第二章の2
2
「野田。この取材、まかせる」
「どうした」
「市内でも、餃子の中毒だ」
――みんな、いっせいに吐いて。倒れ、七転八倒の苦しみだよ。
メグがエキサイトしていた。
難しい四字熟語を使うな。と――竜夫は冷やかさなかった。なにか異常なことが起きている。口から泡をふいて倒れた運転手の顔が脳裡に貼りついている。事件現場の取材は野田にまかせた。
東武デパート前の丁字路。信号機は二四時間赤の点滅。だれも、交通ルールを守らない。信号無視がおおいので、赤を点滅させているだけのシグナルだ。待っていたメグをのせて竜夫はシビックをスタートさせた。
中村食堂で宮祭りの打ち上げをやっていた人たちが、餃子にあたって病院に運ばれた。
再度、野田に情報をいれる。
「こっちも、運転手の嘔吐がとまらない。蓮見病院に運ばれた。まちがいない。食中毒だ。」
野田はまだ事故現場にいた。
中村食堂に直行する。のを、メグに止められた。
「麗子ママのとこにいこう。いまだれもママのそばにいないかも。マロニエが心配だよ
「メグちゃんの知恵ではないな」
「連盟の宮田さんがナカブトクンとマロニエにいたほうがいいって」
「おれは、中藤竜夫」
「中太立夫でもいいじゃん。連盟の連絡場所にマロニエを選んだことに不安があるみたいなのよ。迷惑かけると悪いからと、宮田さんは……心配してた」
メグは話しながら、マロニエに携帯を入れている。つながらない。
「やっぱ、おかしいよ。いそいで」
メグはほかにも携帯を入れている。これもつながらない。メールを打っている。
「ヤバイよ。もっとスヒードだして。ヤバイヤバイよ」
麗子の店。マロニエについた。
表のドアは閉まっている。竜夫は狭い裏階段を二階に駆け上がる。靴音がビンビンひびく。合鍵は渡されている。鍵の必要はなかった。ロックされていない。不吉な予感。
「麗子さん。麗子」
倒れていた。麗子が。万年床に。ぼろ布のように。くしゃくしゃに倒れていた。
血は……血は……流れていない。
抱きおこした。
目が焦点をむすばない。
打たれている。
薬を。
青臭い匂い。
麗子のスカートをめくる。
おびただしい精液。
まだかわいていない。
ねっとりとしている。
こびりついている。
太股に青痣。
死斑に見えてしまう。
竜夫は吐く。
異常なこころの昂りで、胃が痙攣している。
おれは、バカだ。
ヤツラをみくびっていた。
ヤクザの怖さがわからなかった。
おれは、麗子をひとりにしてはいけなかったのだ。
竜夫は激怒した。
またこみあげてくるものを吐いた。
こんな理不尽なことが、白昼堂々とおこなわれる。
麗子をおそった暴力、その残酷な仕打ちに怒りを爆発させた。
カラダがふるえる。
なにか叫んだ。
叫んでいる。
ゆるさない。
絶対にゆるさない。
麗子をひとりにして置いたことが、
悔やまれる。
こんなことになるのなら、麗子がいったように、彼女のそばにいればよかった。
こんどこそ、麗子といっしょにいればよかった。
同棲でもなんでもいい、もっともっと麗子のそばにいて、身辺のガードをかためていればよかったのだ。
ごめん。
麗子。
おれは、バカだ。
なんど悔やめば、いいのだ。
死ぬほど悔やめば、この苛酷な現実が変わるというのか。
麗子の性器が赤むくれにただれている。
レイプの凶暴さがしれる。
やさしくスカートを下す。
だが、そのやさしさには暴漢への怒りがひめられている。
麗子を抱え上げた。
麗子のからだからは力がぬけている。
生きる気力も。
それでも、抱き締めると、童女のようにほほをよせてくる。
やっと、意識をとりもどした。幼子のようにすすりあげ、泣き出した。
「タツオ……タツオ」
抱え上げる。病院に運ばなければ。蓮見病院がいいだろう。
竜夫は、じぶんを責めた。
無理にでも昨夜のうちにここから連れ出しておくべきだった。
「てかげんしなければよかった。あいつら、こんどこそただではすまさない」
「わたしたちが甘かったのよ。西のやつら、暴力で宇都宮に侵攻する気なのよ」
シビックの後部座席に竜夫は麗子を横にしてのりこむ。
まだ、ぐったりとしている。すわらせようとしたが、竜夫にしがみついて離れない。全身が小刻みにふるえている。
メグに運転はまかせる。エンジンがかかる。
メコンを先頭にバイクの一団が接近する。
「おそかったわね」
さきほど、ミグはメコンに携帯していたのだ。
「ヤッパ、間にあわなかった。祭りのあとで、道こんでた。ゴメン」
麗子ママ、とメコンがマドから泣き声をかけてくる。メコンは号泣する。
メグが運転席からとびだした。
「ママは竜夫さんが、病院につれてって」
「いくわよ。空っ風で鍛えられた北関東の女のイジをみせてやる。いいわね。みんな麗子ママの仇討ちだよ。命はメグにあずけてよ。ついてきな」
清純な美貌が凄惨な顔になる。レデイスのメンバーをメグが煽る。仲間のバイクのリアシートにとびのる。
メンバーからも力づよい応えが叫ばれる。
野州レーデイスのバイクはエンジン音をひびかせ。竜夫の制止をふりきって向かいのビルの角を曲がって消える。
竜夫は麗子とふたり車のなかに残った。
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