第七章の5
5
ふいに田園風景がみえてくる。
それも、昭和初期の農村風景を模したテーマパークが広がっている。いや、テーマパークであるわけがない。鄙びた昭和のリアルな農村風景がここには生きている。農家は白川郷のようにみんな茅葺屋根だ。それだけでも、観光資源になりそうな村だ。
ゴルフ場の奥に、日光の山々につづく土地に、こんな隠し村が存在するとは想像もつかなかった。鬱蒼とした森で隠されてきた。森を抜けなければ、発見できない地形にある部落だ。おそらく地図にもない村ではないか。
「野田!」
竜夫は興奮している。野田にわめいている。
「すぐくるのだ。ゴルフ場の裏だ。森がある。そこを抜けてこい」
なにかとんでもないことが起こる。記者の勘がそうつげている。
車の群れは、すでに村への入り口のガードバ―を破壊して強引に部落につづく道、かなりの下り傾斜の道を進んでいる。ゴルフ場の裏の森からではないと村には到達できない地形になっていたのだ。そういうことか。彼らのめざしているのはあの村だ。あの村に何があるのか。わからない。わからないことが、もどかしい。
急斜面の舗装道路を彼らの車は下っていく。
「あんなに大勢いる。何が始まるの」とメグ。
夙川組の戦闘服の集団がどこを、なぜ襲撃しょうとしているのか。
「わからない。あれだけの戦闘員が投入されているということは、攻め込むのに必要な員数なのだろうな」
夙川組の敵対組織のアジトでも、この奥にあるというのか。
「でも、なにもないよ」
木陰に伏せて村の方角を双眼鏡で覗いているメグが声を低めている。
村は低地にあった。低い場所というより、いま竜夫たちが潜んでいる森がゴルフ場から地続きの丘の上に広がっているからだ。
丘からは村がよくみえる。平凡な、古るき良き時代の田園風景が遠望できる。
「でも、竜夫。すごくヤバイ感じだよ。アイツラ武器をとりだした。火器だよ。サブマシンガンのヤツもいる」
竜夫に双眼鏡を渡して寄こす。
火器で武装した集団が大きな水車の脇を奥へと進んでいる。五十名ほどの攻撃メンバーが田舎のだだっ広い道いっぱいに散開した。かすかに見える部落らしき影に向かって、奥へ奥へと進んでいく。
本隊は麦畑に密かに潜りこんだ。まだ、攻撃チームの狙いすら判然としない。
麦秋だ、黄金色の波が風に煽られている。その奥に緑の畠が続いている。
あれは、何の畑なんだ。二メートルくらいに緑の植物がのびている。緑の津波のように風になびいている。密生していてどこまで続いているのか想像も出来ない。このとき、その緑の背の高い植物のなかでマズルフラッシュが煌めいた。
すこしおくれて、タンタンタンという乾いた音が響いてきた。
夙川組が迎撃されている。麦畑に組員が倒れた。
静謐な寒村の風景が一変した。
銃声だ。絶叫。濃い緑の植物の畠から銃声はおきている。密生した植物の中は見渡す事は出来ない。夙川組の攻撃部隊が倒れていく。
彼らも緑の畠にむかって一斉に銃をかまえた。
撃った。
撃った。
撃った。
スサマジイ銃撃戦がオッパジマッタ。
麻畑だ。
あれは、麻畑だ。
竜夫は気づいた。古峰原は鹿入(かのいり)の中藤道場の前で麻を栽培していた。無許可だが繊維をとるためだからいいだろう。と父がいっていた。防具の綻びや、雑巾をぬうのに使っていた。それに弓弦やロープも手製で、自家栽培の麻で作っていた。アノ麻畑だ。
どうして、こう事件が大きくなるのだ。竜夫は混乱していた。予想外の展開だ。恐ろしくなって体がふるえだした。でも、これはluckyだ。おれは、麗子をいたぶり、殺したヤツらは許せない。これだけ、大勢の夙川組がいるのだ。あのなかに、まちがいなく、いる。いやいなくても、おれは一人でも多くアイツラを葬りたい。宇都宮を西から来た外敵から守りたい。これは神の啓示だ。麗子の敵をとらせてくれるチャンスをあたえてくれたのだ。
アイツラを殲滅する。
「メグ」
「あいよ」
奇抜な返事をしてほほ笑んでいる。笑いたい訳ではない。竜夫の緊張をほごそうと、気を使っている。
「おれの車のトランクに武器がつんである。あとから、駆けつける仲間に武装させるんだ。それに白のヘルメットも被るように」
竜夫は木の影を縫うようにして、斜面をくだる。硝炎と血の臭いが入り混じっている。黒服が数名倒れて、呻いている。銃声は麻畑の中でしている。麻の葉がいたるところでおおきく揺らいでいる。麻畑に踏みこむような無謀なことは竜夫はしない。水車小屋の影に、身を隠した。
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