第33話 ユーイング侯の悲劇


 今からおよそ二十年前、ユーイング・ド・アルベルトと言う名の侯爵こうしゃくがいた。


 ユーイング家の一人息子として生まれた彼は、とても真面目な性格で学業・共鳴術の才能共に優れ、十六歳の時に内務省に当たる管轄に配属される。

 その後、着実に実績を積み、二十五歳という異例の若さで内務省長官に抜擢ばってきされる。

 

 この世界には不殺の戒めがあったため、意図的に殺人を行う者は皆無。レベナルは至極平和なものだった。

 したがって内務の仕事は平和の維持で、住人同士のいざこざを仲裁することが主な仕事。犯罪行為のほとんどは窃盗か暴行と言った軽犯罪ばかりであった。


 人々にとって不殺の戒めとは神が決めたもうた絶対の法律であり、それにより裁かれ、命を落とす者はそれだけの罪があるというのは議論する余地すら無かった。


 その逆もまたしかりで――。


 だからアルベルトは声を大にして主張する事ができなかった。粛々と秘めたる『ある思い』を……。


 アルベルトはその思いに突き動かされるように治安維持の強化を王に進言した。

 その内容は亜人達に対する監視体制の構築。

 古来より王族は亜人たちにとって神に次ぎ尊い存在であり、国民が謀反を起こすような歴史的事実は全くと言っていいほど皆無で、王はこの進言に疑問を抱いた。

 アルベルトの几帳面すぎる性格が災いしたのだろうと一旦は棄却ききゃくするも、熱心に訴え続ける彼の忠誠心を汲み、この進言を受け入れる事になる。


 それまでは国に対する国民からの要望は内務省を通して王にお伺いを立て、折半せっぱんするという形式で、王の決定に不服があればさらに申し立てを行えるようになっていた。アルベルトの新体制でもその部分は変わらない。ただし、不服を申し立てた者に対して秘密裏に監視を付けると言うシステムを導入したのだ。

 

 それは紛れもなく反王政組織、またはその予備軍の炙り出しが目的であった。

 王もそれを理解した上で、『あくまでアルベルトを納得させるための形式上の事で、実際にはそのような組織は存在しない』と楽観視していた。


 そして結局、王の予想は的中し、反王政組織を示唆する証拠が見つかる事はなかった。


 アルベルトはその結果を受けて、今度は亜人だけでなく、王族にも監視を付けたいと進言した。

 これについては流石に他の管轄長からの批判もあり、王が認める事も無かった。

 この時、他の王族からアルベルト解任の要望が上がったのだが、彼の過去を知っていた王は、アルベルトの気持ちを汲んで、職を解くことまではしなかった。


 その後、落ち着きを取り戻したかのように見えたアルベルトであったが、ある時、国を揺るがす事件が起こる。


 それが今から二十年前。

 


 アルベルトは玉座の前でひれ伏し、王から罪状を言い渡された。それは――。



『禁忌術の無断使用および国家反逆罪』

 

 

 逆賊の炙り出しを諦めていなかったアルベルトはさらなる調査に禁忌術が利用できると画策。


 禁忌術とは共鳴術の内、その危険性故に使用を制限された術式で、書物に纏められ宝物庫に厳重げんじょうに保管されていたのだが、これをアルベルトは王に無断で借用。内部告発により、裁かれる事になったのだ。

 

 告発を受けたアルベルトは容疑を否認する事も無く、罪状を受け入れた。

 当初の罰は内務省長官の解任および爵位の剥奪。懲役の刑が科されなかったのは王の心遣いと、彼を選任した自らの責任を感じての処遇だった。


 だが、事態はそれだけでは収まらなかった。


 アルベルトが密かに行っていた逆賊ぎゃくぞく疑いの者に対する異常なまでの監視行為が次々と明るみになり、遂には亜人たちの耳に入る事になった。

 王族が国民に黙って行っていたこれらの政策に対して、不満を募らせた亜人たちはデモを起こした。人の血が流れる事はなかったが、内乱の様相を呈したそれは王国始まって以来の大事件であった。


 この事態を沈めるため、王は内務省を解体。治安維持は亜人達からなる自警団に一任することとなり、首謀者であったアルベルトはその責任を追及され、自治区外への追放を命じられた。



 妻と二人でこの国を去る時、彼はこう言い残したという。



「私の行いは罪深い。だが、真の平和を望むのであれば誰かがやらなければならない事なのだ」



 それ以降、二人の消息を知る者はいなかった。

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