第49話 正義のために
――民に不信感を抱かせ、王族に罰を与えるにはどうすべきか。
それは悩む必要すらなかった。
父が残した禁忌の術。
その名を『コントローレ・デ・レスプリ』。
対象の思考に任意の思念を植え付ける、魔女がサーヴァントを生み出した術式――正確に言えばその不完全版だ。
というのも式句が一部欠損しているため、魔女のように完全に相手を支配下に置くことはできない。良くて潜在意識に思念を植え込む程度。
例えば『王族と神を信用してはならない』――といった具合に。
しかし、この洗脳術もある限られた対象に対しては、完全と言えるほどの効果を発揮する。
それは比較的、自我の未発達な生物――。
すなわち人間の子供。そしてある程度の知能を有するモンスターだ。
私は支配下に置いたモンスターを定期的に野に放ち、オートレデンを襲わせた。
国防を脅かす事で国民の不安やヴィアンテに対する不信感を煽るためだ。
そしてさらにもう一つ狙いがあった。
それは神の名を語る不届き者達を引っ張り出すため。
どういう訳か再建国祈念の儀式の後、彼らが表舞台に出る事は無くなった。
彼らが神を名乗っている以上、国が危機に曝されたなら、姿を見せないわけにはいかない。
そのための陽動でもあったのだ。
そして私の思惑通り、神は現れた。
町中で偶然にも綾斗と出くわした時は、心臓が飛び出るかと思ったが、これも天命だと直ぐに理解した。
そして翌日、十二体のモンスターにオートレデンを襲わせた。
十二体は明かに騎士達の許容オーバー。
必ず彼らが駆けつけてくれると信じていた。
私は彼らの戦う様を秘かに観察した。
殆ど未知数の実力を知っておきたかったというのが主たる目的だが、彼らが本物の神かどうか――つまり死んでも蘇るのかを確認する目的も含まれていた。
とは言え、モンスター達に『人を襲って虐殺しろ』などと命令する事はできない。それは不殺の戒めの条項――共鳴術によって人を殺した、あるいは殺意を持って人を殺したに反するからだ。
なので私はこう命じた。
『無抵抗の者を襲うな』
『モンスター同士で争うな』
我ながら何とも平和的な命令かと思う。
だが、モンスターにはもともと人を襲う習性があると騎士達は知っている。
したがってこの命令下でモンスター達が首都に向かえばどうなるかは火を見るより明らかだった。
本来、モンスター同士は得物を奪い合う習性を持つ個体が多く、異種間で共闘する事などまずありえない。
騎士達のそんな困惑が手に取るようにわかった。
そして結果は――。
綾斗は見事に敵を引き付け、エソラはたった一発の共鳴術で十二体のモンスターを塵も残さず消滅せしめた。
明らかに術の射程範囲内にいた綾斗は無傷で生きていた。
目を疑うような光景を見せつけられた騎士達の頭には次のような言葉が浮かんでいただろう。
神固有の秘術『マスターアーム』で術を掻き消したのか?
それとも死してその場に復活されたのか?
私はそうは思わなかった。
見ていたのだ。
術が炸裂する寸前、彼女が見張り台から消えた瞬間を。
だから私には真実が分かった。
彼らは不死ではない。
神では無いと彼らが自ら証明した瞬間だった。
綾斗の近接戦闘能力とエソラの共鳴術の才は恐るべきものだったが、対抗手段は直ぐに浮かんだ。
その後、彼らは騎士達から逃げる様にその場を去る。
――騎士達を騙した事に少なからず罪悪感を抱いているのだろうか?
私はそんな風に思いながら、彼らを追跡。ある武器屋にたどり着いた。
そこで綾斗は新たな武器を特注。
――彼が殺傷能力の高い武器を手に入れてしまうと計画に支障を来たすかもしれない。
そう危惧した私は対抗策を考えながら、さらに彼らの後をつけた。
再び彼らが駅について、列車を待っている時。
気まぐれの神が私に囁いた。
――
彼らがもし本当の神なら、綾斗のマスターアームという能力が本物なら、コントローレ・デ・レスプリが通用しない可能性がある。それを事前に検証するにはいい機会だった。
だがそれは後付けの理由に過ぎない。
ただ、試してみたくなったのだ。
私は静かに式句を唱え、ある行動を彼の心に命じた。
それは至って簡単なオーダー。
――前に進め。
私自身このオーダーが通るかどうか確信はなかった。だが、列車が進入してくる時間に合わせたのは決して偶然ではない。
あわよくば、列車に轢かれて彼が死亡すれば私にとっての脅威が一つ減る。
この時、殺意が潜んでいる事に私は気付いてしまった。
――明確な殺意を持って殺してしまえば関節的とは言え、不殺の戒めに反してしまう。
――しかし、彼らが本当に不死の神なら、そもそも不殺の戒めには触れない。
後になって思えば何とも恣意的でリスクの高い賭けだったか。
私は冷静なつもりが、内心焦っていたのだろう。
それが彼を倒す最後の機会であるような気がしてならなかったのだ。
そして術は成功した。
彼は一歩、また一歩。死霊のようなゆっくりとした足取りで直実に死に近づいていく。
――止めるべきか⁉
葛藤の嵐の中、レールに沿って運ばれた死がついに彼に迫った。
あと一歩。もう引き返せない境界線を越え――。
しかし、彼は死ななかった。エソラと言う名のもう一人の神が彼の手を掴み、それを阻止したのだ。
私はその時、心底安堵した。
と、同時に彼らが神では無い事を改めて確信した。
死に直面した時の彼の慌てよう。
――間違いない。彼らは死んでも生き返る事はできないのだ。
腰を抜かして地にへたり込む哀れな少年を見てそう思った。
それから私はヴィアンテと神族を名乗る二人の名声を地に落とした上で、抹殺する計画を練っていった。
◇◇◇
そして現在――。
私が撒いた不穏の種は、最高の形で咲き誇った。
ヴィアンテ姫の肉を裂き、弧状に飛び散る血液は、まるで
だがそれもたった一瞬の事。
――国民の信仰心を弄び、それを一時凌ぎの篭絡だと気付かない彼女には相応しい献花だ。
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