第44話 遠い約束


 エソラと綾斗が罪滅ぼしの覚悟でせっせとかき集めた解毒草により、麻痺患者達は後遺症を残す事無く一か月ほどで完治した。


 同じ麻痺患者でも騎士ハンナの受けた毒は、種類が違うらしく、有効な治療法は見いだせないでいた。

 結局、真のリザレクションの発動も敵わず、綾斗が無力感から解放される事はなかった。


 一方で国家の再編成は着実に進んだ。

 長官クラスの人材への根回しが終わったことで、全国民に向けて公表する『宣誓の儀』の日付が決まったのだ。


 天空の塔の最上階。

 ヴィアンテの寝室兼作戦本部でその最後の確認が行われていた。



「……という訳で宣誓の儀は二週間後でいいかしら?」

 

 二週間後――それは今回の任務が開始されてか丁度二ヵ月に当たる。人事編成に費やした時間としてはかなり少ないと言える。

 

「もちろん異論はありません。ただ……」

「何か問題があるの?」


 しかしヴィアンテは首を横に振った。

 綾斗には彼女が何を言いたかったのか何となくわかった。


 次期長官達への根回しは終わったと言っても、それは半ば強制的な物だったのだ。


 『姫様の提案と言えども私には荷が重すぎます!』、『王族の方がなされていた仕事を引き継ぐなど、恐れ多いです!』などと言って拒絶を示す者に対してエソラは、


『神の決定に逆らうの?』


 の一言で黙らせていったのだ。

 彼らにとっては生か死かの二択を突き付けられたに等しいだろう。

 彼女の浮かない表情はそれを思いやっての事だ。


 ――まったく、誰かさんにも見習ってほしいほどの博愛精神だ。


 しかし、綾斗としてもヴィアンテに国務が集中するのは避けたい所であったので、それがどんな方法であれ、この短期間で準備が整ったのは紛れもなくエソラの才能だと評価していた。


「それじゃあ、日時はこれで決定事項とするわ。計画通りに進めてちょうだい」



 そうして日没を過ぎるまで行われた会議は終了。

 エソラは抜けが無いかもう一度だけ計画を確認すると言って会議室に残り、疲れた綾斗は夜風に当たろうと吹き抜けのカテドラルへと出た。


 高所という事もあるが、夜間は一層冷え込む。

 だが、それが今は心地よいとさえ感じた。

 会議室は薪ストーブで少し過剰に温められていたというのもあるが、国の存亡をかけた会議と言うのは神経を異常なまでに擦り減らす。


 ――ヴィヴィはこんな重圧を一人で……。


 と始祖山の空に浮かぶ星を眺めて思っていると、不意に甘い香りが鼻孔をかすめた。


「綾斗……私も一緒にいいですか?」


 振り返るとドレスローブ姿のヴィアンテ。

 綾斗は黙って頷く。


「星がきれいですね」


 綾斗の横にスッと寄り添ってそう呟いた彼女の瞳には、いくつもの恒星が煌いていた。


「綾斗は明日の朝に帰ってしまうのですよね? そうなれば次会えるのは宣誓の儀の時になってしまいます。私は……」


「――不安……なのか?」

 表情に射す影からそう思った。


「……はい。綾斗は私の占いを覚えていますか?」


「ああ、確か……真実に身を委ねよ、真実こそが平和をもたらす……だったか」


「そうです。結局その真実が何を指すのか私にはまだ分からないのです。それに、今オートレデンで流れてる噂を知っていますか?」


「ああ。だが、噂は噂だ」


 彼女の言う噂と言うのはいつからと言う訳でも無く、自然発生的に生まれたもの。


『神と王族を信用するな』


 ここでいう神とは形骸化した神という訳ではなく、エソラと綾斗の事を指している。そして王族とはヴィアンテとアリシアの事だ。


「エソラ様もそう仰っていました。政治に限らず世の中には必ず反対意志というものが存在すると。でも私は信じたくないのです。善良な民達がそんな風に私達を見ているなんて……」


「……」


 単純に励ませばいいと言う問題では無いと気付き綾斗は掛けるべき言葉を慎重に模索する。


 ――エソラが言う事は恐らく正しい。ヴィヴィの博愛が強すぎるんだ。


「私は不安です。何か……何かとても良く無い事が起こりそうな気がするのです」


 ヴィアンテが体を縮めて震えているのは寒さの所為では無い。そう思った綾斗はぽつりと言葉を落とした。


「ヴィヴィのために、俺に何かできる事はあるか?」


 ふっと顔を上げた彼女と目線が合う。


「なら、一つだけお願いを聞いていただけますか?」


「ああ」


 ヴィアンテは少しだけ目を逸らし、顔を赤らめながらこう告げた。



「私の騎士になってください」


 

「俺が……ヴィヴィの?」


「こんなことを神様にお願いするのは間違っているのかも知れません。でも、私は……守られたい……。綾斗がエソラ様だけの騎士だなんて嫌なんです!」


 そう言った直後、ボンッと音が聴こえそうなほどに、ヴィアンテの顔は見事に茹で上がった。

 

「俺でいいなら」


「ホントですか⁉ ホントにホントに良いんですか⁉」


 冷静に考えれば今はエソラと契約中で、他の人の護衛を受け持つと言うのは契約違反になるのかもしれない。

 だが、そんな事はどうでもいいと思えるほどに目の前の少女は必死で、可憐だったのだ。


「ホントにホントだ。誓ってもいい」


「ならば略式ですが、今ここで騎士の誓いを……」



 二人は向かい合い、改めて視線を交わす。



「汝、いついかなる時も我を思い、全身全霊を持って護り抜くと誓えるか……」


「ああ、……誓う」


 綾斗は誠心誠意を込めて言葉を放った。

 ヴィヴィは喉の奥をキュウウと鳴らして、人知れず悶絶。

 しかし、最後まで儀式をやり切るために、フウっと夜風に熱を吐いて、火照った心をどうにか鎮める。


「……よろしい。では、その誓いに嘘偽りなければ、せ……せ……接吻を以て絶対の服従を示せ……」


 恐る恐る差し出された右手はドレスグローブを付けていないと言うのに、星の光を受けてシルクの様に煌く。


 綾斗は跪き、吸い込まれるように、震える彼女の指にそっとキスをした。

 

 ヴィアンテはビクゥン! とまるで性感帯に触れたような挙動を見せたかと思うと、その反動みたく余計な体の力をふしゅうと抜いた。そして――。


「これでやっと追いつけたでしょうか……」


 と誰にともなく小さく呟いた。


 その言葉は綾斗の耳には届かなかった。

 彼は彼で、ある思いに囚われていたから。

 


 満月を背に浮かぶドレス姿の少女。

 誓いの言葉に忠誠の口付け。 



 デジャブ。というよりも、懐かしいと形容した方が何故かしっくりとくる。


 ――あり得ないはずなのに……。


 その不思議な感情の正体を己の内に捜し求めた綾斗は、一つの答えに行き着いた。


 ――きっと、アンジェリーナさんを救えなかった自分に、次こそは必ず救えと訴える戒めだ。


 彼の中でその思いは確信へと変わり、常に心に響かせている言葉がひと際強く鳴動した。


 ――同じ過ちを……繰り返すな。



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