのは事実だと思う」
「私もそう思うわ。つまり問題はなぜ国民が不信感を抱いているか、という事ね?」
「ああ。俺が思うに、神への不信感はまだ理解できる。何処からともなく突然現れたやつらが、『悪魔を倒しました。私達は神です』と名乗ったところで、簡単には信じられない。実際に俺が悪魔を倒したところを見たのはヴィヴィだけだ。国民はその王女様が見たというから信じられたんだ」
綾斗に感化され、エソラも改めて思考を巡らせる。
――私達が神だという証拠。国民達にとって一番分かり易いのは不死の力。でもその力を目の当たりにしたのも彼女だけ。
「重要なのは王族の信用が損なわれた理由だ。その大元の原因は、アリシアにあると思う。魔女の侵攻の際に、アリシアはただ操られていただけだと、国民には公表されている。だが、よく考えてみろ。アリシアがただ操られていただけだと、客観的に信じる事ができるのは俺達だけだ」
魔女の侵攻。
それはエソラの妹であるレムが、不殺の戒めを破り、悪魔に心を乗っ取られたために起こってしまった悲劇。
綾斗達からすればそれは疑いようも無い事実なのだが、魔女の正体がレムだと判明するまで、国民達はアリシアが魔女だと思っていた。現に綾斗もアリシアが魔女だと信じ切っていたほど。
あのエソラでさえもベルフェゴールと名乗る真の魔女を綾斗が倒し、エデンに強制送還されたレムを見て初めて確信に至った。
レムという存在がアリシアを守るだけの作り話だと疑う国民が未だに居ても不思議ではないのだ。
「つまり――真実に身を委ねよと言うのは、魔女の正体がレムだと国民に証明する事だと俺は思う」
綾斗の主張を聞いたエソラは溜息を吐いた。
「綾斗くんがやろうとしている事が何となくわかったわ。レムを異世界に連れて行って、『私が魔女でした』と、全国民の前で告白させたいのでしょう?」
「その通りだ。完璧な証明は無理でも、うり二つの顔と声を持つ人間を二人並べれば、信憑性が高まるだろ?」
「それは無理ね」
と、エソラは固く言い切った。
「どうしてだ?」
「あの子が……レムが、承諾するとは思えないわ」
「だが――」
「残念だけど時間切れよ。綾斗くんの言う事が正しかったとしても、まだ反乱どころかデモの一つも起こっていない。だから今はまだその時では無いわ」
そう言い放って、エソラはエデンへと歩き出す。
「――待ってくれ!」
ほとんど反射的だった。綾斗はエソラの腕を掴み引き留めた。
「どうしてそこまで……」
掴む手があまりにも力強く、エソラは困惑するように言葉をこぼした。
彼女の問いに対して綾斗自身眉をひそめていた。
――どうしてなのか自分にも良く分からない。この事を話すかどうかさえギリギリまで悩んでいたくらいだ。だが……。
「はあ……仕方ないわね。なら、こうしましょう。私は先にアドベントして儀式の準備を進めておくから、綾斗くんはレムに掛け合って、後からくるといいわ。転移門の場所は後から来ても分かるように印をつけておくから」
それがエソラのできる最大限の譲歩だった。
綾斗は掴んだ手をゆっくりと離すと、「ああ……、わかった」と言って引き下がった。
――正直言って気が重い。エソラが頼んだとしても難しそうなのに、俺にレムを説得する事ができるだろうか……。
エソラはそんな胸中を見透かして、
「父にも立ち会ってもらうように頼んでみるわ」
と言って、電話を一本入れると、今度こそ異世界へと旅立っていった。
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