第四章の1



1


「ブンヤの竜夫くんですか」

 隣りの部屋に入る。二人の社長は声音までそっくりだ。これでは、どちらが本物かわからなくなる。いや、こちらの社長は社長だ。吸血鬼ではない。顔までいままで対面していたQ夙川社長とマッタクおなじだ。

「名前を覚えてもらえて光栄だな」

 竜夫はリアル社長夙川とにらみあった。社長は紺地のストライプ、チョッキまできて三つぞろいできめこんでいる。どう見ても、Q夙川とおなじ人物だ。

「なにかご用ですか」

言葉づかいまでバカテイネイになっている。地下駐車場にヤツラの巣窟があると乗り込んできたのだが――。その竜夫が、エレベーターでここの前の部屋までたどりついた。たどりついたというより確かに誘導された。竜夫がくるのがわかっていた。そうとしか思えない状況だった。そしていま、こうしてリアル夙川と吸血鬼マスターとしての夙川とにらみあっている。

麗子、いますぐだ。コイツらを倒せば、麗子の渇きはなくなる。麗子の疑似吸血鬼症候群はなくなる。消滅して、もとの麗子にもどるはずだ。ゴメンな麗子。大阪に転勤が決まったとき強固に残留を訴えるべきだった。そうすれは麗子は吸血鬼の被害を被ることはなかった。じぶんが吸血鬼になっていく。その不安。その苦しみ。絶望は必ずぼくが治してあげる。

「なにをかんがえている?」

「なぜ、麗子なのだ。なぜ麗子を襲った」

「レイコ? それはだれですか。おれはしらない」

「マロニエのママだ。おれのだいじな女だ」

「ああ、竜夫が取り返しに来た女のひとか。麗子って名前なんだ――」

「彼女はどうしたら助かる。たのむ。教えてくれ」

「そんなに、たいせつな女なんだ――」

「たのむ、教えてくれ」

「どうしておれたちが、タコ焼き屋のサイドに立っているか、わかるか」

「わからない」

「正直でいいな。竜夫くん。ニンニクのにおいがおれたちを拒んでいるからだ。街にニンニクのにおいが流れていなかったら、とっくにここは制覇している」

「それで……」

「宇都宮の女をみんなコチラノ味方にする。男よりも女のほうが襲いやすいからな。それに血がおいしい。おれたちは、女好きなんだ」

「どうしたら麗子を助けらける」

「それは竜夫がしっているはずだ」

「やはりだめか。お前を倒すいがいに道はないのか」

「ピンポン。ピンポン」

 完全にオチョクラレテいる。竜夫をブジに帰す気はない。まちがいなく、しとめることができる。それはそうだろう。ここは西から来たブラック企業の本拠。そして吸血鬼の巣窟だ。部屋の中は異常な湿った土のにおいが充満している。

 最初に駅であったQ本田がいる。Q高瀬、Q夙川がいる。そしてリアル夙川、本田、高瀬。えい、めんどうだ。全員叩ききってやる。それしか麗子わ助ける方法はない。

 竜夫はさっと左腕を振った。どこにヒソませていたのか鹿沼は細川唯継、銘は『稲葉鍛冶』の鍛えた業もの魔闘剣をとりだした。これは稲葉鍛冶としての、農作業用の刃モノしかうてないとと侮蔑されながらも、懸命に打ちあげた。降魔の剣だ。

じめからソノ覚悟だった。だから降魔の剣を持参した。死闘覚悟で、夙川ビルの地下駐車場からここに至った。いま、夙川ビルの14階、あるはずのない階の、奇怪な部屋で吸血鬼と向かいあっている。コイツを倒さなければ麗子を元にもどすことはできない。ぼくの初めての女。ぼくにセックスのよろこびをおしえてくれたかわいい歳上の女。命がけで守ってやらなければならない愛しい女だ。

「これは、おもしろいものがみられるな」

 部屋の明るさが半減した。Q本田とQ高瀬が襲ってくる。闇の生き物、夜の一族が相手なのだから――仕方ないだろう。吸血鬼の姿が薄闇の部屋でふくれあがった。夙川の面影は消えた。凶暴な顔に変わる。見えない羽の羽ばたきを感じた。視覚よりも聴覚。空気の流れを読む。来た。右上空だ。サット、魔闘丸の切っ先を中空に立てる。 

「竜夫、進化してるじゃないか。おれとの戦い方がわかってきたみたいだな。おれの動きが見えるのだろう」

「たのむ、麗子を元にもどしてくれ。むだに戦いたくはない」

 不気味な静寂が部屋を支配していた。見物にまわった二人の夙川は、戦いの成り行きに興味津津だ。

 沈黙に耐えられず竜夫が地ずりのかまえから白刃をすくいあげた。Q本田がおおきくとびのいて避けた。またも、見えない翼の羽音がする。すばやい動きに竜夫はついていけない。まるで、竜夫が切り上げるまえから、彼の剣の動きをみきわめていたようだ。

 田川の河川敷で戦ったときとでは、本田のほうは数段レベルアップした能力をみせる。

「あのときは、ニンニクのにおいがきつかった。この部屋はニンニクのにおいはしないからな」

動きだけではない。こころまでよまれている。おれは勝てないのか。勝つことが出来ないのか。麗子を救えないのか。斬りこむ。かわされる。斬りこむ。斬りこむ。どうしてなんだ。どうしてコイツは、強くなった。

「なんどいったらわかる。ニンニクのニオイがないから、おれほんらいの動きができるのだ。餃子の街はそれなりの効果をあげていたわけだ。餃子のニオイのしないこの部屋で、おれさまに、勝てるか」

 おれの喉に噛みつこうとしている。

首すじに噛みつこうとして歯をむきだした。カチカチ歯鳴りの音がする。

おれをひとおもいに殺してしまったら新鮮な血が飲めなくなる。

生きているおれから、血を飲みたい。

苦しんでいるのを横目で見ながら飲みたい、だから……と竜夫は思った、一気に攻撃してこないのだ。

 竜夫の魔闘剣がきらめく。Q本田の右腕が飛ぶ。

「おこらせたな。もう許さん」

 切り落とされた腕。床に転がった腕は、五指を巧みに動かして本田の本体にもどろうとしている。青い粘液が高瀬の腕の付け根から噴きだしている。

 どうする。竜夫――。

「竜ちゃん伏せて」

 背後から声がとんだ。メグの叫び。

「そこ開けて」メコンの叫び。

「焼肉、ゴッさんでした」

『凰夜』の太郎たちの雄叫び。

 体を壁ぎわに寄せた竜夫の目前を白く光りながら餃子が飛んでいく。

「あんたらの大好きなニンニク餃子だよ」

 形勢は一気に逆転した。

 ニンニク餃子のツブテはマスターの胸にこびりつく。このときとばかり、竜夫は魔闘丸の切っ先をマスターの心臓に突き刺す。マスターは青い粘液を傷口からふきだす。まちがいなくマスターを仕留めた。夙川社長も青くなってへたりこんでいる。こいつら、どうなっているのだ。高瀬も来宮ももう一人の社長も青い粘液のなかに倒れこんだ。

「麗子さんは発作がおさまった。やはり、コイツが麗子さんの噛み親だった」

 病院に携帯をしたメグがうれしい報告をみんなにする。

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