第47話 舞台は整った
エデンの東へとアドベントした綾斗は直ぐにエソラの残した目印を見つけた。
一面の白砂の中にぽっかりと浮かぶ輝く球体。
だが、回り込んでよく見るとそれは不自然に真っ二つに切断された半球状の光源だった。
以前、ヴィアンテが綾斗に見せた術。空間に均等に明かりを灯すためのトゥインクル・オーブという共鳴術だ。
――それが半分に割れているという事は……。
綾斗はオーブの向こう側へと手を伸ばした。
すると丁度オーブが途切れているところで腕も切断――というよりも別の空間へと飛ばされたようで、突っ込んだ腕の先にひんやりとした空気が触れた。
エソラの残した転移門だと確信した綾斗は躊躇うことなく体を沈み込ませ、始祖山に到着。さらに、天空城へと通じる転移門へと歩を進めた。
聖堂内に漂う独特のお香の匂いは、本来心を落ち着かせるもの。
しかし、今は落ち着いても居られない。宣誓の儀の開始時刻はもう過ぎてしまっていた。
綾斗は昇降機へと駆け寄り、お立ち台がある階層のボタンを押す。
程なくして目的の階層へ到着。
円形の昇降板から足を踏み出した時、周りがやけに静かなのが気になって、思わず息を潜めた。
足音も殺し、夜の暗闇に乗じ炎に揺らめく照明を避けながら、天空城からせり出すように造設された壇上へ。
そこはまるで柵の無い、展望台のような場所。
金属光沢を放つ豪奢な敷布の先を目で追うと、その全貌が明らかになった。
虚空に浮かび厳かに輝く光の玉に映し出されるのは、壇上の真ん中で瞑目し祈りを捧げる銀髪の少女。
きめ細かな意匠が施された透明感のある純白のドレスを纏うその姿は聖少女と呼ぶにふさわしい。
壇上の端にエソラと思しき人影を見つけ近寄ると、そこから下界の様子が一望できた。
視界一杯に溢れるは人の波。
天空の塔前広場は十分な広さを持つが、地上と宣誓台にかなりの高低差があるため、近すぎるとヴィアンテ達の姿を拝めず、遠すぎても視認するのは難しい。
したがって参列者の配列は必然的に、ある一定の距離を保って扇状に展開されていた。
その誰も彼もが銀髪の少女と同じように瞑目して祈りを捧げていた。
つまり、これは儀式開始前の犠牲者への追悼式。
黙祷中に不敬か、と少し戸惑ったが、それよりも状況確認を優先した綾斗はあたりの様子をさらに見回す。
壇上、正確にはその上に敷かれた敷布の上に立つヴィアンテ。その後ろには小学生くらい、あるいはそれよりも年少の子供が数人控えている。同様にしてエソラの後ろにも。
そういった細かい人の配置までは把握していないが、騎士達の姿が見えない事情は知っていた。
この日のために国民達を各地から招集しているが、村の防衛を削ぐ事は出来ないので、各地の騎士達はそのまま残留。首都の防衛は追加の戦力無しで行う必要があり、式典の警護に充てる余裕は無いのだ。
――そもそもヴィヴィは警護など必要ないと思っているだろうが……。
そう思いながら憂う目線を彼女に投げかける。
この思いがただの杞憂であってほしい。
――だが、仮にヴィヴィの身に危険が迫るなら俺はそれを全力で阻止してみせる。あの夜、騎士の誓いを立てたのだから……。
麗しの姫はやがて夢から覚めるのを惜しむ様に、ゆっくりと目を開けた。
拡声器は無い。
銀髪の少女は外壁を守る騎士達にさえ、その声を届けんとばかりに胸を膨らませた。
しかし、群衆の中から聞こえた男の声がそれを遮った。
「一つよろしいでしょうか」
丁寧かつ紳士的な穏やかな口調。
茶色のローブを被った青年は猛火に潜む青い炎のような、特徴的な髪色を覗かせていた。
いつか町ですれ違った裁縫士の青年だと綾斗は直ぐに気がついた。
「発言を許可致します」
青年は聴衆の列から一歩踏み出し一礼。
「ありがとうございます。私の名はエレン。こちらに移り住み裁縫を生業にしております。今、姫様が立たれている敷布も私と子供達で作成したものです」
その発言を受けて、綾斗は再度壇上に控える子供たちの顔ぶれを確認する。
――見覚えのある顔だと思ったが、そうかあの時一緒にいた……。
よく見れば壇上から地上へ伸びる垂れ幕も新調されており、デザインの統一性から、これもエレンと子供たちが手懸けた物だと察した。
「あなたの働きにはとても感謝しています。もちろん子供達にも」
柔らかい視線を後ろに控える少年少女たちに投げかけると、彼らはにっこりと微笑んだ。
姫は再び視線をエレンへ向ける。
エレンは腰を折って丁寧に一礼。上体を起こし、姿勢を正すと本題に入った。
「これより行われまする宣誓の儀。国の行く末を決めるこの重要な儀の前に是非とも論じて頂きたい議題がございます」
「いいでしょう。申してみなさい」
「それは今この町で蔓延る悪しき噂です」
会場全体がどよめいた。
「不遜な事とは重々承知しておりますが『王族は我々に嘘をついている』と思う者が居るようなのです」
「嘘?」
「そうです。我々が姫様から伺ったところによると、エソラ様の妹君、レム様が亜人を殺めてしまい、不殺の戒めにより悪魔に心を奪われ、魔女となり、アリシア様をサーヴァントにしてしまった。そうでございますよね?」
「ええ。その通りです」
「しかし、実際にレム様が我々の前に姿をお見せになられた事はございません。神族が不死ならば、例えその身が滅ぼされても、再び降臨できるはずなのに……。そしてアリシア様も療養中という事で姿をお見せになられません。なので、こう思ってしまうのも無理が無いと思うのです。真の魔女はアリシア様。彼女は依然悪魔に心を支配され、今は監禁されている。そしてヴィアンテ様はそれを隠そうとしている……と」
「つまりあなたはこうおっしゃりたいのでしょうか。我々王族が神の名を借りて、王家の失態をもみ消そうとしていると」
「いえいえ、滅相もございません。私は王族を信じていますよ。……少なくとも私自身をね……」
群青の髪の青年が最後に何を付け足したのか、綾斗には聞き取れなかった。
しかし、胸の鼓動が直接頭に響く程に木霊する。
悪夢がフラッシュバックした。
――どうして……。
そんな綾斗の思考を切り裂くが如く、青年の声が響いた。
「グラヴィティ・ランページ!」
その瞬間、胸の高鳴りは最高潮に達し、まるで景色がスロー再生されているように綾斗の目には映った。
見えない刃に切り刻まれる姫君。
深く肉を抉り、弧を描いて飛び散る幾つもの血しぶき。
突然、時間の流れが息を取り戻したかのように、
パシャンッ。
と血だまりの中に銀髪の少女が力なく倒れ伏した。
「そんな……嘘だろ……ヴィヴィ……」
綾斗は覚束ない足取りで彼女の元に歩み寄る。
――これはきっと悪夢だ……。まだ俺は夢を見ているだけだ……。
その間にも犯人の口上は続いた。
「私の名はエレン。ユーイング・ド・エレン。かつて国に裏切られ追放された王族、ユーイング・ド・アルベルトの息子だ!」
フードを外した男の頭には亜人を示すそれが無かった。
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