第七章の12
12
野田の母親はベッドに起きあがっていた。
「母さん。父さんから、なにか預かっていないかな」
野田は母にズバリ、問いただした。
部屋に入ってくるなり、緊張した顔で質問する息子を母親は批判的な眼差しで見つめている。
「あのひととは、定年になりやっと、犯罪者とは無縁の生活が出来ると思っていましたのに」
息子にではなく竜夫に向かって独白するように話しだした。
「わたし、口紅を買ってきてくれたのですよ。いままでわたし口紅なんか警察官の妻だからとつけたことがなかったのですよ。それが、あのひと退職祝いだからといって、神戸からわたしに……」
「母さん、いまそれどこにあるの」
枕の下から小物入れのバックをとりだした。
泣きながら、母親は野田にリップスティクを渡した。
竜夫はそれを手にとってみた。
「主人からのはじめてのプレゼントが最後の贈りモノだなんて……わたしもったいなくて使っていません」
「コレ借りていいですか」
これをQはねらっていた。夙川組にとって、いや上部団体の山川組にとっても重要な記録が入っているにちがいない。これをずっと探していたQの手にはいらなくてよかった。
竜夫はキャップを取った。
中には……。
メモリーが……。
「竜夫。どうする」
「支社によっていく。このメモリレーはおれたちでは扱いきれない」
「みんな、夙川組を追いかけたくて、ウズウズシテルゾ」
「召集をかけた、みんなのほうがさきに夙川ビルにつくよな」
「わかっているのだったら、夙川ビルにいくほうを優先しようぜ」
「すこし待つように――連絡しておいてくれ」竜夫はメグにいう。
竜夫はメモリーを編集長に渡すほうを先にした。野田は渋々うなずいている。
「なんだこれは」
「これを」
竜夫はボスの中洗にメモリーを手渡した。そこへトイレにでもいっていたのか、たまたまいあわせた県警の大野警部補が部屋に入ってきた。大野の目前でメモリーをパソコンに差し込んだ。
パソコンの画面には「関東麻薬コネクション」と表題され細かなデータ―や密売人、顧客名簿。etc.細かな数字が羅列されていた。
大麻畑が前総長大島年雪の故郷壬生近辺にあるとの情報あり。という箇所が目をひいた。
「それで夙川組は宇都宮の侵攻して、いままで麻畑を探索していたのか」と中洗。
「このデータ―を保険がわりに所持していた。それでかえって、ピットマンをむけられたのか」
と大野が痛恨の溜息をもらした。
「なんとしても、あいつらを逮捕したい。ところが高速のカメラにはヤツラの車は映っていない。もう一時間にもなるのに――。初動捜査にオチドはなかった」
竜夫と野田は支社をでた。
「どうだった」
車で待っていたメグがせかせか訊く。
「まずいことに、大野警部補がいた。メモリーは県警にもっていかれるだろうな。でもデータ―は社のコンピュターに入れたから」
あれからが、修羅場だろう。メモリー提出を強制される。
報道の自由をかかげるボスの中洗がどこまでねばるか。
見物だったのに――。
「麻薬シンジケートのメモリーだった……とはな」
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