第31話 群青の裁縫士
苦行だけあってそれなりの経験値を得られた。もちろんそれは精神的に鍛えられたという意味ではなく、共鳴術の基礎を知ることが出来たという意味でだ。
四つの基本の力は各系統ごとに微妙に性質が異なる。
例えば有効範囲。
『ウィークボソン』と『グルーオン』は有効射程範囲が極めて狭く、逆に『フォトン』と『グラヴィトン』の射程距離に制限は無く、術者の力量に応じて何処までも延長できる。
これだけ聞くとウィークボソンとグルーオンはかなり使いにくいように思えるが、実際にはそれぞれの系統を様々な割合で混合した術がほとんどで、互いの弱点を上手くカバーし合っているのだ。
また、射程には意志の強さや声量も関係し、思い通りの術を発動するには並々ならぬ修錬がいる。
――まあ、そう簡単に新しい術は覚えられないか……。
日が始祖山にかかったころ、綾斗は通学路が重なった子供たち四人と一緒に石畳を歩いていた。特に愛想よくした覚えは無いのだが、物珍しさのためか気に入られてしまったのだ。
「ア、ベ、セ、デ、ウ、エフ、ジェー……」
覚えたばかりのフランス語版ABCの歌を何となく口ずさんでいると、隣を歩く子供たちが、
「アヤトっておかしいよねー」
「「「ねー」」」
口裏を合わせずの満場一致の訳が気になったので、
「俺の何がおかしいって?」
と素直に問いただす。
「だって、神様なのに神様のことば話せないんだもーん」
きゃひきゃひ笑う子供らに合わせて「そうだなーおかしいなー」と苦笑いで同調。
――こんな事なら聡次郎のフランス語講座を真面目に……いや、それは無いな。ないない。
それから園児たちの素朴だが中々に心を抉る突っ込みを
「あ、エレン兄ちゃんだ!」
小さなケモミミを弾ませながら駆けていく先には、
目深にフードを被り、少し怪しい雰囲気が気になって綾斗は手を繋いでいた少女に問う。
「あいつは?」
「エレンお兄ちゃん。最近この町に引っ越してきたんだ。とっても優しくてお手伝いしたらお菓子をくれるのっ」
少女は嬉しそうに微笑んだ。
青年は集まる子供たちに爽やかな笑顔を振り撒き、袋詰めにしたお菓子を配っている。
綾斗は別に率先して話しかけようとしたわけではなく、進路上に居たため、自然に声を掛ける形になって。
「ずいぶん子供たちに好かれていますね」
青年は中腰の姿勢から立ち上がり、綾斗に目線を合わせた。そして特に驚いた様子も無く、
「それは多分お菓子のおかげですよ」
と、
フードの下から垂れる前髪は群青色で瞳の色はそれ以上に深い青だった。
「ねえ、エレンお兄ちゃん知ってる? 実はこの人神様なんだよー」
「あー、それわたしが言おうとおもったのにー」
子供たちのやりとりを見て、青髪の青年は「ははは……」と困惑気味に笑っていた。子供たちの冗談だと思ったのだろう。
「信じてないなー、それなら、えいっ!」
子供の一人がぴょいッとジャンプして綾斗のフードを外した。
他愛のない子供の悪戯。
だがしかし、神であることの証明はそれで十分だったのだ。
亜人にあって王族と神族には無いもの。それはケモミミだ。
そして王族の生き残りは今となってはヴィアンテとその妹のアリシアだけなので、消去法で綾斗が神だと証明される。
「……え、まさか……神……様?」
「……まあ、一応」
――一応の神様ってなんだ⁉
と自分で突っ込みつつも、堂々と神と名乗れない理由は明白だと、切なさ混じりに飲み込む。
「これはとんだご無礼を! 私の名はエレン。裁縫士をやっている者です」
青年は素早い動きで片膝をつき、服従を示すように頭を垂れ
「いや、そんなに
――神様は神様でも、めちゃくちゃ末席の奴だから。
「そうだ、同年代の兵士達も俺の事呼び捨てで呼んでるので、気にせず綾斗って呼んでもらえば」
「そんな滅相もありません!」
――まあ、初対面だし神様じゃなくてもいきなり呼び捨てはハードルが高いか。
「分かった。じゃあ様付きでもいいが、取りあえずその
「ただちに!」
そうして青年は起き上がり、再び視線を合わせる。
命令待機状態みたいにじっと見つめてくるので、とりあえずとっつきやすそうな話題を振ってみた。
「さっき裁縫士って言ってましたけど、それって仕立て屋みたいな?」
「服を仕立てる仕事も致しますが、布製の家具や装飾を手掛けるのが本職です。以前は森のアトリエで裁縫士として働いていたのですが、何か力になれる事はないかとつい先日にオートレデンへ移り住んで来たのです」
「エレンお兄ちゃんとねー、今いろいろ作ってるんだー」
「作る……ってお前らが?」
綾斗が眉を吊り上げて覗く子供たちの表情は、みな得意げだった。
「この町に住まわせていただくお礼にヴィアンテ様へ献上品をと思いまして。子供たちとの合作を鋭意作成中なのです。今は子供たちに協力してもらって生地を編んでいる段階で、これを私が製品として加工する予定です」
――その方法なら生地に粗があっても、後で多少は修正が効きそうだな。それに何より子供たちが手懸けたというところが良い線をついている。
「確かに、ヴィヴィ……ヴィアンテなら喜んでくれそうだな」
「綾斗様もそう思われますか! これは大成功の予感がします! あの、制作意欲が湧いてきましたのでこれで失礼してもよろしいでしょうか⁉」
「ああ、もちろん……頑張ってください」
それからエレンは深くお辞儀をすると足早に去っていった。
真面目だが少し慌ただしい雰囲気の青年を見送って綾斗は無意識に眉を擦った。
――彼の髪色、それに瞳……。
あの深く濃い青色を思い出すと少しだけ……、ほんの少しだけ心がざわつくような気がしたのだ。
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