第34話 寝言


 内務省が解体され、ユーイング・ド・アルベルトが追放されたいきさつを語り終えたヴィヴィは深く肩を落とした。


「つまりユーイング侯は国賊を炙り出すつもりが、自らが国賊になってしまった。何とも皮肉な話ね。恐らく彼は諜報機関ちょうほうきかんを発足しようとしていたのでしょう。でもそれが時勢にそぐわなかった。この国にとっては先進的過ぎたのよ」


「……はい。私もそう思います。彼は慎重である以上に心配性だったのでしょう。それが悲劇を生んでしまったのです。私の父も彼の心意に気付けなかったことを後悔していました」


 とても気の滅入る話だった。

 平和を思う余り、自分で平和をぶち壊してしまった男の末路。


 ――何が彼をそこまで駆り立てたのか……。


 綾斗はふと思い出し、問う。


「ヴィヴィ、さっきの話で言ってたよな? 王はアルベルトの過去を知っていたから解任を踏み止まったって……」

「はい。恐らく彼の御両親が亡くなった事に関係していると思うのですが……」

「両親はどうして亡くなったんだ?」

「事故死だったと聞いていますが、それ以上の事は父から聞いていないのでわかりません」


 ――事故死か……。現実世界であれば、事故に見せかけた殺人の線もあり得るがこの世界では不殺の戒めがある限り、殺人はあり得ない。それでもユーイング侯は王族殺しを企てた犯人がいると思っていたのだろうか……。


 顔に手を当て、思索にふけったが結局答えははっきりしなかった。


「とにかく、それはもう解決した事だから余計な詮索は不要じゃないかしら。大事なのは、その事例から学ぶ事よ。つまり、これから私たちのとるべき行動は、内務省を復活させるか、自警団に任せたままにするかだけど、綾斗くんはどう思う?」


 いきなり話を振るな、と挑戦的な目線を睨み返す。が、一応真面目に考えてみる。

 ――安全策で行けば自警団に任せたままが良さそうだが……。


「俺は内務省を復活させた方がいいように思う」

「へえ、どうして?」


 意外ね、とでも言いたげな蔑んだ目線を無視して続ける。


「ユーイング侯の時は王族対亜人の構図が成り立つのを阻止するために解体したわけだろ? だが、新体制では長官クラスは亜人で固められているから、大きな反発は起きないと思う」


「そうね。さらに言えば物資が足りない状況や、モンスターに襲われる危険が高い現状では犯罪が起きやすく、各個の自警団に任せるのではなく、国としての統制が必要なはず。何より、どさくさに紛れるには絶好の機会よ」


 最後にエソラは魔女を彷彿ほうふつとさせる悪い顔でにやりと笑った。

 彼女の悪い部分が垣間見えた気がしたが、綾斗も概ね同意し、ヴィヴィもこれに異論はなかった。


 方針が決まったところで、その日の会合はお開きとなった。

 綾斗達は別の階層でスグリが入れてくれたお風呂に入り、一日の疲れを癒した。その時、二人がスグリにこっぴどく叱られたのは言うまでもない。


 ◇◇◇


 翌朝、綾斗は猛烈もうれつな色香の気配に刺激され目を覚ました。


 ――いったいどうしてこうなった?


 綾斗はもう一度右を見て、次にゆっくりと左を確認して顔を青ざめさせる。

 右にはとろけるようなヴィヴィの尊顔そんがんが、左には睡眠中でもなお表情を崩さない冷顔があった。

 超が付く程の美少女二人に添い寝され、本来なら喜ぶべき状況かもしれないが、寝覚めとしては最悪だった。


 二人はそれぞれの片手で互いを押しやるように綾斗の胸に乗せている。それはまだ良いのだが、片足が腹部に重なる形で乗っかっていて苦しい事この上ない。


 ――どうしてこうなった?


 もう一度綾斗は自問自答した。


 記憶を掘り起こしてみる。と言ってもかなりシンプルな内容。

 お風呂が終わった後、一旦三人で最上階に戻り、何処で寝泊まりするかの話になった。


 ヴィヴィ曰く、「綾斗はここのベッドを使ってください。私は一つ下の階でアリシアと寝ますから」。そしてエソラが「じゃあ、私はここで綾斗くんと寝ようかしら、キングサイズのベッドだし問題無いわよね?」と笑えない冗談を放った。


 その発言を真に受けてしまったヴィヴィは「絶対ダメです! エソラ様は二個下の階で休んでください!」と激昂。


 するとエソラは「どうして神である私があなたよりも下のフロアで寝ないといけないの?」と、正論とも横暴ともとれる返しをして、事態は平行線へ突入。


 そして何かと理由をつけて寝室から中々出て行かない二人。



 ――確か俺はめんどくさくなって、二人を放っておいて寝る事にしたんだ。そして起きたら……。


 空白の時間は何となく予想がついた。


 相変わらず両脇からがっちりと固められ、身動き取れない状態。

二人の息づかいが両方から、綾斗の無防備な耳を責め立てた。

 激しく戦ったのだろう。寝巻はゆるっと剥がれ、上も下も際どいところまで見えかかっている。


 綾斗はここで改めて左右を見比べて気がついた。

 見た目における二人の違い――。


 それは胸の膨らみ。


 エソラのそれは膨らみと認識できるギリギリのラインだが、ヴィアンテのそれは豊かに実っていて腕に吸い付く程だ。

 肌に直に触れる生暖かい感触を意識してしまい、さらに悶々とした感情が湧いてくる。

 

 ――だめだ。このままでは頭がおかしくなりそうだ。


 綾斗は二人の細く艶めかしい腕と脚を慎重によけて、むくりと上体を起こすと、そろそろとベッドを離れた。

 

 ――ふう……、脱出成功。面倒事はごめんだ。エソラはヴィアンテに対してやけに対抗意識を燃やしている。まあ、ヴィアンテのエソラに対するそれも同様だが。……やはり、顔が同じだとどうしても意識してしまうものなのか?


 この時、綾斗の脳内には、二人の美少女が綾斗を取り合っているという考えが無かった。

 エソラが自分を好いていると言う発想を持ち合わせていなかったからだ。


 ただ、はぐらかしてしまったヴィアンテの求婚に関してはもっとちゃんとした答えを返すべきだと思っていた。


 ――ヴィヴィは王政を保つために俺との婚約を望んでいると言ったが、そこにヴィヴィの本当の気持ちは含まれているのだろうか……。もし、ヴィヴィが俺の事をちゃんと異性として好きだと言うのなら……。


「綾斗……私も好きよ……」


 唐突に耳朶を打った囁きに、心臓がドクンと跳ね、体が鉄板の如く硬直した。


 ――俺が……好き? と聞こえた気がするが……。


 ベッドの上で仲良さそうに抱き合い眠る二人の少女を見下ろす。




 ――ヴィヴィの寝言……だよな?

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