第37話 非常事態には非常手段
「リザレクションについてはまだはっきりしていないことが多いから研究が必要ね。過去の記述では使用者に特別な制限は設けられていないようだから、本来はサイトヴィジョンが無くても使用できるのかも知れないわ」
病院を出るなり、エソラは独り言の様に告げた。
チャールズの前で言及しなかったのは、過度に期待させて失望させるのを防ぐためだろう。
そう察した綾斗は「そうだな」と小さく頷いた。
「それで、これからどうする? 一度ヴィヴィの所に戻るか?」
「そうね。報告したら一度現実世界に戻りましょう」
「綾斗……もう帰る?」
人懐っこそうな上目遣いで見つめてくるファロム。
彼女の内面を知らなければ、頭を撫でたくなるほどの愛らしさだが、騙されてはいけない。
「一応、みんなの顔も見れたしな」
と目線を逸らして蛋白に答える。
それを受けてぷーっと頬を膨らませるファロムだったが、思わぬ形で彼女の望みは叶う事になる。
ブオオオオォォォォン。
低く唸る様な角笛の音が警戒心を揺さぶった。
「敵襲! 各員、戦闘配置に着けぇぇぇ!」
続く見張りの騎士の声が猛々しく響く。
「ふふっ。どうやら帰還は
戦う気満々の神が一人。
とても頼もしいが、同時に不安でもある。
――頼むから人は巻き込むなよ。
「二人を案内する。私についてきて」
そう言うとファロムは重力軽減呪文アクセラを自身と二人に唱え、外壁へ向かって移動を開始した。
ファロムのかけたアクセラは戦闘時に使用するよりもさらに重力が軽減されたもので、たった一歩で十メートル以上の距離を稼げた。さらに外壁が迫って来たころ。
「ここから……飛ぶ。アクセラ……バースト!」
ファロムはさらに斜め上方に向けて大きく飛翔。綺麗な放物線を描いて五十メートルほどある高台に着地した。
綾斗とエソラは一旦立ち止まって、手を振るファロムを見上げた。
「私が唱えるしかないわね」
「そうだな」
綾斗は目線を変えぬまま何気なしに答える。だからエソラが口の端にうっすらと浮かべた悪戯な笑みに気づけなかった。
「……でも、二回も唱えるのは面倒だから――」
突然、首筋にしなやかに細腕が絡みついた。目線を下にやると、綾斗を見つめたまま、倒れるエソラ。
反射的に右手で背中を支え抱き込む。
「何のつもりだ?」
「こうすれば一度唱えるだけで済むでしょう?」
――妙にウキウキしているように見えるのは気のせいか……。
しかし、アクセラを唱えられない綾斗には選択権は無く。
――まあ、お荷物扱いよりはましか……。
という綾斗の思考を読み取って、
「横抱きでお願いするわ」
余りにナチュラルに放たれた言葉に特に疑問も感じなかった綾斗は、言われるがままにエソラを抱き上げる。
「……ってこれ、お姫様だっこじゃ――」
綾斗の突っ込みを華麗にスルーして詠唱を開始。二人分のアクセラ・バーストをさらりと句結する。
「いつまでボーっとしているの? それとも私の抱き心地がそんなに良かったのかしら?」
そう言われて初めて、両手から伝わる感触を意識する綾斗。
エソラが羽織った白の法衣越しに伝わる温かさ。ふと、今朝の無防備すぎる寝顔が頭をよぎった。
胸の奥が火照る様な感情の正体がわからぬまま、綾斗は現実に意識を戻した。
――今は下らない事を考えている場合じゃない。
ただ一言だけ、
「抱き心地? 最低の気分だ」
と嘯いて、体が無重力へと移る直前でトッと軽く垂直飛び。
地球の引力とは逆方向の力に引っ張られ、ふわり空へと舞い上がる二人。
たった十秒にも満たない僅かな時間が、エソラにとっては永遠の至福のように感じられ、つい表情を緩めた。
二人が見張り台に降り立つと、ファロムが手招きするので駆け寄り、黄金色に波打つ平原を見やった。
草を踏み倒しながら猛進するのはドラゴンに勝るとも劣らない大きさのイノシシ型のモンスター『サングリエ』。
異常に発達した牙が左右から反りたち、血走った目で涎をまき散らしながら進んでいる。
これに対して四人一組の騎士達が迎え撃って出た。
隊の基本方針としては仲間への誤爆などを避けるために大型モンスター一体に対して一組で当たる。遠距離特化型の連隊などの例外はあるが、原則はそれだ。
どんな種類の脅威にも対応できるように近接型と遠距離型が最低一名はいる様に編成されており、今回もその例に溢れず大剣使い二人と共鳴術士二人のチームがイノシシ型モンスターと対峙した。
「サングリエはパワーはあるけど、知能が低い。エソラ様の出番はない」
ファロムの言葉どおり、圧倒的だった。
トラックのような勢いで突っ込んできた
傷口から血しぶきを上げ、崩れる巨体。
絶命してもおかしくない程の傷で、しかしその眼は見開かれたままで、地をさぐるように四肢を動かし、態勢を立て直そうとしている。
が、騎士達の連携はまだ続いていた。
二人目の大剣使いが電光石火の如く距離を詰め、赤い傷口に剣先を突き立てた。瞬間――。
バンッ!
スパークと共に落雷のような轟音が鳴り響き、大猪の頭が弾け飛んだ。
共鳴術『オーバーボルテージ』。
フォトンとウィークボソンがメインの系統で、空気中の分子を分解する事によって生じる電子を刀身に溜め込み、対象に接した瞬間に一気に放電。その電圧差により局所的な破壊を生み出す高威力の剣技だ。
チャージに時間がかかると言う難点があるが、電気抵抗の強い皮が欠損した部位に叩き込むことが出来れば、中枢神経系を含めた各臓器にダメージを与える事ができ、敵は再起不能。まさに一撃必殺の大技。
それでも騎士達は油断なく、生命兆候が完全に消失するまで警戒を解かなかった。
二人目の共鳴術士が詠唱を句結しようとしたところで、二撃目を放った騎士が片手で制した。
駄目押しは必要ない。
すなわち勝利が確定した瞬間だった。
結果的に騎士達は実質三人で巨大モンスターを倒して見せたのだ。
綾斗はその観察を経て騎士達の強さを再認識する。三人でも勝てる敵に四人で立ち向かう油断のなさ、統制の取れた動き、どれをとっても安心して見ていられるレベルだった。
「数で押されない限り、私たちが負ける事はあり得ない」
ファロムは自慢げに小さな胸を張った。
「ハンナさんの時は敵は何体いたんだ?」
「五体。こっちは三組で対応した.。増援も呼んで最終的には勝利したけど怪我人が出た。モンスターの様子も少しおかしかったから……」
「おかしかった?」
「同種のモンスターは群れを成す事もあるけど、別種のモンスター同士は敵対するのが普通。……でもその時は別種のモンスターが共闘している様に見えた。まるで意思疎通してるみたいに。だから、ハンナ達も戸惑って隙が出来た」
「それはモンスター達が知能をつけて来たという事かしら。冷酷無比なサーヴァントへの対抗手段として獲得した知恵かも知れないわ」
「そう……かもしれない。モンスターは人間を捕食対象にしか見てなかったけど、狩られる側になった。サーヴァントに生息域を乱されて、種の隔たりが無くなったのかも……」
この世界の人々は元々争いを好まない。それ故に不必要にモンスターの生息域に踏み入ることはしなかった。その根幹にあるのは生命を尊ぶ人の心だ。
しかし、モンスターから見ればそれは種としての弱さであり、人間は臆病で弱い生き物だという印象を固着させる原因となってしまった。それが魔女の一件でがらりと変わった。
――今になって人間が脅威であると認識したのだろうか?
「あら、何か異論があるの?」
苦い顔をした綾斗にエソラが問う。
――異論がある、という訳じゃない。エソラとファロムの考察は正しいように思える。ただ、何か見落としている様な気がする。
それは何の根拠もない。ただ、何となくそう思ってしまったというだけ。
「いや、異論はない」
――きっと気のせいだ。
「そう、じゃあ現地視察も完了したことだし今度こそ本当に――」
そこでエソラは声を呑み込んだ。
まだ姿は見えない。だが、尋常では無い規模の地鳴り。高台がジンジンと揺れ始め、見張りの一人が大声で叫んだ。
「モンスターです! 数は三、いや――四、五、六……」
双眼鏡を持った騎士が黄金色の高草から次々と現れる影を右へ左へと頭を振ってカウント。しかし、その猛々しい声は次第に弱弱しいものになって、
「……なんという事だ。今確認できるだけでも……十二体……です」
「十二体だと⁉ 今すぐ出撃できる騎士は三組だけだぞ!」
「とにかく隣接する方角の部隊から増援を呼んで――」
「それではとても間に合わん! この数では時間稼ぎは難しいぞ。こうなれば決死の特攻を以て少しでも数を減らせば町の被害も――」
「ちょっと待ちなさい」
パニック寸前の騎士達を憎らしいほど涼しい顔で見やるエソラ。
「あなた達の仕事は見張りでしょ? まず行うべきは味方への情報伝達よ。それに――」
人差し指をそっと口に添えて、
「――神に祈る、という選択肢は無いのかしら?」
騎士達は目と口を大きく開きながら後光を映したように瞳を輝かせた。そして打ち震える膝を地につけ、拳を抱き、次々と頭を垂れた。
神の御前でなんと愚かな醜態を!
モンスターの大群など恐れるに足らず!
エソラ様、我々をお救い下さい!
――きっと騎士達の心の声はこんな感じだろう。
「一応聞くが、これはお前が仕組んだんじゃないよな?」
「こんな非常時に戯言はよしてちょうだい」
「……」
「心配しなくても綾斗くんにもちゃんと活躍してもらうわ。私だけが活躍したんじゃ、綾斗くんの威厳が無くなるものね」
――いや、そんな心配は一切していないのだが。
綾斗は嫌々ながらもエソラの能力ありきの作戦に異論を唱えることも出来ず、戦場へ降り立つのだった。
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