ダヴィンチ・プロトコル

和五夢

第一章 Une fausse sorciere

第1話 プロローグ

 

 ――また同じ悪夢。


 夢の内容はほとんど覚えていないが、嫌に冷たい汗と鳴り止まない鼓動こどうがその証拠しょうこだ。

 唯一ゆいいつ思い出せるのは水晶の如く透き通る銀色の髪。

 それだけで夢の内容を類推るいすいするには十分すぎた。

 閉じ込めていたはずのトラウマが連鎖的れんさてきよみがえる。


 美しい女性、熱い陽射ひざし、高層ビル、黒光りする車、男、刃物。そしてアスファルトを流れる鮮紅せんく


 ――安眠を得ようなどおこがましい。


 朝日はまだ遠く、月明かりに春霞はるがすみが立つ時分。

 そんなときは決まってに横たわって目を閉じた。


 換気扇の駆動音くどうおんほのかなガソリンの匂いが吸い込まれ、空気が幾分わたり、 過剰かじょうなほどに利かせたクーラーから放たれる冷気が体中の毛穴を締め上げていく。


 部屋の景色けしきは目を閉じたままでもはっきりと思い出せた。


 父が改造かいぞうしたガレージ。壁掛けの穴あきボードには、軍服に身を包んだ父とその同僚どうりょうたちの笑う姿。幾つもの勲章くんしょうほこらしげにかざってあるはずだ。


 車の代わりに配置されたが重たいうなりを上げ始め、微細びさい振動しんどうが肌を揺らす。


 綾斗あやとは肌に触れる空気が変わるのを感じてゆっくりと目を開けた。


 広がるのは空間の広がりがドットで表現された奥行きのある広大で何もないフィールド。


 仮想現実――。


 既存のVRとは全く異なる設計思想の元で開発された戦闘訓練用VR機が作り出す仮想空間。脳幹の上行網様体賦活系じょうこうもうようたいふかつけい抑制よくせいし、強制的に睡眠状態へと誘導ゆうどう。三万六千個の電極から発せられる疑似ぎじ脳波が任意にんいの感覚を提供ていきょうする。


 つまりはプログラミングされた夢を見ているような状態だ。


 綾斗の父――龍崎りゅうざきはじめが友人の伝でもらい受けたもので、当然一般家庭にあるような代物ではない。そのため、オンライン機能は実装されておらず、AIを相手に戦闘シュミレーションを行うのが正規せいきの使い方。


「リクエスト、プログラムARTアート。コンバットタイプS.C.Sエスシーエス。AIレベル、マキシマム。バトルスピード、ワン・ポイント・トゥ・タイムズ。フィールド……ランダム」


 すっかり言い慣れたフレーズが自然と口を突いて出る。


 たちまち空間は切り替わり、薬莢やっきょうの匂いと無機質な殺意が否応いやおうなく戦意をきたてる。


 ――同じ過ちを繰り返さないためには強くなるしかない。


 そう自分に言い聞かせ、恐怖を、勇む心を、静かな闘志とうしへと沈み込ませ研ぎ澄ます。


 ――制圧……開始。


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