第52話 エピローグ
こうして凄惨たる事件は幕を閉じ、後日改めて宣誓の儀が執り行われた。
晴れわたる快晴の元。
そこには精神的不調から回復したアリシアの姿も。
先の一件を知って縮こまっていた心を奮い立たせたのだ。
壇上で泣きながら国民に許しを乞う姿は印象的だった。
まだ声は小さく言葉数も少ないが、着実に現実と向き合いつつある姿に綾斗は、感銘を受けずにはいられない。
そして罪を背負う少女がもう一人――。
一度現実世界に戻ったエソラが、説得し半ば無理矢理に連れて来たのだ。
アリシアと同じ顔、されどどこか
「わたくしが本当の魔女です。アリシアはわたくしに操られていただけに過ぎません。ですから全ての罪はわたくしにあります」
その齢にしては似つかわしくない程の冷静さで大勢の国民に物怖じもせず語りかけるレム。
しかし、突然言葉を失ったように沈黙。
口を引き結んで小さく、
「どうして……」
遂に感情を隠しきれず叫ぶ。
「どうしてあなた達はそんな顔をしていられるのですか⁉」
壇上に立つ少女を見つめる国民の顔に浮かぶのは、
レムがこのレベナルにログインしたくない理由――。
その最も大きい物は他でもない。ただ人に責められるのが怖かったから。
軽率な行いにより国を滅亡の寸前まで追い込んだ者に対する、
「私はあなた達の大切な人たちを傷付け、利用し、殺したのに!」
全国民の意志を
「確かにイルミーナさんを殺したのはレム様の罪です。でも、魔女はあなたではないでしょう? レム様に乗り移った悪魔がやった事です」
どうしてそんなに簡単に割り切る事ができるのか――。
それは恐らく信仰心の強さ。
長年にわたり国を支え続けて来た国民の強さにあるとレムの頭の
だがレムが求めていたのはそんな論理的帰結ではない。
「どうして……」
「レム様はとても辛かった事でしょう。きっと私だったらとても背負いきれず、心がつぶれてしまいます。部屋に閉じこもって、二度と出てくることは出来無かったかもしれません」
「ならどうして……」
「それでも、あなたは今、こうして私達に会いに来てくださったではありませんか。それだけで私たちには十分なのですよ」
そう言ってヴィアンテはにこやかに微笑んだ。
皮肉など微塵も無い温かな笑顔にレムは堪らず泣き崩れた。
それを支えたのはエソラ。
そしてヴィアンテの言葉はもう一人の少女の心も揺さぶり、
「お姉さまぁぁぁあ!」
秘かに瞼に涙を溜めていたアリシアも、ヴィアンテの胸に飛び込んで思い切り泣いた。
その様子を後ろから見ていた綾斗は一人、晴れた空を眺めて思いを
真実に身を委ねよ……、真実こそが平和をもたらす。
それはどうやら正しかったみたいだ。
彼らにはプライドも嘘も、そんなつまらない物は必要ない。
ただ、あるがままを曝せばいい。
そうすればきっと受け入れてくれる。
今回の一件を通じて国民達、そしてヴィアンテ、アリシアとの距離が近づいたような気がした。
そうして宣誓の儀は温かい空気に包まれたまま閉幕した。
◇◇◇
しかし、全てが全て円満に終わったわけではなく、目を背けてはいけない問題も残っていた。
例えばエレンとその母の処罰。この国には死刑制度は無く、身体
これはある意味死よりも重い罰で、かつて魔女に
それを無期懲役とするか期限付きとするかの判断はエソラと綾斗に委ねられたのだ。
彼らの行いは、彼らなりに国を思った結果とは言え、一つ間違えば取り返しのつかない事態に陥っていた。幸いな事に人はまだ誰一人死んではいない。
そう――、まだ誰一人と言うところが重要だった。
未だなお病に苦しみ、死亡する可能性が高い人物。
それは騎士のハンナだった。
そこに着目した綾斗とエソラはハンナの元へ出向いた。
そしてもう一度綾斗はリザレクションを試みた。
結果は――。
失敗だった。
綾斗のエスは冷徹。
エレンを追い詰めた時のような殺意をのせた冷徹は、任意に再現できるものではなかったのだ。
彼女の主治医であり夫のチャールズはもう
すると奇跡が起きた――。
それまで目を閉じたままだった彼女の瞼がゆっくりとだが持ち上がったのだ。
意識の回復――。
それはチャールズの献身が生み出した一筋の光だった。
すかさず綾斗は彼に、ハンナへ訴え続けるように告げた。
彼女のエス――純真を呼び起こすようにと。
だが、それは余計だったのかもしれない。
なぜなら、サイトヴィジョンを発動した時、既に彼女の心はいっぱいの光で満ち溢れていたから。
この出来事は夫の献身的な愛と神が起こした奇跡として称えられ、国中が祝賀ムードで盛り上がる中、二人の受刑者は拘束の軽い期限付きの懲役でその罪を償う事になったのだ。
◇◇◇
天空城の吹き抜けになったカテドラル。
沈みゆく夕日の残照を背に受けて東の空を眺める三人。
そんななか、あらゆる事柄に解決策を打ち立てた綾斗とエソラが幾分晴れやかな気分で現実世界に戻ろうとヴィアンテに別れを告げた折、
「次に会えるのはいつになるのでしょうか?」
両手を握りしめ、祈る様なポーズで聞いてくるヴィアンテ。
「さあ、分からないわ。この世界への干渉は最低限にしておきたいと言うのが、こちら側の基本理念だから」
あくまで
それを受けてヴィアンテはモジモジとした動きで何かを言いたそうにしていた。
「何か言っておきたいことがあるのか?」
と綾斗が訊くと、彼女はぽっと頬を薄ピンク色に染める。
ヴィヴィは思い悩んでいた。
エソラには打ち明けたある真実を綾斗に伝えるべきかどうか。
――もし次に二人が来てくれるまでに私が死んでしまっていたら……。もし、もう二度と会う事ができないなら……。
そうやって胸中に渦巻く不安が口を開かせた時――。
「心配しなくても、また直ぐに来るわ。基本理念なんて私に言わせれば、大人のつまらないプライドよ。それに今は長期休暇中だからこの機会を逃す理由は無いわ」
そう、現実世界では既に夏休みに入っていたのだ。
ほっとして肩を下ろすヴィアンテだったが、エソラはただ、ヴィアンテを気遣ったわけではなく、
「まあ、あんな事が起こったのだから。生きてるうちに洗いざらい喋っておきたいと言う気持は分からなくは無いわ」
まるで心に釘を刺すような声色にヴィアンテはドキンッと心臓を弾ませた。
『あんな事』とは本来であればヴィアンテが受けるはずだった死を示し、『喋っておきたい事』と言うのは、ヴィアンテがエソラに口止めをされている事を指す。
エソラの言葉にいまいちピンと来なかった綾斗は、頭を傾げて悩み、何か思い出しかけたところで、
「綾斗くんは、死んだのが私でさぞ嬉しかったでしょう?」
とブラックすぎる皮肉をぶちかました。
思いがけない砲火に綾斗は言葉を失い、ついでに思い出しかけていた事もどこかに飛んで行ってしまった。
「ふふふっ、冗談よ」
ご満悦のエソラの微笑に、綾斗とヴィアンテは引きつった笑みで返した。
そして今度こそ別れを告げると二人は転移術でオートレデンを去り、一人取り残 された姫は彼らが去っていった光輝く東の海を時間を忘れる程に眺めていた。
・・・・・・・・
人のいない天空の塔上層にある宝物庫。
鍵を掛けられたショーケースの中に一冊の古びた本があった。
密閉されたケースの中で風が吹いたようにひとりでにページが捲られ、破り取られた手前――最後のページへとたどり着く。
そこにはフランス語でこう記されていた。
『神の血を受け継ぎし者』
『失われし最後のページを捜せ』
『始まりの地に未来は眠る』
ダヴィンチ・プロトコル 和五夢 @wagomu
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